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九月三週目月曜日。弁護士先生との同伴。情報量が多すぎてパンク寸前の博子に弁護士先生が優しい言葉をかける

九月三週目の月曜日。

博子にとって月曜日は、弁護士先生との同伴の日やった。

このところ、週の区切りというよりも、もう次から次へと座組や外遊びやお手当の調整が続いていて、

曜日の感覚も少し曖昧になっている。

土曜日は東京イキリ社長たちを受け入れて、天満の芋焼酎スタンド。

日曜日は大阪駅近くの個室焼肉。

その前には税理士先生達との麻雀同伴もあり、薬品会社の社長たちの座組もあり、

おじいちゃんも回っている。

一個一個はうまくいっている。

でも、うまくいっているからこそ、次の予定、次の玉、次の調整が増えていく。

「今週、何喋ろうかな……」

博子は、昼過ぎまで少しごろごろしながら考える。

弁護士先生は、毎週博子の近況を聞くのを楽しみにしてくれている。

その期待には応えたい。

でも、こっちの頭の中はもう結構ぐちゃぐちゃである。

今日の同伴は、あんまり派手な店にする気分ではなかった。

京都でもない。焼肉でもない。酒蔵でもない。

なんか、ちゃんと座れて、ちゃんと喋れて、優しい味のものがあるところがいい。

「茄子の煮浸しと、出しまきが美味しいところでええか」

博子は、ザックバランにそう決める。

気合いを入れすぎる日ではない。

むしろ、今の自分にはそれぐらいがちょうどいい。

弁護士先生なら、店の派手さよりも、博子が話せる状態であることの方を喜んでくれる気もする。

予約だけ軽く入れて、博子はまた少しごろごろする。

身体を休めながら、頭の中ではここ数日の流れをもう一度並べる。

麻雀同伴。

総当たり戦。

薬品会社の社長たち。

東京イギリス社長の個別来阪の話。

三人に各二十のお手当。

自分への上乗せを七万に調整したこと。

北山は来月に回したこと。

大阪で別の店を回ってもらう提案。

「多いな……」

自分で考えて、自分で少し笑う。

多い。あまりにも多い。

でも、これを回しているから今がある。

売れなかった時期を思えば、ありがたいことではある。

ただ、ありがたいことと疲れないことは別や。

一方の弁護士先生は、夕方が近づくにつれて、少しだけ気持ちが浮き立っていた。

月曜日は本来、仕事の始まりで、気が重くなる曜日である。

けれど、博子との同伴がある月曜日だけは少し違う。

「今週は何があったんやろうな」

そう考えながら、少し急き気味に仕事を片づける。

弁護士先生にとって、博子の話はただの夜職の近況報告ではない。

士業や社長やおじいちゃんや後輩キャストや黒服が出てくる、妙に実務的で、

人間くさくて、どこか自分の仕事にも通じる話である。

それを聞くのが、もう一つの楽しみになっていた。

待ち合わせ場所で博子を見た時、先生は少し表情を緩めたあと、すぐに気づく。

「博子さん、ちょっと疲れてますね」

博子は、少しだけ笑って返す。

「わかります?」

「わかりますよ」

「いろいろ回してますからね」

「でしょうね」

先生は苦笑する。

「聞く前から、なんとなく情報量が多そうな顔してます」

「顔に出てますか」

「出てます」

そんなやり取りをしながら、二人は店へ向かう。

今日選んだのは、落ち着いていて、出しまきとなすの煮浸しが美味しい店。

派手さはないけど、静かに話すにはちょうどいい。

店に入ると、席に通される。

博子は少しだけ息を吐く。

照明は明るすぎず、騒がしすぎず、今日はこのくらいが本当にありがたい。

「とりあえず、乾杯しましょうか」

「そうですね」

二人でグラスを合わせる。

「お疲れさまです」

「先生もお疲れさまです」

軽く一口飲んだところで、弁護士先生が少し優しい口調で言う。

「いっぱい話聞きたいところですけど」

「無理せず、コツコツやってくださいな」

その言葉に、博子は少しだけ肩の力が抜ける。

「そうなんですけどね」

「うん」

「頭の中はもうパンク寸前ですよ」

先生は、少し笑いながらも真面目に頷く。

「それはそうでしょうね」

「座組が増えて、外遊びが増えて、お手当の調整があって、店の顔も立てなあかんくて」

「女の子たちにも気を遣うし、お客さんにも気を遣うし」

「で、玉はない」

「最後だけ急に悲しいですね」

博子は少しすぼむように笑う。

「ほんまにないんです」

「でも、ないない言いながら、また何か出してるんでしょう」

「それを言われるとしんどいです」

先生は、出てきたなすの煮浸しを見ながら、少しだけ柔らかく言う。

「でも、今日は全部を整理しようとしなくてもいいんじゃないですか」

「うん?」

「とりあえず、あったことを順番に話してくれたらいいです」

「順番に?」

「僕が勝手に聞きますから」

その言葉に、博子はちょっとだけ救われる。

話を完璧にまとめなくてもいい。

今日の弁護士先生は、聞く気で来てくれている。

それだけで、少し呼吸がしやすくなる。

「じゃあ、どこから話しましょうかね」

博子は、出しまきを一口食べながら考える。

「麻雀同伴からいきます?」

「それ、かなり気になります」

「ですよね」

「麻雀同伴って、言葉からしておかしいですもん」

「おかしいんですよ」

そう言って、博子は少しだけ笑う。

パンク寸前の頭のまま、

それでも弁護士先生と向かい合って、

少しずつ話をほどいていく。

そんな、九月三週目の月曜日の同伴の始まりだった。

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