【第13話】二人からの招待状
光が収まると、また同じ廊下だった。
中学校の廊下。放課後の静けさ。窓から差し込む夕日。
前に来た時と、同じ場所だった。
視界の端に、ホログラムが浮かんだ。
《ステージ:ユキとの関係》
《再挑戦》
俺の体が、廊下を歩いていく。
だけど今回、俺は違う目で見ようとしていた。
めもりんの言葉が、頭の中に残っていた。
「記憶の中に、あるはずだよ。ただ、認めたくなかっただけで」
封印していた記憶が、俺の中にある。
ユキがケンタと話していた本当の理由を、俺はどこかで知っていた。ただ、認めることができなかっただけで。
廊下の向こうで、またユキとケンタが話している。
前回はここで目を逸らした。結論を出して、逃げた。
今回は、逃げなかった。
俺は、その場から動かずに、二人を見た。
ユキの表情が、見えた。
泣きそうな顔だった。
ケンタが、何かを言っている。厳しい顔だった。いつもの明るいケンタじゃなかった。苛立ちをこらえながら、それでもユキの話を聞いている顔だった。
(何を、話していたんだ)
その瞬間、記憶の扉が、ゆっくりと開いた。
視界が、揺れた。
廊下が、薄れていく。
気がつくと、そこは別の場所だった。
放課後の空き教室。西日が差し込んでいて、埃が光の中をきらめきを放ちながら漂っていた。
ユキとケンタが、向かい合って座っていた。
「……ケンタくん、聞いてほしいことがあって」
ユキが思い悩んだ表情を浮かべながら言った。
「どうした」
「未来くんのことなんだけど」
ケンタの表情が、わずかに固くなった。
「最近、あんまり話せなくて。なんか、遠くなってる気がして。私、何かしたのかなって」
「……」
「私、どうすればよかったのかな。未来くんに、ちゃんと向き合ってもらうには」
ケンタが、しばらく黙っていた。
机の表面を、指でなぞった。
「俺に聞くのかよ」
「ケンタくんは、未来くんの親友だから」
「……元、だけどな」
「それでも。ケンタくんなら、未来くんのことわかると思って」
ケンタが、ため息をついた。
「あいつは……不器用なんだよ。自分に否定的で全部遠ざけようとする。それがあいつの悪い癖だ」
「不器用……」
「ユキのことが好きじゃないわけじゃない。たぶん。ただ、自分が全部悪いって考えて、ユキにも罪悪感を勝手に感じてるんだ」
「罪悪感……未来くん何も悪いことしてないのに…」
「……そうだな」
ケンタが、視線を逸らした。
「あいつはそういうやつだから、ユキの方からちゃんと話しかけてやった方がいい。待ってても、あいつは来ない。俺が言えたことじゃないんだけどな…」
「そっか……」
ユキが、少し考えた。
「ケンタくんは、今も未来くんのこと……」
「好きとか嫌いとかじゃない」
ケンタが、遮った。
「あいつがユキを大事にしないなら、俺は腹が立つ。それだけだ」
ユキが、小さく笑った。
「ケンタくんって、やっぱり未来くんのこと好きなんだね」
「うるさい」
胸の奥に、何かがじわりと広がった。
(そうか)
ユキは、ケンタのことが好きだったわけじゃなかった。
俺のことが好きだったから、俺のことをケンタに相談していた。俺とちゃんと向き合うために、どうすればいいかを聞いていた。
それなのに俺は、二人が話しているのを一目見て、全部わかった気になって、逃げた。
いや、相談してることも知っていた。でも、相談すらも二人が近づくためのものだと、勝手に思っていたんだ。
ユキの気持ちを、一度も確認せずに。
ケンタの苛立ちも、ユキへの心配から来ていた。俺がユキを大事にしないことへの、『親友』としての怒りだった。
俺は、二人の気持ちを同時に、踏みにじっていた。
「……最低だ」
呟いた。
その時、廊下の暗がりから影が現れた。
二つの影だった。
一つはユキの輪郭に似ていて、もう一つはケンタの輪郭に似ていた。
だけど今回の影は、ただ立っているだけじゃなかった。
こちらに向かって、歩いてくる。
声が、響いた。
ユキの声と、ケンタの声が交互に。
『俺たちの招待状、見ていないのか』
「……招待状?」
『手紙も、添えてあったはずだ』
「待って、何の話を」
『忘れたのか』
影が、近づいてくる。
その瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。
ノイズのような、ざらざらとした映像だった。
現実の記憶だった。
アパートの部屋。狭い机。郵便物の束。
その中に、一通の封筒があった。
差出人の名前が、見えた。
ケンタとユキ。
映像が、ぶれた。
「……あの招待状…」
俺は、呟いた。
「やっぱ届いて、いたのか」
影が、また声を発した。
『なんで返事しなかった』
「俺は……どんな顔で会えばいいか、わからなくて」
『ずっと、待っていた』
「……」
『それでも、俺たちはお前を呼んだ』
影の輪郭が、揺れた。
その時、頭の中に、また映像が流れ込んできた。
今度は、ぶれなかった。
手紙の文字が、頭の中で鮮明に浮かんだ。
ケンタの字だった。
「未来へ。
お前のことを、ずっと怒っていた。ユキのことも、俺のことも、全部ほったらかしにしたことを。
俺たちはお前に裏切られた。
でも同時に、俺たちもお前に向き合えなかった。お互い、ぐちゃぐちゃのまま、時間だけが過ぎた。
俺たちがお前を呼ぶ資格なんてないってことはわかってる。
でも、俺たちはやっぱりお前に祝福されたい。
今度こそ、ちゃんと話そう。待ってる。
ケンタ、ユキより」
光が、教室に満ちた。
まばゆい光だった。
今まで見てきたどんな光より、強くて、温かかった。
影が、揺れた。
ユキの輪郭が、ケンタの輪郭が、光の中でゆっくりとほどけていく。
『やっと、思い出したか』
ユキの声がした。
『待ってるよ』
ケンタの声がした。
二つの影が、粒子になって、光の中に溶けていった。
その瞬間、メモリーシティの空が、轟音と共に揺れた。
《記憶修復完了》
《修復率+10%》
《現在の修復率:95%》
《報酬:BP180、RP140を獲得しました》
だけど、修復完了の表示が出た後も、光は収まらなかった。
むしろ、強くなっていく。
メモリーシティ全体が、揺れていた。
壁が、床が、空が、ぐにゃりと歪んでいく。
「……めもりん」
めもりんが、俺の隣に現れた。
いつもと、表情が違った。
「未来くん」
「何が起きてる」
「核心に近づいてるから」
「核心?」
「全部の後悔の、一番奥にあるもの。ずっと、見えないふりをしてきたもの」
メモリーシティの空が、灰色に変わっていく。
いつもの作られた青が、どこにも見えない。
「めもりん、俺は……」
「大丈夫」
めもりんが、静かに言った。
「でも、次はもっと深いところに行くことになる。覚悟して」
遠くで、あの音が聞こえた。
ピ、ピ、ピ……。
今までよりも、少しだけ、近かった。
俺は、崩れていくメモリーシティの空を見上げた。
ケンタとユキの手紙が、頭の中でまだ響いていた。
「待ってる」
「……ああ」
俺は、一人で呟いた。
「必ず、行く」
光が、世界を包んだ。




