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イケメン妖狐に憑かれて困っています  作者: 白紅魔
第二章

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「――開きませんね」 


 ようやく咲倉の部屋の前まで辿り着いた一行いっこう。だが、その部屋は簡単には《《開かなかった》》。

 この家にかけられていた術は解けても、大元が呪われているからだ。つまり、この――呪われている――家を守っていたあやかしを撃退しても、内部の呪いまでは対処出来ていない。ボスの手下てしたを撃退したようなものなのだ。


「ここは楪葉さんの術で――」

「まあ使える術もあるのだが、術を使わない、簡単な方法を思いついた。人間1と人間2は早急に咲倉母を呼んできてくれ」


 京が私たちにお願いするのも咲倉両親には京の存在が視えないから。


 京が私たちに馴染みすぎて、すっかり彼があやかしだということを頭の隅の隅に追いやっていた。――楪葉京が人間だったらいいのに。彼の人間時代も見てみたかった。

 そんな煩悩ぼんのうも出てくるが、私は平常心を意識する。


「その呼び方を改めるまでは私は呼びに行きません」

頑固がんこだな」

「どっちが人間1でどっちが2なんですか? 私、1がいいです」

「音々ちゃん、そのこだわり、なに」

「叶先輩……じゃなかった。人間2も行きましょう!」


 そうして、私と音々ちゃんは咲倉のお母さんを呼びに一階に降りた。


 まだ、朝食の香りはリビングに漂っていた。咲倉母は未だにフライパンを持っていて、咲倉父もテレビのリモコンを持っている。さっきと光景に変化が無い。

 もしかして、この空間――つまり咲倉の家――って時間、止まってる!?


 私は大きな事実に気づいてしまった。



 ***


 ――いつから、俺は叶のことが好きだった?

 いや、待て。本当に俺は叶のことが好き、なのか……?


 何故、叶のことになると素直になれなくなる?


 夜刀神やとのかみに記憶剥奪の術を使う必要、あったか?


 なんでこんなに必死なんだよ……。


 こぶしを握りしめる。


 そんなところに彼女らが戻ってきた。



 ***


 ――咲倉母に『私たちは咲倉の親友だ』と嘘を吐き、ことの事情を説明した。


 すると……驚くべきことを告げられた。


「――あの子、毎日何も食べてないのよ。わたしが作る料理は好きじゃないみたい」


 《《何も食べてない》》? それってつまり……。


 ――咲倉さんってもう亡くなっているんですか?


 そんなこと、実の両親を前に言えるわけがない。


 でもひとつ、《《数週間、何も食べなくても生き延びられる選択肢》》に私は気づいてしまった。


 それは……けがれを口にする。妖力を体内に取り入れる。


 人ならざるもの――あやかしはそうやって日々を生き延びる。


 京だってそうだ。単純に和菓子が好きだから、彼は和菓子をたくさん食べているが、和菓子を食べなくても生きていける。


 それと一緒で――。

 つまり、咲倉が半分あやかしになってしまった証拠でもあった。


 でも、今ならまだ間に合う。早く、早く京に穢れをはらってもらわないと。


 早くしないと《《半分》》じゃなくなってしまう。


「お母さん。咲倉さんはお母さんが作る料理が嫌いなわけじゃありません」

「えっ――」

「咲倉さんはきっと、お母さんの作る料理大好きですよ」

「…………」


 咲倉のお母さんは目に涙を浮かべる。


「早く咲倉さんを救いに行きましょう」

「うん」



 ***


「――それで楪葉さんは何やってるんですか」


 京は人差し指同士をこすり合わせながら、足をクネクネさせている。控えめに言って――


「キモいです」

「はっ! 叶、いきなりどうした」

「さっきからあなたの様子がおかしいです」

「叶先輩。大人の男の悩みに女子が介入してはいけませんよ」

「おい。藤白。俺が悩み多き男みたいに言うな」

「事実では?」

「…………」


 無言の肯定。


「あ、あの……」


 咲倉母が気まずそうにしている。それを見て私は。


「扉を、開けて、みて、下さい…………」


 どう言えばいいのか、分からなかったから、言葉がたどたどしく尻すぼみになってしまった。

 それに対し、京はフッ、と馬鹿にしたようにわらう。


 ――ムカつく。今すぐにでも殴りたい……。


 でも、彼が言うには三人――京、音々、私――にはどんなに頑張ったって、《《普通の方法で》》扉を開けることは不可能らしい。

 何が言いたいか――呪われているか、呪われていないか、だ。

 まず、御霊さまや神の使いを宿している我々は呪いとは縁遠えんどおいらしい。だから、呪われていない。

 だけど、この家に住む者たち。既に咲倉が強力な呪いを宿しているから、連鎖反応で両親も徐々に侵食しんしょくされていく。


 呪われた者しか開けられない扉――。


 咲倉父も咲倉母も微量びりょうな呪いにおかされているから、きっと――


 ――ガチャ。


 開いた。


「開きましたよ! 楪葉さん、音々ちゃん!」

「子供ですか――」


 音々が言い終える前に私は《《何か》》にコケて頭を棚の角にぶつけた。


 いたたたたた。


「大丈夫か?」


 京に顔をのぞかれ、頭を優しく撫でられる。


「――治癒」


 すぐに治癒の術をかけられ、私の頭の痛みと傷は無くなる。


「あのお二人さん。いちゃついてなくていいですから。この部屋の雰囲気とミスマッチ過ぎて……」

「「いちゃついてない!」」


 まるでホラー映画にメルヘンが出てきたみたいとかごちゃごちゃ音々に言われる。


 確かに悠長ゆうちょうにイケメンに頭を撫でられている場合じゃない。だって、目の前の少女は自分の髪の毛と《《指》》をむさぼるように《《食べているのだから》》。


「ちょっと、咲倉! 元気? 元気よね? だってこんなに幸せそうな笑顔なんだもん! 会いたかったわ」


 母親も病んでいる。でも確かに母親の言う、『幸せそうな笑顔』というのは間違ってはいない。ただ――少し語弊があって。咲倉は闇に飲まれて、自分が自分であることも忘れて《《自分を食べている》》。その行為に酔い、その行為をたのしんでいるのだ。取り憑かれている、といってもそれは末期で京が私に取り憑いているのとは比べ物にならない。そもそも京は悪霊ではないし、咲倉に取り憑いているのは魑魅魍魎ちみもうりょうだ。

 もしかしたら、《《咲倉が》》幸せそうに笑っているのではなくて、《《咲倉に取り憑いている霊》》が幸せそうに笑っているだけなのかもしれない。


「栞……栞…………死ぬ………死ねない……死ぬ……死なない……るるるるる……れれれれれ」


「ちょっと、誰か通訳」

「アルカリ性と酸性を混ぜると互いが打ち消し合って、効果がゼロになってしまうそうです。と、咲倉さんが」

「そんな話、咲倉が言ってたか?」

「――ふざけてる場合じゃありません!」


 私がふざけている京と音々にかつを入れる。


「こういうシリアスグロシーンにはなごやかなのも必要かと思って」

「私はお馬鹿そうな彼に雑学でも伝授したい気分だったので」

「……」


「ちょっと、ダメじゃない。こんなに部屋を汚くしたら……蜘蛛くもの巣はってるわよ」


 咲倉母が蜘蛛の巣に触れようとして――京がそれをすんでのところで制止した。


「蜘蛛の巣には妖術がかけられている。触れたら危険だ」


 ――バチッ。


 咲倉母の手に電流がはしる。


「何!? 何が起きてるの!?」


 そうだった。咲倉のお母さんには京が視えないんだった。


「蜘蛛の巣に触れるのは危険だそうです」

「え、そ、そうなの……?」


 私が真面目な顔をすると、すんなりと言う事を聞いてくれた。


「こりゃ、蜘蛛のあやかし――女郎蜘蛛じょろうぐもの仕業だろうな。今はキャスター付きラックの下に隠れてる」

「小さいあやかしなんですか?」

「いや、大きい筈だが小さな姿に擬態してるんだろう。彼女は蜘蛛じゃなくて美女の姿にも擬態できる。上級あやかしの俺様にかかれば簡単に倒せるけどな」

「自分のことを上級とか自称してると人、離れていきますよ?」


 とにかく、女郎蜘蛛をキャスター付きラックの下からおびき寄せないといけないっぽい。

 だから京が必死に《《猫じゃらし》》をラックの下でフリフリさせている。――ちょっと待って。猫じゃらしで?


 女郎蜘蛛って蜘蛛だよね? 猫じゃないよね?


「楪葉さん、何やってるんですか」

「アズキとじゃれあう用の猫じゃらし持ってきた」

「…………。それで本当に女郎蜘蛛? を誘き寄せられるんですか?」

「多分、無理だ。はぁ……」

「しゃんとやって下さい!」

「猫じゃらしで遊ぶにもテクニックが必要だもんな」

「女、郎、蜘蛛! を誘き寄せて下さい! 猫じゃらしで遊ばなくていいです、あれアズキにしか使えないので」


 そんな会話をしていたら、小さな蜘蛛が視界に侵入してきた。


「お、出てきたな」


 ――次の瞬間、壁一面が小さな蜘蛛の大群でおおわれる。


 キモ。


 音々ちゃんと私はドン引き。


 彼はこういうのを見慣れているのか、毅然きぜんとした様子。


 でもその蜘蛛の大群を見たのも、たった数秒間だけで――


霧散むさん


 ――京の術で壁はクリアになるのだった。


 でもまだ、女郎蜘蛛《《本体》》は倒せていない。


解析かいせき


 京が術を使用し、ラックを調べる。


「ラックの下には居なさそうだ――」

「――天井てんじょう!」


 音々が叫ぶ。


 見上げると巨大な蜘蛛くもが天井に張り付いていた。さっきの小さな蜘蛛とは比にならない大きさ。


「こりゃ、俺ひとりじゃ厳しいな……」


 小さな京の呟き。だが、その呟きさえも私の耳は逃さなかった。


「《《上級あやかしの俺様にかかれば簡単に倒せる》》って言ってませんでしたっけ?」

「ああ……まあ、そりゃあ……なあ。て、何言ってるんだ叶! この俺様がこんな蜘蛛如ごとき倒せないわけないだろう! あっはっは。て、なんだ、その目は?」

「強がらないで下さい、うざいです」

「俺は有言実行する男だ。とくと見てろ、叶、藤白」

「うざいです」


 大事なことなので二度言った。でも、彼は私のツッコミを無視するほどモードに入ってしまったらしい。


「――式神、女郎蜘蛛を囲め」


 京がそう唱えると白い着物を着た式神二体が巨大な蜘蛛を取り囲んだ。その後も命令通りに式神は女郎蜘蛛の首や身体をおびのようなモノで締めつけたりして、女郎蜘蛛を追いつめた。

 首や身体を絞められた女郎蜘蛛は――。


「――分裂ぶんれつ!」


 帯のようなモノで身体をバラバラに引き裂かれた。同時に首もねたので、女郎蜘蛛はパタリと《《動かなくなった》》。


「わ……! 凄いです、式神さん」

「だよね、こんな強いあやかしをバラバラにして倒すなんて」

「いや、そこは俺を褒めるところだろ」

「え、楪葉さんってなにかしましたっけ?」

「酷くね!?」


 これでこの家に棲み着いているあやかしは全部、はらい終わった――ように思えたのだが。京にはどこか気になる所があったらしい。


「――叶、さっきコケなかったか?」

「……。そうやって人の黒歴史を掘り返してくるなんて……性格悪いです」

「そうですよ。忘れてあげて下さい」

「そうじゃなくてだな。《《あれもあやかしの仕業だ》》」

「「!?」」


 彼の話によると、その正体は咲倉のれいが乗り移ったものらしい。ちなみに乗り移った対象は『人形』だったが、私には視えなかった。なんか悔しい。


「視えてるなら、言ってくれればよかったのに……」

「いや、あれは予測不可能だ。いきなり現れたからな。悪戯好きなあやかしなんだろう」

「それって楪葉さんなんじゃないですか? ほぼ楪葉さんです」

「俺はそんなことしない」


 あと、咲倉の魂は悪霊ではないそうだ。咲倉を浄化すればそのあやかしも自然消滅するとのこと。


 当の本人はというと体育座りで死んだ目をしている。


「るるるる、れれれれれ、……死ぬ死ぬ、ママたすけて……らららら」


 そして支離滅裂しりめつれつな言葉を発している。彼女が普通の、人間が喋っている言葉を話せるようになるのは絶望的のように思える。でも――咲倉のお母さんも京も音々も勿論私も奇跡が起こってほしいと願っている。奇跡を信じている。


「――浄化」


 京が術を唱える。


 すると、咲倉にまとっている紫色の瘴気が完全に空気中に霧散むさんした。この部屋に来てから、ずっと感じていた重苦しい空気が一気に軽くなった。やはり、楪葉京は只者ただものじゃないな、と改めて感じる。

 でもだからといって、《《呪いが全部解けた》》とは限らない。まだ、咲倉の表情は晴れないから――。

 京の力を借りても咲倉が《《人間》》に戻れることはないんだと思う。咲倉の両親と咲倉はこの現実を受け入れなければいけない日が必ず来る。例え、時間が掛かっても。


「……れれ、るる、らら――…………」


 そして、発語が停止した。何も喋らなくなった。


「…………」

「…………」


 ――静寂に包まれた部屋。咲倉母は涙を流していて、咲倉は《《無表情で》》、音々は一部始終を陰で見守っていて、京は誇らしげな顔。私はというと――感情移入してしまったのか、何故か無意識に泣いていた。


 京の浄化のスキルは果たして成功したのだろうか。

 でもこの調子じゃ、咲倉からマトモに話を聞くことは困難な気がする。


 咲倉母は私たちに確認を取ってから、大号泣しながら咲倉を抱きしめていた。


「咲倉……! 咲倉ぁ……! 大丈夫? もう大丈夫だからね」

「――ママ?」

「そうよ、ママよ」

「あなた、誰?」

「!?!?」


 まさかのママ? からのあなた誰? は吹いた。吹いちゃいけないんだろうけど、ママはママなんだと思うよ。


 でも、短くても言葉を発してくれたことに私たちは安堵あんどした。



 止まっていた時間は動き出す。咲倉の家にもいつもの日常が返ってきた。


「――咲倉さん」

「あなた、誰?」

「私は桜戸さくらどかの。咲倉さんの親友。忘れちゃった? お母さんの作る料理、食べてみない?」

「あなた誰? うん。食べる」


『あなた、誰?』は抜かないんだ……。もう口癖みたいになってない?


「じゃあ、とりまリビング行こっか」

「あなた誰? あなた誰? あなた誰?」


 増えた……。


 ――リビングに向かう中途ちゅうと


「音々ちゃん、ちょっと咲倉さんに話しかけてみて」

「初めまして……ではないですね。藤白ふじしろ音々《ねね》です。あなたとは同級生で新入生オリエンテーションで同じ班になりましたよね?」


 そうなんだ……。


「あなたはとうの昔に忘れていると思いますけど」


 なんてこと、言うの! でもこれが音々ちゃんだ。相変わらず毒舌だな……。


「……あなた、誰?」


 同級生が話しかけても、結果は変わらなかった。


「楪葉さんも咲倉さんに話しかけてみて下さい」

「咲倉。俺は楪葉――」

「あなた誰?」


 中断されてて草。


「――楪葉京ゆずりはきょうだ。俺はあやかしをべる者。あやかしの中で一番強い上位種――妖狐だ。容姿も中身もイケメンで最強なんだZE!」

「あなた誰? あなた嫌い」


 楪葉さん、ありがとう。あなたのお陰で咲倉から新たな言葉ワードを引き出すことが出来たよ。うざいけど。


「き、嫌い……! お前、嫌いって言葉、知ってるのか?」

「咲倉を何だと思っているんですか」


 そう言うのは音々だ。


「……」


 言えないらしい。多分きっと、『未就園児』、『言葉の通じないあやかし』とか思っていたのだろう。


 ――リビングに着く。咲倉がリビングに降り立ったのも3ヶ月ぶりのことらしい。

 ウインナーの焼けた香ばしいかおりとトーストにかけるはちみつの甘いかおりが同時に鼻をかすめる。

 咲倉が食卓の中央席に座った。やっとここから、止まっていたときが再び動き出す――。



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