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店内にセット目。博子が現在のキャバクラ業界の鳥観図について語る。奨学金肩代わりの費用対効果の資料を提案する。

一セット目の空気がほどよく温まったところで、ヒロコは少し姿勢を直した。

イキり社長も、酒が入って気分はだいぶほぐれている。

銀座の愚痴を吐いて、京都で酒を飲んで、店でやっと「こっちやな」という感覚を

取り戻してきた頃合いやった。

そこで博子が、少し真面目なトーンで言う。

「ま、今のキャバ嬢界隈ってですね。」

「うん。」

「めちゃめちゃ売れてる子と、全然売れへん子の差が激しいっていう感じになってるんですよ。」

社長が、そこで少し眉を上げる。

「そんなにか。」

「そんなにです。」

博子は、グラスを指で軽く回しながら続けた。

「ブームの時は、全体的に売れてたんかもしれんのです。だから最悪、可愛ければキャバクラ行って、

とりあえずちやほやしてもらって、金を楽に稼ぐ、みたいな空気もあったんですよ。」

「へえ。」

「でも、コロナを経てから。」

博子は、そこで少しだけ肩をすくめた。

「男の人たちが遊びに行かない。経費切らない。で、もう完璧にキャバクラ離れが来てるんです。」

社長が、そこで「ああ」と納得した顔になる。

たしかに、自分らもコロナ以降、遊び方が変わったところはある。

無駄に金を使うというより、「なんでそれに金払うのか」の説明を欲しがるようになっている。

博子は、その流れを見ながら続ける。

「で、安いコンカフェと、ガールズバーに流れてるっていう状況やから。キャバクラの

同伴一つ取るのも大変っていう女の子は、結構います。」

「なるほどな。」

「だから、その辺を拾いに行くっていう遊び方をするのも一つですけども。

言うたら、有名な女の子とか、可愛い女の子にいろいろしてもらいたい、ってなってくると、

やっぱりシャンパンの殴り合いの世界になってくるんです。」

イキリ社長が、その表現に苦笑いする。

「まさにそれを見てきたわ。」

「でしょう。」

「もう先に開けてくれやったからな。」

博子は、少しだけ鼻で笑う。

「そういうことです。」

それから、少し声を落として言う。

「で、その間、とまでは言いませんけども。そのヒエラルキーと違うところに、

私は一応立ち位置置いているんですと。」

「置いている。」

「はい。だから、“いろんな気づきがあればいいな”とか、“酒だけじゃなくて記憶に残るものを置こう”

とか、そういうところに振ってるんです。」

社長は、そこで少し静かになる。

博子が自分で自分の立ち位置をそう言い切るのが、やっぱりおもしろい。

ただの謙遜ではない。

ちゃんと自分のポジションを把握している人間の言い方や。

「で。」

博子は、そのまま続ける。

「大阪でそんなにバカバカ刺さってるわけじゃないけど、東京の社長層に

はめちゃ刺さるっていうのが、言うたらもう証明されてて。」

「うん。」

「今、東京は社長さんとは別に、もうちょっと若手の社長さん層と、言うたら二組を回してて。

で、大阪は、税理士先生がゴルフ接待の延長戦みたいな形で、座組回すっていうのを、

この三つ回してるんですよ。」

「三つも。」

「そう。」

「でも、丁寧にやってるから、これ以上増やせない状態で、って感じです。」

社長が、その話を聞いて少しだけ感心したような顔になる。

もう完全に、ただのキャバ嬢の話ではない。

営業でもあり、接客でもあり、コンサルでもあり、プロデュースでもある。

その混ざり方が、やっぱり独特やった。

博子は、そこで「ちょっと待ってくださいね」と言って席を立つ。

社長が「ん?」という顔をしている間に、博子はすぐ戻ってきた。

手には数枚の紙がある。

「何それ。」

「資料です。」

「お前、店で何出してくんねん。」

社長が笑う。

でも、博子は平然としている。

「これ。」

紙を社長の前に置きながら言う。

「東京三人組の社長に提案した、奨学金肩代わり制度の、費用対効果を表す紙です。」

社長が、一瞬黙る。

「……お前、キャバ嬢の枠超えて何してんねん。」

博子は、そこで肩をすくめた。

「そうなるんですけど。これ、社長さんに質問投げたやつの、具体的な数字を、この前、

東京の三人組の社長さんに提案させてもらったんです。」

「具体的な数字を。」

「はい。この前、会社の中でテンション上がってお茶会して話したら、

奨学金の肩代わりしてくれるの、すごいウェルカムな人たちが多かったらしいんですよ。」

イキり社長は、紙に視線を落とし始める。

博子の話を聞くだけの時とは、少し表情が違う。

これは、ただの雑談の延長やない。実際に会社の中で動き始めた話の痕跡や。

「で。」

博子は、その紙を指で軽く叩く。

「もろもろ調べて調べたら、利益がだいたい二千万ぐらい出るっていうのを、この前

社長もちょろっと言うてくれたじゃないですか。」

「うん。」

「あれの、具体の数字を出したの、見てください。」

社長は、そこで完全に目つきが変わった。

さっきまで“博子に会いに来た男”の顔やったのが、少し“経営者”の顔になる。

思わぬ拾い物をしてるかもしれん。

そんな目やった。

酒の席で、銀座の愚痴を吐いて、京都の酒を飲んで、店に戻ってきて。

その流れの中で、まさかこんな紙を差し出されるとは思っていなかった。

でも、それが今の博子や。

ただ楽しいだけでは終わらせない。

楽しませた上で、刺さる話を一枚、仕込んでくる。

社長は、その資料に目を通しながら、少しだけ口元をゆるめた。

これは、今日の土産になるかもしれん。そんな気配が、卓の上に静かに生まれていた。

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