表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メモリー・リコンストラクター 〜後悔修復の世界で〜  作者: 空腹原夢路


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/21

【第14話】記憶の図書館

メモリーシティの空が、まだ揺れていた。


灰色の雲が広がって、いつもの作られた青がどこにも見えない。建物の輪郭がぼやけて、石畳の継ぎ目が歪んでいる。


俺は、広場の真ん中に立っていた。


足元が、不安定で、この世界自体が揺らいでいるように感じた。


「未来くん」


めもりんが、俺の前に浮かんだ。


「一旦落ち着こうか」


「落ち着けって言われても」


「わかってる。でも、このまま核心領域に向かうのは……」


「確かに色々あって頭がこんがらがってるかも」


「そうだよね。だから、整理してから進んだ方が良いかも」


めもりんの目が、いつもより真剣だった。


「整理するのにうってつけの場所があるんだ」


「整理……」


「こっちついてきて」


めもりんが、街の奥へと飛んでいく。


俺は、その後を追った。


連れてこられたのは、今まで見たことのない建物だった。


メモリーシティの外れ。古いレンガ造りの、大きな建物。看板も表札もない。だけど、扉に手をかけると、自然に開いた。


中に入った瞬間、空気が変わった。


静かだった。


建物の中は、埃っぽいような、古い紙のような、懐かしい匂いがした。


天井まで届く本棚が、ずらりと並んでいた。


「ここは……」


「記憶の図書館」


めもりんが、静かに言った。


「メモリーシティの中でも、ここだけは安定してる。未来くんの記憶が、後悔としてじゃなくて……ちゃんと"歴史"として収まってる場所だよ」


俺は、本棚を眺めた。


背表紙に、タイトルが書いてある。


「駄菓子屋のお釣り」

「サッカー部の放課後」

「文化祭の前日」

「ケンタと並んで歩いた帰り道」


後悔の記憶だけじゃなかった。


「祖母のアイス」

「ゲームセンターの筐体」

「初めて自転車に乗れた朝」


マーケットで取り戻した記憶も、ちゃんとここに収まっていた。


「全部、あるんだな」


「うん。向き合ったものは全部ここに来る。後悔だったものも、ちゃんと"自分の記憶"として」


俺は、ゆっくりと棚の間を歩いた。


一冊、手に取った。


「ケンタへの本音」


ページを開くと、あの教室の夕日が見えた。ケンタの口の端が、ほんの少しだけ動いた瞬間。まだ許せてないけど、話は聞いた。そう言ったケンタの顔。


閉じた。


また一冊、手に取った。


「ハルカのブランコ」


ページを開くと、夕暮れの公園が見えた。空になったブランコが、風もないのに揺れている。やっと止まってた時間が動き出した気がする。そう言ったハルカの顔。


閉じた。


「……俺、色んなやつに向き合えてなかったんだな」


歩きながら、呟いた。


「うん」


「でも、改めて向き合おうとした」


「うん」


「それが、ここに残ってるのか」


「そうだよ」


めもりんが、静かに頷いた。


「後悔は後悔のままじゃない。ちゃんと向き合えば、自分の歴史になる。それが、修復ってことだと思う」


俺は、棚の奥まで歩いていった。


一番奥の棚に、まだ背表紙が白い本が並んでいた。


タイトルが、書かれていない。


「これは……」


「まだ向き合えていない記憶」


めもりんが、静かに言った。


「一番奥にある、白い本」


俺は、その中の一冊に手を伸ばした。


だけど、触れた瞬間、手が震えた。


冷たかった。


他の本とは、温度が違った。


「……これが、核心か」


「うん」


「あの日のことか」


めもりんは、すぐには答えなかった。


少し間を置いて、静かに言った。


「未来くんが一番、認めたくない記憶だよ」


俺は、白い本を棚に戻した。


まだ、開けなかった。


窓際の椅子に腰を下ろした。


図書館の中は、静かだった。外の揺れが嘘みたいに、ここだけ時間がゆっくり流れている。


「めもりん」


「なあに」


「おまえは……最後まで一緒にいてくれるか」


めもりんが、少し間を置いた。


いつもなら、すぐに「もちろん」と笑うはずだった。


だけど今回は、少しだけ、違う間があった。


「……一緒にいるよ」


めもりんが、俺を見た。


いつもの明るい目じゃなかった。何か別のものが、その奥に揺れていた。


「未来くん、一つだけ聞いていい?」


「なんだ」


「未来に希望を持ってる?」


その問いが、図書館の静寂に溶けた。


俺は、しばらく黙っていた。


天井を見上げた。高い天井に、本棚の影が伸びている。


「……わからない」


正直に言った。


「今は、まだわからない。でも」


俺は、めもりんを見た。


「ケンタが待ってる。ユキが待ってる。結婚式に行くって言った。それは本心だと思う」


「うん」


「だから……たぶん、未来に希望があるかはわからないけど、今は生きたいんだと思う。まだはっきりとは言えないけど」


めもりんが、小さく頷いた。


その顔が、少しだけ歪んだように見えた。


泣きそうな顔だった。


「……めもりん?」


「ごめん、なんでもない」


めもりんは、すぐにいつもの顔に戻った。


だけど、さっきの表情が、頭の中に残った。


「おまえって、本当に何者なんだ」


「もうすぐわかるよ」


「もうすぐ?」


「次に進めば」


めもりんが、図書館の奥を見た。


白い本が並ぶ、一番奥の棚。その向こうに、扉があった。


今まで気づかなかった。だけど、確かにそこにある。重い木の扉。取っ手に、光が揺れている。


「あそこが、核心領域への入口だよ」


「……あの扉の向こうに」


「うん。未来くんが一番向き合えていない記憶がある」


俺は、椅子から立ち上がった。


図書館の棚を、もう一度見渡した。


向き合ってきた記憶たちが、静かに並んでいた。


ケンタ。ハルカ。父。ユキ。


全部、ここにある。


「行こう」


俺は、奥の扉に向かって歩き出した。


めもりんが、隣に並んだ。


「未来くん」


「なんだ」


「怖くなったら、いつでも言ってね」


「ああ」


扉の前に立った。


取っ手に手をかけた。


冷たかった。


だけど、引いた。


扉が、ゆっくりと開いていく。


その向こうから、光が溢れてきた。


温かい光じゃなかった。


白くて、冷たい光だった。


遠くで、あの音が聞こえた。


ピ、ピ、ピ……。


今まで一番、近かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ