19
十一月がもうすぐ終わる頃。天気は曇天。今日は囮作戦決行日。
京都の街は十一月になってくると雪がぱらぱら、と降るが今日は珍しく降っていない。
だけど、地面に積もった雪が足許を冷やす。
私が寒さに震えていたら、一緒に歩いていたはずの男性あやかし――楪葉京は遠くのほうを歩いていた。
「――叶、早くしねえと置いてくぞ」
「もう置いていってるじゃないですか!」
あやかしは寒さや暑さを感じないのだろうか。それか、京は貼るカイロを着物の内側に大量に貼っているとか?
着物とカイロってそんなに似合わない。
「寒くて指先が悴んで思うように歩けないんです……」
「俺が温めてあげようか?」
「そういうことを平気で言える京さんが分からないです」
背中を包む温かなぬくもり。かたい胸板。優しい吐息が頬に当たる。
私は楪葉京に後ろから抱きしめられたらしい。
でも、あやかしで普通の人に視えないからってこういうことを公共道路でやっていいわけがない。
「楪葉さん――!」
「纏え、火鳥……!」
本人は小声で唱えたつもりなんだろうけど、こんな至近距離だと当然丸聞こえである。
「いま、術使いませんでした?」
このあやかし、まじで肝心な所で使わないで、どうでもいい時に術を使う。
これだから『頼りない』とか『心配』とか言われてしまうのだ。
「これで少しは温かくなったろ」
「……そういう問題じゃありません!」
てっきり抱擁で温めてくれるのかと思ったら、違った。
――術を使うと京の体力が消耗する。だから尚更こういう所で使用するべきではない。
なのに、何度注意しても彼は聞き入れてくれないのだ。
「――それより藤白に連絡取れたのか?」
「半日経っても未読無視状態です」
音々はキャンペーンを理由にLIMO友達を増やしている。利用されてることを知らない私は幸せ者なのだろう。
でも、そんな私でも彼女がLIMOスタンプ廃課金者なのは知ってるし、未読無視が酷いことにも気づいている。
私は音々の性格のせいだと思っていた。
「じゃあ寝てんのかもな」
「こんな時間まで!?」
時刻は午前9時半過ぎ。
普通の人なら起きてる時間帯。
待ち合わせ場所である駅前に現れなかった音々を私たちは迎えにいっているのだ。
――私は京の着物の袖をくいくい、と可愛らしく引っ張る。
さっきから私は彼の着物の袖を引っ張り続けていたのだ。特に理由は無い。
だけど、布の感触がしない。
ん……? て、楪葉さんいないじゃん!
先越されてしまった。私はひとりで歩くしかない。
寒いはずなのに京が召喚した、火鳥のお陰でそんなに寒くなかった。
「……楪葉さんの、ばか」
***
「――ピンポ、ピンポーン、ピンポピンポ、ピンポーン、ピンポーン」
あまりにもけたたましい、というかウザいインターホンの音。
なんだろう、押し方がいちいちウザい。
場所は変わって藤白音々宅。
家には音々以外にも音々の母親、父親、音々の兄弟姉妹――本当はいないが――もいるかもしれないのに遠慮が無い。迷惑でしかない。
でも、音々の母親は案外心が広かったようだ。
「――はい、どちら様ですか? 藤白ですけど……」
「……俺はあやかし界のトップに君臨する、妖狐さまだ! 名前は楪葉京という。藤白音々に用があってきた」
「……?」
――視えないけど。聞こえないけど。
子があやかしと繋がりがあって、視えてても、親はあやかしを認識できないこともある。その逆もあり得る。
「――お母さん!?」
音々がインターホンに反応して部屋から出てきたらしい。
「いたずらかしら……?」
「私、それ変わる」
「音々?」
音々は玄関の扉を開けて外に出た。
「お、おはよう。藤白」
「殴ると私が暴力、または傷害罪で捕まってしまうので、いまから楪葉さんをストーカー規制法違反で警察に通報します」
「待て、早まるな。にしても、藤白の母さんの『お』の字も無いな。あの優しさと心の広さはどこへ……」
「それはあなたが『か』から始めたからでは?」
「それはそうと何か言い残しておきたいことはありますか? お金は持っていますか?」
「まじで通報する気かよ。俺は断じて叶のストーカーではあるが、藤白のストーカーではない!」
「認めるんですね……余罪として叶先輩へのストーカー行為も訴えておきますね」
「あのさ、」
「はい?」
音々は首を傾げる。
「第0話でも叶に言ったが、あやかしって刑法で裁けるの?」
「メタ発言かと思うと同時にマジレス」
卑怯ですね、と付け加えて音々は嘆息。
同時に私が京に追いついて音々たちと合流。
「叶先輩、聞いて下さい。とうとう楪葉さんが叶先輩のストーカーであることを認めました!」
音々はポケットから小型のボイスレコーダーを取り出し、音声データを再生する。
彼女はどこまでもずる賢い。
裁判になったら、確実に音々が勝訴し、京が敗訴しそうだ。
「やっぱり…………」
「叶、なんだその目は」
じとり、とした視線を京に送る。睨んでいるわけではない。
「いやいやいや。俺はストーカーじゃない! SPだ! さっきのは、その……言葉のあや、というやつだ」
「ストーカーって自分がストーカーだということを頑なに認めないそうです」
――私は京に「まさか、勝手にインターホン押したわけではないですよね?」と問い質した。
だが、悪い予感は的中。彼は首肯した。
「楪葉さん! あなたは自分があやかしであることとストーカーであることを忘れないで下さい」
「否、俺はあやかしだがストーカーではない」
「「はいはい」」
「適当すぎる……」
音々の母親が困っていたことや勝手な言動に私が怒っていることを伝えると、彼は本気で反省してくれた。
彼の狐耳がしょんぼり、と垂れ下がっている。可愛い。
その狐耳を優しく撫でてやる。
「楪葉さんってそういえば狐だったんですね……」
「今更かよ」
あまりにも狐キャラが薄すぎて忘れてた。
それより音々ちゃんは何故、待ち合わせ場所にいなかったんだろう。
彼女は約束は守るタイプなのに。
「音々ちゃん――」
「……ごめんなさい」
音々は私に何を言われるか、察したのだろう。セリフを被せてきた。
「――最近、嫌な夢ばかり見るんです。それで朝、起きれなくて……。恐らく狼火が関係しているのでしょう」
「それはつらいよね。大丈夫?」
「大丈夫です。気にしないで下さい。いまの話は無かったことにして下さい」
「音々ちゃん……」
「――でも、誰かさんのインターホンの音が煩すぎて飛び起きました」
「ごめんね、うちの者が」
電車でガタゴト揺れたら、集合場所であるカフェの最寄り駅に着いた。
咲倉はカフェで待ってるらしい。
***
――レトロな昭和感漂うカフェだった。
咲倉はすぐに見つかった。窓側の真ん中のテーブルの窓際の席で頬杖をつきながらただ座っていた。
「――咲倉、遅くなってごめんなさい」
「大丈夫」
咲倉は音々の顔を覗き込む。顔色が悪いことに気づく。
――?
「音々。ひとりで抱え込んでない? 私たちを頼ってもいいんだよ?」
「大丈夫です、大丈夫ですから」
「そうだよ音々ちゃん。私たちがいるよ?」
「ありがとう。でも、厄介事に巻き込んでもいいんですか」
「なに言ってんの。厄介事に巻き込まれるのが私たちなんだから」
「そうなんですか、知らなかったです」
それは言ってみたかっただけだ。だけど、音々ちゃんにこれ以上ひとりで抱え込んでほしくなかった。こんな深刻な顔、してほしくなかった。それは咲倉も楪葉さんも同じ気持ちだと思う。
二分程度待つとドリンクが運ばれてきた。
咲倉と音々はブラックコーヒーのホット、私はオレンジジュース。楪葉さんの分はナシ。
――何? 高校一年生の間でブラックコーヒーが流行ってんの?
よく飲めるよね……。
でも音々ちゃんとかブラックコーヒー好きそう。そんな印象を彼女に抱いていた。
かと思いきや――。
彼女は添えられていたミルクを全部、コーヒーにIN。
もしかしなくても音々ちゃんって甘党?
「――音々ちゃん、ミルク入れるんだ……」
「はい。ブラックコーヒー好んで飲む人、理解できないです。勝手に宇宙人だと思っています」
隣では美味しそうにブラックコーヒーを啜る咲倉の姿。
これって咲倉を遠回しにディスってない?
「ブラックコーヒーなんてただの苦い水ですよ」
「違う。ブラックコーヒーは上品な水。異論は認めない」
《《水》》は訂正しないんだ……。
二人がバチバチしてる中、囮作戦会議が始まった。
「――多数の情報が寄せられているのがここだ」
京が地図の《《ある場所》》を指さす。
そこは――小学校が隣接する通学路だった。
でもなんで通学路……?
子どもを狙いやすいから?
――以前、彼から聞いた話によると切り裂き女はいたずら好きのあやかしらしい。
もしかすると子どもにちょっかいを出して、愉しんでいるのかもしれない。
「この場所を通った子どもや大人は何もないところで転んだり、知らない間に腕や足が裂けてるらしい。だからこの場所を重点的に咲倉には歩いてもらいたい」
このセリフを聞くと普通の人は(京ってなんて性格が悪いんだろう)と思うだろう。
でも、調査の為にはこれも必要なことなのだ。
《《何もないところで転んだり》》という京のセリフに反応した音々は瞳をぱちくりさせる。
彼女は京と私のいちゃいちゃが見たい、という理由で咲倉と共謀して、咲倉の部屋の床にオイルを塗って転ばせた張本人だ。
咲倉はというと内容が理解できないのか、依然として無表情を貫いている。
「――分かった」
咲倉が遅れて返事をする。
きっと、半分あやかしだから承諾できるのだろう。
完全に人間だったら恐怖や不安を抱いていてもおかしくない。もし、私だったらいま頃京を殴っていると思う。京が囮になればいいじゃん、って思うから。
――ちゃぷん。
(?)
私は小首を傾げる。
「――それじゃあ役割でも決めるか」
「そうしましょう!」
――ちゃぷん、ちゃぷん。
反射的に音々のほうを見る。
手には角砂糖を持っていた。
――ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん。
「入れすぎでしょ!」
「普通です」
「音々ちゃんの《《普通》》が分からないよ!」
ほら、咲倉も変な顔してる。
楪葉さんは…………角砂糖を《《食べている》》。
「楪葉さんは角砂糖、食べないで下さい」
音々は角砂糖マシマシのコーヒーをひとくち。後に感想を述べる。
「――美味しい」
絶対、甘ったるいに決まってる。
だけど好みは人それぞれ。これ以上はツッコまなかった。
京が手に持っている角砂糖は全て回収した。こっちは心霊現象だから。いつものように彼は拗ねてるけど気にしない。
「――改めて。俺は咲倉を守る!」
「「いきなり何言ってるんですか」」
女子二人は冷ややかな目で京を見る。
京は「咲倉の護衛になる」と言いたかったらしい。だったら、守る、とかじゃなくて護衛、って言えばいいのに。この心のモヤモヤはどこにぶつければいいの。
「私は切り裂き女をスマホのカメラで撮る係で」
「私は切り裂き女が襲撃してきたことを皆に知らせる役目を果たしますね!」と音々。
「残る咲倉は囮か……」
――時刻は13時。もう一品くらいは頼めるかな、と思い始めていた頃。突如、京の携帯が鳴り出した。
「はい。楪葉だ。…………なにっ! いますぐ向かう、君はそこで待機してろ」
京は携帯を切る。いつになく真剣な表情をしていた。シリアスな空気感がこちらにまで伝わってくる。
「誰と話してたんですか?」
「急に悪い。いますぐ出発の準備をしろ。緊急事態だ」
――何が起こっているのか、分からなかった。
だけどきっと良くないことが起こっているのは感じとれた。
誰と話していたのか、気になるけどいまはそれどころじゃない。
私たちは彼の言うことを聞くしか出来なかった。
――カフェのドアに備え付けられているベルが鳴る。そのベルの音さえも不快に感じてしまうのは、この空気感のせいだ。
これから何が待ち受けているのか、分からないのがただただ怖かった。




