東京イキリ社長が博子に弱気の電話。銀座で遊んで博子と遊んだ話したらめんどくさい客認定されたwww博子は980円でプレミア日本酒飲める京都の店を教えるという悪魔のささやきをする
おじいちゃんを見送りしてから、ヒロコは店の外気を少し吸って、
さて今日はもうどうしようかなと考えていた。
明日の朝は早い。中華から始まって、お店でも二セットきっちり話して、内容としては十分やった。
だから、最後のワンセットは早めに切り上げて帰ろうかな、という気持ちになっていたところである。
そんなタイミングで、スマホが震えた。画面を見ると、東京のイキリ社長やった。
「ん?」
博子は、少し首をかしげながらメッセージを見る。すると、短くこう入っている。
「ちょっと話聞いてほしいんやけど。」
そのまま少しして、今度は電話がかかってきた。博子は、思わず笑いながら取る。
「もしもし。どうしたんですか、急に。」
向こうは、いつもの勢いが少し削がれたような声で言った。
「いや、ちょっと話聞いてほしいんやけど。今週土曜日、もし空いてたら話聞いてくれへん?」
博子は、その言い方にすぐ何かあったなと察する。
だから、少しやわらかく返す。
「どうしたんですか。そんな改まって。」
すると、イキリ社長は、小さく息を吐いてから喋り出した。
「いやな。博子ちゃんたちに、お手当て渡した時に言うてくれたやんか。
“銀座とか六本木で飲みに行ってください”って。」
「はいはい。」
「で、今日、俺ら三人で飲みに行ってん。」
そこまで聞いて、博子はすでにちょっと笑いそうになる。でも、まだ黙って続きを聞く。
「ほんでな。博子ちゃんたちの話をするとか、その前に、まず“酒開けてくれませんかね?”
みたいな話になって。」
「うわ。」
博子は、思わず声が漏れる。
「それがまず一つショックやったんよ。」
「まあ、そうなりますよね。」
「で、博子ちゃんたちの話したら、“なんでそこまでせなあかんねん”みたいな話になって。」
博子は、もう半分答えが見えている顔で、でもあえて相槌だけ打つ。
「うんうん。」
「いやいや、でも、なんかすごい考えてくれて、いろいろやってくれてんのが楽しいねん、
って話をしたら、“いや、そんなん面倒くさいし”みたいな感じになって。」
その瞬間、博子はとうとうゲラゲラ笑ってしまった。
「でしょ?」
「いや、笑い事ちゃうねん!」
向こうも少し笑いながら、でも本気でへこんでる感じがある。
「で、言うたらママもさ、慌てて入ってきてさ。“いやでも社長さんたちが可愛がってくれたら、
なんか外行って遊んだりとかしてくれるかもしれませんよ”って。」
博子は、そこでさらに笑いながら言う。
「そこちゃうんですよね。」
「そうやねん!そこちゃうねん!別にワンナイト求めてないし、ゴルフの接待で来てくれって
言ってる話でもないのに、なんかまたずれてんなって思って。」
「そうですよ。そこのズレが、私がいつも言ってるところですもん。」
イキリ社長は、ちょっと勢いが戻ってきたみたいに続ける。
「で、最終的に別に、そんなんじゃなくて家庭料理でもなんでもええねんって。酒の話とかも
あったからな、博子ちゃんの。」
「はい。」
「ほな、“そんなんダサいし面倒くさいし、他の社長さんたちはもっとキラキラしたところに
連れてってくれるからそっちがいい”ってなって。」
「ほらー。」
博子は、もう笑いをこらえきれない。
「俺さ。」
イキリ社長が、そこで少しだけ声を落とす。
「今まで飲んでた中で、こう言うたら、一回博子ちゃんらに当てられて。その話しただけで、
なんかすげえ面倒くさい客になってもうたな、みたいな感じになってんと。」
「それはなりますよ。」
「それが嫌で、もう銀座には行かへんかなって思って。」
博子は、そこでとうとう声を立てて笑った。
「でしょ?いかに銀座がブランドで食ってるかって話でしょ?そんな私から
したらありえないですもん。」
「やろ?」
「何が“酒積んで来てくれませんか”なんですか。こっちは客やぞって話じゃないですか、
社長さんたちは。」
イキリ社長が、電話の向こうで「そうやねん」と何度も頷いているのがわかる。
「そんなん、私んとこ来てくれたらちゃんと組みますし。」
「やんな。」
「ていうかね。」
博子は、そこで少し声を弾ませた。
「京都で、めちゃめちゃ安い十四代とかの飲み比べセット九百八十円っていうのがあるんですけども。」
「え。」
向こうの声が変わる。
「そんなんあんの?」
「あるんです。」
「いや、またそういうこと言う。」
「ほんまですって。」
「十四代が?」
「十四代とか、新政とか、而今とか、その辺が入ってもおかしくない店です。」
向こうが、そこで少し黙ってから、しみじみ言う。
「……ヒロコちゃんは本当にいいな。」
博子は、少し笑いながら返す。
「でしょ?」
「それ、行こう。」
「行きます?」
「行く。」
「ほな、そこ一回組みましょうか。」
「うん。もうそっちの方がええわ。」
「銀座でへこんだあとに行く京都の酒屋、だいぶ効きますよ。」
「それな。」
二人で笑う。さっきまでの“話聞いてほしい”の重さが、だいぶ抜けていた。
結局この社長は、へこみながらも、また博子のところに戻ってきている。
それが少し可笑しくて、博子は電話口で肩を揺らした。
「じゃあ、土曜どうするかは、またちゃんと調整しましょう。」
「うん。」
「軽い感じで来てくれるなら、全然拾いますよ。」
「ありがとう。」
「いやいや。むしろ、そうやって銀座に当てられて帰ってきてくれる方が、
私としてはありがたいです。」
「なんやそれ。」
「比較対象があると、私の良さが際立つから。」
イキリ社長が、そこでようやくいつもの調子で笑った。
「それ、みんなにも言うてたやろ。」
「言ってます。」
「ブレへんな。」
「ブレないです。」
そうして、電話はかなり軽い空気で締まっていった。
最初はへこんでいたイキリ社長も、最後にはすっかり「次、どこ行く?」のモードに戻っている。
博子は電話を切ってから、スマホを見ながら小さく笑った。
やっぱり、一回ちゃんと当てられると、戻ってくる。
銀座のブランドで遊んでいた人でも、そこに“考えてくれる感じ”がないと物足りなくなる。
それが、今の博子には少し面白かった。
そして、土曜日の予定をどう組むか、またひとつ考えることが増えたなと思いながら、
今度こそ帰る支度を始めた。




