木曜日、おじいちゃんと伏見酒蔵見学。おじいちゃん、博子と遊びに行けると朝からウッキウキ
木曜日。おじいちゃんとサンダーバードで伏見の酒蔵に行く日である。
待ち合わせ場所に現れたおじいちゃんは、もう見るからにウッキウキやった。
歩き方からして軽い。顔もゆるんでる。
博子は、その様子を見ただけでちょっと笑ってしまう。
「やっぱ博子とどっか出かけるってなると、テンション上がるなあ。」
おじいちゃんがそう言うと、博子はすぐに返す。
「そんなこと言うてるの、おじいちゃんと先生ぐらいですよ。」
おじいちゃんが、そこで少しだけ肩をすくめる。
「まあ、忙しいしな。」
「そう、忙しいんです。」
そんな軽口を叩きながら、二人で大阪駅でサンダーバードに乗り込む。
木曜の昼の空気はどこかやわらかくて、平日のはずやのに、今日はちょっとした
遠足みたいな感じがあった。
席について、電車が動き出して少ししたところで、おじいちゃんがふっと思い出したように言う。
「でも、悪いやつやな。」
「何がですか。」
「その酒蔵のやつを、東京のやつらと先に行ってるんやろう。」
博子は、そこでちょっと笑う。
「でもその分、ちゃんと積んでもらってますし。」
「ははは。」
「でも、なんか響くものがあるみたいですよ。」
「ほう。」
「昨日の夜中に電話かかってきましたからね。」
おじいちゃんが、そこで目を細める。
「またか。」
「またです。」
博子も笑いながら続ける。
「東京の、言うたら年齢差の上の社長の方から。
お手当てたくさん積んでくれたんで値引きしたって話したと思うんですけど。」
「うん。」
「その社長が、昨日、銀座で遊びに行ってて。私らの話をしたらしいんですよ。」
おじいちゃんは、その時点でもう顔が面白がっている。
「どうなった。」
「なんか、ケチくさいとか、貧乏くさいとか、散々な言われようやったらしくて。」
「はははは!」
おじいちゃんが、もう声を出して笑う。
「で、挙げ句の果てには、社長さん達、なんか面倒くさい客認定されて。」
「そらそうやろ。」
「で、へこんで夜中に電話かかってきて、今週土曜日、一人で遊びに来ることになったんですよ。」
そこまで聞いたところで、おじいちゃんはとうとう爆笑した。
肩を揺らして、しばらく笑いが止まらない。
「それは博子の接客を知ってしもうたからや!」
「そんな言い方やめてくださいよ。」
博子は、口ではそう言いながらも、自分でもちょっと笑っている。
「だって、あんた。」
おじいちゃんは、笑いを引きずりながら言う。
「札束で殴るヒエラルキーの中で、そんなもん求めたら、うまくいくわけないやろ。」
「そうなんですけどね。」
「一回博子の接客を味わったら終わりやで。」
「なんか私がほんま悪い女みたいな言うの、やめてください。」
「違う違う。」
「丁寧にしてるでしょうと。」
「そこや。ほんまに客目線の鏡や。」
おじいちゃんは、そう言ってから少し真顔になる。
「だから、いかに今のほんまに高級なところでやってるキャバクラが、胡坐かいてるかってことよ。」
博子は、その言い方に少し笑いながらも頷く。
「まあ、それはあるかもしれませんね。」
「だってな。」
「うん。」
「高いとこでやってるからって、キャバ嬢が何も考えんでええわけちゃうからな。」
博子は、窓の外をちらっと見てから、少し意地悪く返す。
「おじいちゃんもありちゃいます?」
「何がや。」
「この落差を見るために。なんか別のキャバクラグループで、一回様子
見に行った方がいいんちゃいます?」
その提案に、おじいちゃんは即答した。
「そんなん面倒くさいもん。」
博子が吹き出す。
「早。」
「結果わかってるのに、そんなん行くの面倒くさいやん。」
「まあ、たしかに。」
「そもそもな。」
おじいちゃんは、少し前のめりになって続けた。
「そんな店の女の子はな、酒蔵に連れてってくれへんわ。」
博子は、その一言にちょっとだけ黙ってから、声を立てて笑った。
「それはそう。」
「やろ。」
「そこがもう違うんですよ。」
「違う違う。」
二人で笑いながら、サンダーバードは京都へ向かっていく。
平日の昼間の電車の揺れは穏やかで、会話もなんとなくのびやかやった。
東京の社長が銀座でへこんで、博子に電話してきた話も、今こうしておじいちゃんと
笑い話にできるぐらいには、博子の中でももう消化されていた。
「しかしなあ。」
おじいちゃんが、笑いの余韻の中で言う。
「ほんま、博子もようやっとるわ。」
「何がですか。」
「外でそんなに丁寧にして。店の中でもちゃんと回して。そら、あっちの社長らも戻ってくるわ。」
博子は、その言葉に少しだけ照れくさそうにした。
「まあ、やりすぎたらしんどいですけどね。」
「やりすぎるなよ。」
「だから今日、おじいちゃん版の伏見なんです。」
「それがまた贅沢やな。」
「贅沢でしょ。」
そんなふうに喋っているうちに、京都に近づいてくる。
サンダーバードを降りて、そこから伏見へ。
藤岡酒造の酒蔵まで行く流れは、もう博子の中では何回も通した座組やった。
でも、今日は東京の社長たちのための動線ではない。
おじいちゃんのための、ちょっとやわらかい伏見や。
「今日はあれですよ。」
博子が、立ち上がりながら言う。
「おじいちゃん版やから、あんまり講義はしないです。」
「講義はいらん。」
「いらんですか。」
「いらん。うまい酒と、お前の顔見れたらそれでええ。」
「またそういうこと言う。」
「ほんまや。」
そう言って、二人は笑いながら電車を降りた。
木曜日の伏見は、土日の社長三人組の時よりも、少しだけゆっくり流れていた。
でも、そのぶん心地よくて、博子もなんとなく肩の力を抜いたまま、藤岡酒造の方へ歩いていった。




