【第12話】ユキとの関係
光が収まると、そこは見覚えのある廊下だった。
中学校の廊下。放課後の静けさ。窓から差し込む夕日が、床に長い影を作っている。
体が、中学三年生になっていた。制服の感触。少し重いカバン。
視界の端に、ホログラムが浮かんだ。
《ステージ:ユキとの関係》
《目標:向き合えなかった後悔と、ちゃんと向き合ってください》
(この頃か)
文化祭が終わって、ユキと付き合い始めたばかりの頃だった。
俺の体が、廊下を歩いていく。
教室の前を通りかかると、中からユキが出てきた。
「あ、未来くん」
ユキが、笑った。
「帰り、一緒でもいい?」
「……ああ」
二人で並んで、廊下を歩いた。
嬉しかった。本当に嬉しかった。
だけど同時に、ずっと胸の奥に何かが引っかかっていた。
ケンタの顔が、頭をよぎった。
あいつは今、どんな気持ちでいるんだろう。教室で俺とユキを見かけた時、どんな顔をするんだろう。
「最近、なんか元気ない気がして」
ユキが、ふと言った。
「え?」
「ちゃんと眠れてる?なんか、ぼーっとしてることが多い気がして」
「……別に、普通だよ」
「そう?」
ユキが、少し首を傾げた。
「なんか気になることがあったら、話してね」
「うん」
だけど、話せなかった。
ケンタへの罪悪感を、ユキに話すことができなかった。話したところで、何になるんだという気持ちもあった。
そうして、俺はまたはぐらかした。
光と共に場面が動いた。
それから数週間後。昼休みの教室だった。
ユキが、俺の席に来た。
「ねえ、今日の帰り、時間ある?」
「……ごめん、今日はちょっと」
「そっか」
ユキが、少しだけ表情を曇らせた。
「最近、あんまり一緒にいられてないね」
「忙しくて」
「うん……」
ユキは、それ以上何も言わなかった。
俺も、それ以上何も言わなかった。
ユキが自分の席に戻っていくのを、俺は見送った。
(ごめん)
心の中でだけ、謝った。
声には出なかった。出せなかった。
場面が、また動いた。
放課後の教室。ほとんどの生徒が帰った後だった。
俺が荷物をまとめていると、廊下の向こうにユキの姿が見えた。
そして、その隣に。
ケンタがいた。
二人が、何かを話している。ユキが何かを言って、ケンタが頷いている。ケンタの表情は、いつもの明るい笑顔じゃなかった。真剣な顔で、ユキの話を聞いていた。
俺の体が、固まった。
(やっぱり)
頭の中で、何かがぱちんと弾けた。
そうか。そういうことか。
俺の体が、廊下とは逆の方向へ向かった。二人に気づかれないように、静かに教室を出た。
それから、連絡の頻度が減った。
ユキからメッセージが来ても、返信が遅くなった。会おうと言われても、理由をつけて断るようになった。
ユキが何かを察したのか、向こうからの連絡も少なくなっていった。
そうして、二人の間の時間が、ゆっくりと、静かに、消えていった。
場面が強制的に戻り、廊下の向こうで話しているユキとケンタの姿が見える。
声をかけろってことか?
ユキに、何か言えるか。
俺は、ユキの方へ歩き出した。
「ユキ」
ユキが振り向いた。
その瞬間、ケンタの姿が消えた。記憶の中の、ユキだけが残った。
「……未来くん」
「俺、ちゃんと向き合えてなかった。ごめん」
ユキが、俺を見た。
いつもの柔らかい目じゃなかった。何かを、ずっと堪えていたような目だった。
「なんで」
「え?」
「なんで、あなたは私を見ようとしなかったの」
その言葉が、静かに、だけど真っ直ぐに刺さった。
「俺は……ケンタへの罪悪感があって」
「それは、わかってた」
「わかって……」
「わかってたよ。ケンタくんのことを気にしてるのは。だから私も、強く言えなかった」
ユキの声は、怒っていなかった。
だけど、その分だけ、重かった。
「それでも」
ユキが、続けた。
「私は未来くんと話したかった。未来くんに、ちゃんと見てほしかった。でも未来くんはいつも、勝手に決めつけて、私のことを見てくれなかった」
「……ごめん」
「ごめんじゃなくて」
ユキの目が、真剣になった。
「なんであなたは、私を見ようとしなかったの。ちゃんと答えてほしい」
言葉が、出なかった。
ケンタへの罪悪感があったから。自分を責めていたから。向き合うのが怖かったから。
全部、本当のことだった。でもそれは、ユキへの答えじゃなかった。
ユキが求めていたのは、言い訳じゃなかった。
俺がなぜ、ユキではなく自分の罪悪感と向き合い続けていたのか。その答えだった。
「……わからない」
正直に言った。
「わからない、か」
ユキが、小さく息を吐いた。
「それが、一番つらかったよ」
その時、ユキの輪郭が揺れた。
影になっていく。
ユキの形をした影が、俺の前に立っていた。
【後悔のかけら——見ようとしなかった日々】
手のひらに、光を集めようとした。
集まらなかった。
「なんで……」
『あなたは私を見ていなかった』
影が、ユキの声で言った。
『あなたはいつも中途半端』
「違う、俺は」
『ケンタくんのことばかり考えて、私のことは見ていなかった』
「……っ」
否定できなかった。
ユキと一緒にいた時間、俺はどれだけユキを見ていたのか。ユキが何を考えていたのか、何を感じていたのか、ちゃんと聞いたことがあったか。
なかった。
ずっと、自分の罪悪感の中にいた。
光が、消えた。
《修復失敗》
《現在の修復率:85%(変動なし)》
メモリーシティに戻ると、夜の空気だった。
広場のベンチに腰を落とす。
「……ダメだった」
めもりんが、黙って隣に浮かんでいた。
「ユキに、なんで私を見ようとしなかったのかって聞かれた。答えられなかった」
「うん」
「ケンタへの罪悪感があったのは本当だ。でも、それだけじゃない気がする。俺、ユキのことをちゃんと……見ていなかったのかもしれない」
「うん」
「ユキとケンタが話しているのを見た時も、勝手に結論を出した。ユキの気持ちを、一度も確認しなかった」
めもりんが、静かに頷いた。
「……ねえ、未来くん」
「なんだ」
「ユキちゃんがケンタくんに話していたこと、実は知ってるんじゃないかな」
「え?」
「記憶の中に、あるはずだよ。ただ、認めたくなかっただけで」
俺は、めもりんを見た。
「封印してたのか、俺が」
「うん。向き合うのが怖かったから」
俺は、空を見上げた。
メモリーシティの夜空が、静かに広がっていた。
遠くで、あの音がまだ聞こえていた。
ピ、ピ、ピ……。
「……もう一度、行く」
俺は、パネルに手を伸ばした。
【ユキとの関係】(難易度★★★)《再挑戦》
視界が、白く染まっていく。
光が、俺を包んだ。




