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イケメン妖狐に憑かれて困っています  作者: 白紅魔
第二章

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 混雑した駅のプラットフォーム。帰宅ラッシュの時刻を少し過ぎたとはいえ、まだ人の数は多い。


 音々とは帰る先の方面は同じのようだが、降りる駅は違う。私たちは目的地の駅まで一駅なので、電車に乗ればすぐにお別れになってしまう。でもまだ電車は来ないので、話す時間はある。


 ――私たちは待合い室の椅子に座った。


「ごめんね……こんな遅い時間になっちゃって。私が勉強、苦手なばかりに」

「大丈夫です。普段は部活で夜遅いのは慣れっこなので」

「えっ! 音々ちゃん、部活やってるの?」

「……はい」

「何部なのか、聞いてもいい?」

「文芸部です」

「へー」


 初耳だった。てことは、部活無い今日に勉強会が開催できたのはラッキーだった、ということだろうか。

 そろそろ私も部活を始めたほうがいいのは分かっているが、和菓子屋の手伝いとかアズキの世話などで忙しかったりする。単純に面倒くささもあるのだが。


「叶も部活したらどうだ?」

「うう……どの部にも興味ありません、今のところ」

「オカルト研究部とかいいんじゃないか」

「何のオカルトを研究したらいいんですか」

「俺の」


 ――べしっ!


 京に平手打ちする。普通にムカついたのだ。


「いきなりなにすんだよ」

「研究するほど楪葉さんに興味ありません」

「俺は叶に興味あるんだがな」

「……」


 シラフでそんな恥ずかしくなるようなこというなら、もう一度平手打ちしたい気分である。


「――仲良くていいですね」


 そんな音々の言葉は過去にも聞いた気がする。彼女の目はどこか感傷に浸るかのようなそんな目をしていた。まるで、昔のパートナーを思い出しているかのような。


 話は部活の話から一気に誕生日プレゼントの話に飛躍ひやくした。


「楪葉さんの誕生日っていつなんですか」

「んー、25年前の…………0月0日?」

「そんな日付ありません! 元旦ってことでいいですね?」

「待て待て待て。お年玉あげてプレゼントあげる気ねえだろ」

「バレました?」


「そういう叶の誕生日はいつなんだよ。結婚指輪わたさねーと」

「音々ちゃん。このあやかし、結婚指輪とか言ってるよ? どう思う? 早くない?」

「あやかしと人間は結婚できません。結婚すると結婚した人間は人間じゃなくなってしまいます。それを変異といいます」

「だそうです」


「えええぇー!?」


「驚きすぎです。あなた、本当は知っていたんでしょう?」

「知ってた上での冗談だ」


 いじわるなあやかし。ドキドキさせておいて、責任取らないなんて。でも――もし、私が京と結婚したくなったら、どうなるんだろう。そんなこと、天と地がひっくり返ってもありえないはずなのに。でもそんな日が近いうちに訪れるような、そんな予感がした。


 ――人間じゃなくなってもいいから、京と結婚したい。


 そんなこと、私が言うはずないじゃん。ありえない。


「藤白ってたまにこくなこと、言うよな。冗談を正論で返してばかりいると、嫌われるぞ」

「そ、そうですね……以後、気をつけます」


 素直な音々の返事に京は鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。きっとこういう素直な子に慣れていないのだろう。なんて返せばいいのか、分からないのか黙ってしまった。


「――で、叶の誕生日はいつなんだ?」

「3月30日です」

「3月30日……!」


 すると、彼女は目をうるませた。誕生日を言っただけなのに、この動揺。絶対、なにかある。


「3月30日――。確か《《あの人》》がいなくなった日も3月30日でした……」

「あの人?」

「……私のパートナーのあやかしです」

「「……!」」


 私と京は目を大きく見開く。



 ***


 4年前の3月30日。あのあやかしは私の前から《《消えた》》。私が小学六年生だった頃のこと。


 玄関先で一言告げた後、もう二度と私の家には帰ってくることはなかった。


 異変は思えば、もっと前から起きていたのかもしれない。もっと早く気づいていれば……。あのあやかしは私から離れてはいかなかったのかもしれない。


 私に憑いていたあやかし――狼火ろうひ。狼のあやかしで優しかった。少し長めの銀髪はとても綺麗で……。穏やかな口調と声はいつ何時なんどきも私の心をほぐしてくれた。


 気づいた時には狼火は家族の一員だった。


 そんな彼が目を合わさなくなった。口数が少なくなった。自室に籠もるようになった。


 食事もらなくなって、一緒に食べてくれなくなった。


 笑顔も消えて、死んだ目をして。


 前はもっと笑ってくれていたのに……。なんで。どうして。


 ――私の脳内にとある可能性が浮かんだ。

 だから聞いた。


「狼火さんって病気なの? 死んじゃう病気なの?」

「病気……? わたくしが? 病気じゃありませんよ?」


 病気だったら私に包み隠さず言ってくれればいいのに。隠し事をされていることに心がどよめいた。そんなに信用されていないのだろうか。六年間も一緒に《《いた》》のに。


「じゃあどうして笑ってくれないの。どうしてそんな深刻そうな顔をするの。私の知ってる狼火さんはあなたじゃない」

「ごめんね、音々……」

「え――」


「――私は狼火さんが好きです。これからもずっと一緒にいてくれるよね?」

「私も音々が好きだよ。この世で一番……」


『好き』という言葉には応えてくれたけれど、のちに続く言葉はスルーされた。それがどういう意味を持つか、考えたくもなかった。


 不意にギュッと抱きしめられる。全身で感じるぬくもり。このぬくもりを味わえるのはあとわずか。――いや、もう《《二度と》》無い。


「ろ、狼火、さん……?」


 彼がこうしてスキンシップをみずからしてくるのはこれが初めてだった。音々は小学生だから、「抱っこしてー」とか「頭なでなでしてー」とか「手つないで」とか色々求めていたけど。大人の彼はそんな甘えは一切見せなかった。



「音々」

「え――?」

「――音々には普通の女の子として普通に生きてほしいから」


 それがどうしたのだろうか。狼火がいたら、普通に暮らせないのだろうか。そんなことない。私はいつも普通の女の子だった。


 でも彼からは、面倒事に音々を巻き込みたくない、近づかないでほしい、いや――近づくな、そんな気持ちが伝わってきた。悲しくも無惨むざんに。


「いかないで」


 私は狼火のシャツの袖を引っ張る。でも――。むなしく振り払われた。


 あやかしと人の《《お別れ》》はいつか来る。数百年生き続けるあやかしともって百年しか生きられない人間。そりゃあ、いつか必ず会えなくなるだろう。

 でも私達のケースは違った。寿命をまっとうしてのお別れじゃなかった。だから、悲しかった。


 彼の色々な顔が頭に浮かぶ。

 笑った顔、困った顔、驚いた顔。彼はそこまで表情豊かな方ではないから、それくらいしか見せてくれなかったけど。


 彼の声も脳内で再生される。もう聴けなくなった声。


 思い出もたくさん。


 春は入学式の日に両親と一緒に保護者席に参列してくれた。私だけが三人親がいるように視えて可笑おかしかった。

 夏は狼火と二人で花火大会に行った。「小学生ひとりで花火大会は危ないでしょ!」という母親の声を無視して、玄関飛び出したっけ。彼は大きな音にも光にも慣れているのか終始表情変えなくて。でも感動はしていて。一方、大きな音に慣れていなくて、怖がっていた私に「大丈夫だよ」と声をかけて耳をふさいでくれた。

 最初は怖かったけど、すごい花火は綺麗だった。一緒に食べたりんご飴は美味しかった。今でも写真が残っている。

 秋は運動会と文化祭にまたもや保護者として来てくれた。一緒にお弁当食べてくれたし、運動会では誰よりも私を応援してくれた。だから、1位になれた。文化祭も二人で色々な物を買った。

 冬はスキーに行った。リフト乗ってる時に他愛のないお喋りをした。あやかしは――というか狼火はそこまでスキーが得意なわけではないらしく、上手さは対して私と変わらなかった。なのに、ドヤ顔するからそこでまた笑いが生まれた。


 四季をいろどってくれたのは間違いなく彼なのに、その彼はもういない。これから生きていく年は色が無いんだろうな。くすんで、楽しくなくて、笑顔もない。


 私はこれからどうやってあの人のいない未来を生きていけばいいんだろう。どうやって……。普通の女の子として……普通に…………。わからないよ。

 私はあのあやかしが――狼火が……いないと生きていけないのに。

 普通の女の子にならなくていいから、あなたとこれからも生きていたかった。


 叶わない願い。そんなの沢山ある。分かってる。分かってるけど……。


 我慢できなくなって、私は夜近いのに彼を探しに行った。見つからなかった。警察にも補導された。それから警察に保護されて、家に帰されて。でもまた家を出て。親に怒られた。その日は母親と一緒に寝ることになった。


 翌朝、家のどこを探してもやっぱり狼火はいなくて、大泣きした。声を上げて、泣き叫んだ。


 時が経つにつれて、狼火がいた頃の記憶は風化ふうかしていった。そして、表面上は笑ってて、中身は笑ってない私が作られていった。『彼氏は作らない』という変な意地も張るようになって。だって、あの人が好きだったから――。いや、今も変わらず好きだから。



 ――そんな話をかんけーない叶先輩と楪葉さんに話した。そしたら、思いの外真面目に聞いてくれて。興味を持ってくれて。嬉しかった。


 でも……のちの楪葉さんのセリフは聞きたくなかった。



 ***


 ――ガタンゴトン。ガタンゴトン。


 電車が来た。

 三人で電車に乗る。


「――それはつらかったね……音々ちゃん」

「はい。でももう大丈夫です。こんなつたない話を聞いてくれてありがとうございます」

「ううん。こちらこそ話してくれてありがとね。思い出すだけでつらい話なのに」


 音々はうつむく。


 私は京なら何か事情を知っているんじゃないか、と思って彼に問うてみた。


「楪葉さん。狼火さんがいなくなった原因って何が考えられますか?」

「あやかしの無差別殺戮むさべつさつりくだろうな。あの頃、流行ってたんだ。まあ藤白に憑いてたあやかしが巻き込まれたかはまだ分からんが」

「「……」」

「恐らく自分が殺されるのが分かってて、藤白を巻き込みたくないか――」

「楪葉さん」


 私は京の腕を強く掴んで、彼を真剣な眼差しで見据えた。音々がいる前でここまで言う必要はないだろう。


「悪い。言い過ぎた。その狼火っていうあやかしが死んだとは限らない」

「…………」


 音々は驚くほど無表情で《《死んだ》》目をしていた。もうこの話をしたくない、といった様子だった。


 その後は終始無言。

 まもなく私たちの降りる駅に着く、といった所で。


「藤白。君は気をつけたほうがいい」

「へっ!?」


 音々が頓狂とんきょうな声を漏らす。


契約者パートナーが不在の視える者は狙われやすい。悪いあやかしにも良いあやかしにも」


 ――電車が閉まる。

 最後に見た音々の表情は目を大きく見開き、驚いた顔をしていた。


 どうしてこんなにも京というあやかしは意地悪なんだろう。誰もがツッコみたくなるセリフを最後に言うなんて。

 でもこれも彼なりの意図があった。

 気になることを最後に言うことで、意識をそっちに逸らせ、考えたくない別のことを忘れさせる為なら――京は案外優しいのかもしれない。


「音々ちゃんの話、切なかったですね……」

「別れとはそういうものだ」


 サバサバし過ぎている京とはやはり噛み合わない。


「楪葉さんは……いなくなったり、しませんよね?」

「俺がいなくなると思うか? 幽霊になってでも叶に取り憑くぞ。夜、鏡みたら背後に映ってるかもな」


 幽霊とあやかしって何が違うんだろう……?


「怖いです」


「――それより、最後の音々ちゃんが狙われる、とかいう話どういう意味だったんですか」

「お守りを買いに行こう」

「話が噛み合わないにも程があります! 会話が省略されすぎです!」

「んー、藤白のパートナーになりたいあやかしが沢山いるんだよ」

「音々ちゃんがモテモテということですか?」

「まあ視える者はあやかしにモテる。で、あやかしの良し悪しに関わらず、色んな者が寄ってくる。俺らはそういう奴から藤白を守らねーとな」

「それでお守りを……」

「そうだ」

「あ! イヤですよ。この前みたいに楪葉さんと二人きりでデートなんて」


「察しがいいな」と京は鼻を鳴らす。


「じゃあ藤白も誘うか?」

「それはイヤです」

「叶はどうしたいんだよ」


「――楪葉さんと今度の週末、神社に行きたいです」

「最初からそう言えよ。まったく」


 頭に手が置かれる。京の細い指はひんやりしていた。


「猫耳なんて生えてませんよ?」

「生えてなくてもいいんだ。《《叶の頭だから》》撫でたくなるんだ」

「楪葉さんってやっぱおかしいですね。猫派じゃなくて、桜戸叶派になったんですか?」

「ひょっとしたら今度は神社に神様いるかもな」

「会話を省略しないで下さい。話の脈略が無さすぎて、あまりにも不自然です」


 もしかしたら、京は猫よりも私のことが好きになったのかもしれない。


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