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イケメン妖狐に憑かれて困っています  作者: 白紅魔
第二章

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 気がつけば週末になっていた。

 口では京と二人で神社になんか行きたくない、と言っていた私だが、本音はめちゃくちゃ行きたかった。


 この前は早朝に神社に行ったが今日は夜。夜と言っても19時くらい。

 なんでも神様が起きている時間がこのくらいの時間らしい。


 ……えっ、神様って夜行性なの? 人間じゃないのは分かってるけど、夜行性なの??


「――酒は基本、夜に呑《の》むのが主流だろ? 曰《いわ》く、伊邪那岐命《イザナギノミコト》さまは酒を呑む為に夜、起きている」

「ちょっと待って下さい。日本神話で伊邪那岐命が酒豪だったとか、一度も聞いたことないですけど!?」

「正体を明かすのが早すぎたか……」

「正体もなにもおかしいです!」

「天照大御神《アマテラスオオミカミ》さまも近くにいるぞ」

「天照大御神とかそんな身近にいちゃいけない神様ですって! 大物ですよ。伊勢神宮行かないと会えませんよ」


 先を歩く彼を駆け足で追いかける。


 京の話によると、これから行く神社は伊邪那岐命さまが一番偉い神様として祀られており、次いで猫神様とかそういった神様も祀られているらしい。

 今回、用があるのはなんと伊邪那岐命さまのようだが、あまりにも格上《かくうえ》すぎて緊張で冷や汗が止まらない。京は「自分のおじいちゃんだと思って、接するがいい。見た目、酒に酔ったおじいちゃんだから」と言うが、無理に決まっている。


 追いついた私は京の手に自分の手を重ねる。


「――この手はなんだ?」

「はぐれないようにする為です」

「君って幼子《おさなご》だったか?」

「……」

「でも逸《はぐ》れないようにするにしたって、指を絡ませる必要はないだろ」

「言わないで下さい。恥ずかしいので」

「ふーん」


 意地悪な大人だ。


 ――夜だから、何も見えない。絡まった指も見えないし、紅葉も大雑把《おおざっぱ》にしか見えない。紅葉《もみじ》を踏む感触。手から伝わる熱。そういった情報だけが伝わってくる。

 でもそれだけで充分だ。


 長い階段を上った先には大きな鳥居がどーん、と待ち構えていた。


 数週間前に確かに京と来た場所。

 でも全然、朝の雰囲気と夜の雰囲気では《《違った》》。景色が違うのは勿論のこと、私が感じ取ったのは朝と夜では棲《す》んでるあやかしの種類が違うのでは、と思ったのだ。


「楪葉さん――」


 ――あやかしの種類について、彼に話した。

 すると。


「いい目の付け所だ。そうだ。日中は子どものあやかしが多いが、夜になってくるとより上級のあやかしが棲みやすくなる。だから、叶。君は自分の身を案じろ」

「分かりました」


 いつになく素直に応じると私はニヤニヤした視線を彼に送った。


「なんだその目は」

「んー、何といいますか。日中も夜も活動している楪葉さんは上級でも低級でも子どもでもなく、間をとって中級あやかしなのかな、って……思っただけです」

「何を言っている。この俺様は紛れもなく上級あやかしだぞ」

「上級あやかしは自分のことを上級とは言わないと思います」

「ちっ」


 本当に子どもなんだから。舌打ちするなんて、子どもの所業《しょぎょう》だ。


「――ここには化け猫、猫又、猫蛇。そしてアズキ。なんでもいるぞ」

「いま、何か違うもの混じりましたよね? 勝手にうちの猫を妖怪にしないでいただけますか」


 アズキとはうちの猫の名前だ。こんな所にいるはずが無い。


「さ、さっさとお守り買って帰るぞ。叶が悪いあやかしに襲われてるとこなんか、微塵も想像したくない」

「……。神様に会う話はどうなったんですか」

「あー忘れてた」

「……おじいちゃん」

「俺はピチピチの――」

「――おじいちゃん」

「ピチピチのおじいちゃんってなんだよ!」

「あなたのことです」

「違う!」


 ピチピチのおじいちゃんは流石に吹いた。


 二人でお守り売り場へと向かう。

 ――にしても。


 ビュー。


 夜風が冷たい。


 私が身体を震わせていると、背中から温かい感触に包まれた。京が羽織《はおり》をかけてくれたのだ。どこからそれが出てきたのかは分からない。でも彼の優しさが沁《し》みる。温かい。


 ――やっぱり私、京が好きだ。


「音々ちゃんのお守り、どれがいいですかね?」

「悪霊退散じゃないのか?」


「――そうですね。厄払《やくばら》いとかを希望するのであれば、『悪霊退散』のお守りがオススメです」

「では、これでお願いします」


 音々のお守りを買った。あとは本人に渡すだけだ。


 私は去り際に巫女さんの、ボソッと呟いた一言を聞き逃さなかった。


「あなた達には『恋愛成就』のお守りがピッタリだと思うのですが……」


 先を行く京の背中を追いかける。でも――引き返す。お守り売り場に《《私だけ》》戻る。


「叶……!」

「ちょっとごめんなさい。先に行ってて下さい」

「分かった」


 私は濃いピンク色のお守りを指さす。


「これ、下さい」

「分かりました。ありがとうございます」


 巫女さんも私も笑ってた。

 お守りには大きく白い文字で『恋愛成就』と書かれていた。こんなの、京にバレたら絶対冷やかされるに決まっている。だから、ポケットの中にしまった。帰ったら、鍵付きの机の中に入れておこう。あれ、でもただ仕舞っているだけで、なにかカバンとかにつけていなくても効果を発揮するのかな。



 ***


 一方、その頃京はというと。

 神社の奥深く、奥宮《おくみや》に来ていた。


「イザナギさま。起きて」

「ぷふぁー。ひっく」

「それが挨拶と化《か》してて嗤《わら》う」


 一升瓶を持ち上げて、再び卓袱台《ちゃぶだい》の上に置いた神様――伊邪那岐命さまは酔っぱらいつつも、なんとか京とコミュニケーションを取る。


「なんだ、妖狐か。こんな朝っぱらから何の用だ」

「夜だし」

「おー、夜か。おやすみ」

「待て待て。寝るな寝るな寝るな」

「――今日は紹介したい女の子がいるのと切り裂き女の件で話があるんだ」

「人間か。……それとわしに向かってタメ口で話すのはせいぜい君くらいだよ」


 京は神様のセリフに口角を吊り上げた。


「――あのこと、誰にも言ってないだろうな?」

「言ってないよ」

「……そうか」


 ――遠くから足音が聞こえてくる。叶だ。


「……あれが君が取り憑いた、小娘か?」

「そうだ」


「遅くなってすみません!」


 ペコリ、と頭を下げる私。


 奥宮に彼がいるとは知らずに奥宮に辿り着けたのは奇跡といってもいいだろう。私、すごい。


「まあ人間。そう焦るな」

「人間? 私、桜戸叶といいます」

「だから人間だな」

「そりゃ、人間ですけど……」


 この神様の言い方をどうにかできないか、と京に耳打ちしたが、変えることは出来ない、と返ってきた。


「じゃあ、音々ちゃんがいたらどうするんですか? 人間1号、人間2号とかいうんですか」

「きっとどちらも人間だろう」


 難しい話すぎて、頭がこんがらがってきた。


「あ、あの、あなたがイザナ――」

「何も言うな」


 むぐぐ、と口を塞がれる。


「は?」


 反論したいのに上手く反論出来ない。


「――それで妖狐に頼まれていた、お清《きよ》めの塩じゃぞ。たっぷり使うといい」

「頼んでねえし」

「わーい。塩、ですね。ありがとうございます!」

「なんで叶は塩を見ていつも上機嫌になるんだよ」


 たっぷり入ったお清めの塩の袋を抱えようとするが――重くて持てない……。


「というわけだ。これは受け取れない」

「楪葉さんなら、持てるでしょう?」

「うぐ」


 袋に入った塩を思いっきり、京めがけてふりかける。


「うわあああ。持てます持てます持てます」


 京は降参。


 試しに神様にも塩をふりかけてみる。でも、何も起きなかった。


「わしには効かんぞ」

「えっ」

「俺はあやかしだけど、神様は神様だからな」

「何が違うんですか?」

「神聖な者と穢《けが》れた者」

「穢れた者……」

「穢れた者」

「穢れた……者――?」

「わざとだろ」


 二人で京をからかうのは楽しかった。あはは、穢れた楪葉京さん。


 まあ、この塩は別に京にいじわるする用ではなく、あくまでも音々ちゃん用に使うのだ。――ということはつまり、さっきの彼の「頼んでない」という発言は嘘であり、本当は秘密裏に「塩が必要だから欲しい」と頼んでいたらしい。


「それで藤白音々は大丈夫なのか?」

「ああ、あの人間か。まあ恐れることはない。2体危険な奴《あやかし》が近くにいるが、この塩の量なら問題無いだろう。それよりも人間が危ない」

「どの人間ですか……?」

「咲倉《さくら》だ」


 咲倉――。その女の子は音々ちゃんの同級生で切り裂き女に取り憑かれた、といわれている子だ。自宅に引きこもっているそうだが、神様曰くかなり危険らしい。


「それでじゃが、妖狐と人間。二人で人間の家を見に行ってきてくれないか」


 唐突な依頼。


 恐らく後述の『人間』は咲倉のことを言っているのだろう。


 でも無理だ。普通に無理だ。


 呪われてるかもしれない家に京と二人で訪れるなんて、出来れば避けたい。


「――了解」


 京はそう答える。

 だが、浮かない顔をしている私に気づいたのか、顔をじっくり覗かれた。


「どうした?」

「楪葉さんとだと心許《こころもと》ないです……」

「なんだって!?」


 ピキッ、と彼の顔面に亀裂《きれつ》が走った。

 神様も申し訳なさそうに眉を下げていた。


「俺、立ち直れないかもしれない……叶にはもっと頼りにされたいのに…………」


 顔を両手で覆って、しゃがみ込んでしまった京。ちょっと言いすぎてしまったかもしれない。


「大丈夫だ、人間。妖狐はあの、忌《い》まわしき鬼神《きじん》を単独で倒した経歴がある。それから上級妖怪である証も持っている。頼りなさそうに見えるかもしれないが、妖狐は強いあやかしだ。きっと人間の命が危険に晒された時、助けてくれるだろう」

「頼りなさそうに見えるってなんだよ。失礼だ」

「あ、あの……」

「ほら、叶もそう言ってるぞ」

「――鬼神って何ですか」


 何も分かってない私に二人は色々と事細かく教えてくれた。


「楪葉さんって強いあやかしだったんですね」

「そうだ。俺は強いんだぞ」

「自分で言っちゃうから、残念です」

「……」


「――これが人間の家までの地図だ。週末ふたりで行ってきなさい」


 咲倉の家までは案外近かった。ここから二十分ほどで着くだろう。


 てか、音々ちゃんに案内してもらうほうが早くない? と私は思った。

 でももしかしたら咲倉の家がどこにあるのか、までは知らないのかもしれない。


「じゃ、わしは酒呑んで寝るから。今度こそおやすみ」


 神様は日本酒が入った、一升瓶《いっしょうびん》に手を伸ばし――。


 ――阻害《そがい》された。


「3時間前、禁酒するって言ってただろ。もう忘れたのか」

「忘れた」


 ちなみに禁酒宣言は京の嘘である。


「代わりに俺が呑む」


 一升瓶を呷《あお》る京。


「ま、待て待て待て。君は酒癖が悪いだろ」


(お前もだろ)と言いたげな視線を神様に送り、京は二口ほど酒を呑んでしまった。


「え、楪葉さんって酒癖、悪いんですか?」

「俺は悪くな――ふふふふふ。あはははは」


 まさかの笑い上戸《じょうご》。

 てか、お酒効くの早くない?


「妖狐は酒を呑むと笑いが止まらなくなる。そして素直になる」

「俺はいつでも素直だー! ほら、イザナ――神様も呑め呑め」

「最初からそう言いなしゃい」


 ――五分後。


「あはははは。わっはっは」

「はははは。ぎぶ。腹いてえ。おほほほほ」


 増えた。


「ほらほら、叶もそんな嫌な顔せず呑めよ。うふふふふ」

「私、未成年」

「呑めばこんな風に笑いが止まらなくなるぞ。おほほほほ」


 呑みたくない。こんな恥ずかしい大人になりたくない。


 あと、もしかしなくても京って前世は悪役令嬢?


 こんなだらしない酔っぱらい二人は放って帰りたくなった。

 だから私は先を歩く。


「おい、待てって。叶。あっはっはっは」


 ニヤついた形相《ぎょうそう》で腹を抱えて追いかけてくる妖狐。怖い。しかも走り方、いつもと違って変。


 でも酔っぱらってても、足の速い彼には簡単に追いつかれてしまう。


 そして――後ろから抱きつかれた。

 酒呑んでいるせいなのかは分からないが、手も腕も触れた頬も熱かった。


「何のお守り買ったんだ?」

「え――」

「俺に隠し事が通用すると思ったか? 買ったんだろ? ……恋愛成就のお守り」


 な、なんで……? なんで知ってるの?


 あやかしはそんな簡単に欺《あざむ》けない存在なのかもしれない。

 でも、もしかするとお酒の効果が切れると忘れてくれるのかもしれない。


「……」

「……」


 そこからはずっとお互い無言だった。


 家に着くと、真面目モードから一転、再び笑い始めた。


「おっほっほ。うほうほ」


 こいつ、前世は悪役令嬢じゃなくてゴリラ?

 いや、前世は悪役令嬢で前前世がゴリラが正しいのかも。


 もうゴリラ悪役令嬢でいいよ。あ、変態も追加で。


 寝付くまでずっと京の笑いは止まらなかった。


 朝起きたら、腹筋とか色々ヤバそうだな、と思った。


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