弁護士先生お見送り後、女子トーク後に薬品会社社長がふらりとワンセット来る。値引きした分やなとピンとくる博子。挨拶がてらワンタイムで帰る社長
さっきまで先生と、麻雀同伴や東京社長たちの話、女の子にちょっかいをかけられた一件まで含めて、
かなり濃い時間を過ごしていた。
そこから少し待機スペースで女の子たちと話して、ようやく一息ついたところで、
今度は薬品会社の社長が来ているという話になる。
「お、今か」
博子は、少しだけ背筋を伸ばす。
疲れてはいる。
でも、弁護士先生とかぶらなかったのは大きい。
こういう常連同士が変に重なると、お互いに余計な気を遣うことになる。
だから、今このタイミングで来てくれたのは、かなり助かった。
席に向かうと、薬品会社の社長が軽く手を挙げる。
「博子ちゃん、大丈夫やった? タイミング的に」
博子は笑って返す。
「ちょうど今、いつも来てくださる個別のお客様が帰られたので、タイミング的には
めっちゃ良かったですよ」
「いやー、良かった。かぶらんで」
社長は少し安心したように言う。
「かぶったら、かぶった分だけな、こっちもなんかストレス抱えなあかんから」
「いやもう、そうやったら先言っといてください。時間押さえるんで」
「もうどっちがお客さんかわからへんな」
その一言で、二人でひと笑いする。
席につき、軽く水割りを作りながら、社長は博子を見る。
「それにしても、博子ちゃんは営業上手やわ」
「なんのことですか」
博子は首を傾げる。
「私、値引いただけですよ」
「いや、その“値引いた分は遊びに来てください”って言われたら、こっちとしてはさ」
社長は笑いながら続ける。
「座組とか色々感謝してるから出したかったのを、こう、まあ言うたら引いてくれてる。
その感じにやっぱ好感持てるわけよ」
「そんな大したこと考えてないですよ」
「いやいや。だから、ワンセットでもいいから、とりあえず卓埋めに来ようかなと思って」
「それはめちゃくちゃありがたいです」
博子は素直に頭を下げる。
この社長は、派手に騒ぐというより、こちらがどう動いているかをちゃんと見てくれる人である。
それだけに、こういう一言がありがたい。
「なかなかこうやって、ふらっと来ることもなかったからな」
「この前の座組も良かったから、またやってほしいなっていうのはすごい思うし」
「ありがとうございます」
「今度の酒蔵、めっちゃ楽しみにしてんねん」
「酒蔵、任せてください。まず外さないんで」
博子がそう言うと、社長は少し笑う。
「それは、他の座組でも回ってるからか?」
「正直に言えば、社長方は後発組なのでですね」
「後発組」
「はい。なので、ある程度のところまでは、うまく回せる自信はあります」
「なるほどな」
「ただ、個別になったりとか、女性陣との関係性とか、私たちの玉のなさとか、その辺から
不安になってくるのは、あと二回ぐらいしてからですね」
「いやいや、そうでもなんやかんや回してんねやろ」
「もうね、玉ない玉ないって言いまくってるんですよ」
博子は少し疲れた顔で笑う。
「それでなんとか形にして回してる感じです」
「まあ、それがすごいんやけどな」
「私自身も、お客さんがちゃんといた時期がここ最近なので、これをどうやって
一年回してやろうかなって、頭悩ませまくってますわ」
社長は、その話を聞いて少し真面目に頷く。
「それはまあまあ、産みの苦しみみたいなのがあるからな」
「でも、その流れが一回できたら強いで」
「そうですかね」
「強いよ」
社長はグラスを持ちながら言う。
「俺らもそうやって強くなっていく博子ちゃんたちと遊びたいし」
「やっぱりこの業界、続くっていうのがマジむずいからさ」
「それは本当にそう思います」
「えてして、すぐシャンパン煽り大会とか、バースデーイベントとかになりがちやけども」
「それはあんまりしてほしくないっていうのが本音かな」
博子は、少しだけ苦笑いする。
「私もそれをしたくないと思ってるんですけど、いつ言われるかビクビクしてるんです」
「言われるやろ、そのうち」
「怖いこと言わんといてください」
「でも、どうするん?」
「もう最悪、言われたら、常連さんたちだけでオーパスワン開けて、本当にオフ会みたいに
静かにやりたいんですけどね」
社長は、その案に少し目を細める。
「確かに、それも静かにやるのはありかもしれんな」
「乗らんといてください」
「いや、そんな乗ってくる人いるんちゃうんか」
「言わんといてください。乗ってくる人いそうやから怖いんです」
二人で笑う。
「でも、積み上げられると、それだけ返すものも考えなきゃいけないでしょ」
「そうなんです」
博子は、少し大げさにため息をつく。
「だから私も、特攻隊みたいな女の子を仕込んで、私の代わりに行ってもらうとかしないと
いけないじゃないですか」
「もうどこまで考えてんねん」
社長が吹き出す。
「いや、でも真面目な話です」
「真面目な話で特攻隊って言うな」
「でも、私一人では全部無理ですから」
「まあ、それはそうやな」
そんなふうに、バースデーイベントの話から、高級ワインの静かな会、さらに代理で動ける女の子を
育てる話まで、妙な方向へ広がっていく。
一見ふざけているようで、実はかなり現実的な話でもある。
座組が増えるということは、博子一人の限界も近づくということである。
その限界をどう越えるか。
その話が、自然と出てくるようになっていた。
ワンセットは、そんな感じでひとしきり盛り上がるのでございました。
やがて社長は、グラスを置いて言う。
「まあ、とりあえず今日は顔出したし」
「ありがとうございます」
「本当に、ちょこちょこ顔ぐらいは出せるから、その辺は言うて」
「めちゃくちゃ助かります」
「で、とりあえず来月の分は楽しみにしてるから」
「酒蔵、ちゃんと整えておきます」
「頼むわ」
そう言って、薬品会社の社長は本当にワンセットだけで、さっさと帰っていくのでございました。
長居はしない。
でも顔を出す。
店に席を作る。
博子の言葉にちゃんと応える。
そういうところが、ありがたい。
社長を見送ったあと、博子は少しだけ息を吐く。
弁護士先生のあとに、薬品会社の社長。
月曜日から濃い。
けれど、今日の流れは悪くない。
個別の常連も大事にして、座組の社長も顔を出してくれた。
それぞれが少しずつ、博子の周りで回り始めている。
「今日はもう帰ろうかな」
博子はそう思いながら、待機スペースの方へ戻る。
頭は相変わらずパンパンやけれど、心の方は少しだけ満たされている。
玉はない。
本当にない。
でも、こうやって来てくれる人たちがいる限り、また何かをひねり出さなあかんのやろうな。
そう思いながら、博子は帰る準備を始めるのだった。




