水曜日、おじいちゃんとは穏やかに2セット飲み帰宅。フリーで一息ついていると会計士先生が久々にくる
水曜日。
おじいちゃんが二セットで気持ちよく帰ってから、博子はそのまましばらくフリーの卓に
つくことになった。今日はもうこのまま流して終わりかな、というような、
少し力の抜けた時間である。おじいちゃんとの同伴は、相変わらず濃いけれども、
変に疲れる濃さではない。鯛飯屋でご機嫌にやって、伏見の話をして、次は火曜か木曜にでも
案内したいですね、なんて種まで置いて帰した後やから、博子としても、
なんとなく一山越えた感がある。
で、そのまま一時間ほど、フリーのお卓についていたところで、黒服さんがひょいと顔を出した。
「博子さん、会計士の先生来てます。」
「あ、ほんまですか。」
久しぶりやな、と思う。
会計士の先生は、派手に来るタイプではない。
でも、ふっとした時に来てくれて、ちゃんと丁寧に喋って帰る。
そういうお客さんやった。
だから博子も、ちょっと姿勢を整えて卓に向かう。
「先生、久しぶりですね。」
先生も、少し照れたように笑った。
「いやあ、ほんまに久しぶりですね。」
「元気してました?」
「元気は元気です。博子さんの方が、なんかえらい忙しそうやなと思って。」
そう言いながら、会計士の先生は腰を下ろす。
今日はもう、近況報告みたいな感じで一セットだけおるつもりなんやろうな、という空気がある。
博子もそのへんを察して、最初からあまり重くならんように話を開く。
「いや、忙しいっていうか、なんか最近ちょっと座組み回し始めてしまって。」
「座組み。」
「そう。東京の人らが来たり、大阪の先生が集団で来たりで、女の子三人で回すこと増えたんですよ。」
先生が、そこで面白そうに少し身を乗り出した。
「そんな感じなんや。」
「そうなんです。だから、同伴まだ行きたいなと思ってる人がいても、
実は月水固定の人がいたりして。」
「なるほど。」
「で、土日は東京の枠が埋まってることが多いんです。
金曜日が行けそうなんですけど、金曜も今、税理士先生の座組み回してる関係で打ち合わせと、
その座組みを回すので、四週のうち二週ぐらいはたぶんそれに取られるんです。」
会計士の先生は、そこで素直に感心したように言った。
「博子さん、人気ですね。」
博子は、少しだけ申し訳なさそうに笑う。
「いや、別に人気であるつもりもないんですけど。なんか、座組み回し始めてから、
特定のファンの方との関係性を丁寧にやろうと思ったら、こんな感じになりました。」
その言い方は、自慢でもなんでもない。
実際、埋まってるのは埋まってるけど、その分、自分の自由時間は削られてるし、
ひとつひとつの期待値も上がってる。
だから、単純に「忙しくて儲かってます」みたいな話ではないのや。
会計士の先生は、そのへんをちゃんと汲んでくれる。
「いやでも、空いたらまた言ってください。僕、そこ入りますから。」
博子は、それを聞いてちょっと笑った。
「先生は気楽なんでいいですよ、もちろん。」
「いや、でも本当に金曜日なんですよね。」
「そうなんですよ。金曜日がいちばん動きやすいんですけど、今そこがちょっと埋まり気味で。」
「なるほどなあ。」
「でもあれですよ。
同伴の後の時間って、基本的に“空いてる”って言ったらあれですけど、私、フリーで暇してる
時間も多いんで。こうやって来てくれる先生も、普通に嬉しいですよ。」
それはほんまやった。同伴や座組みが増えても、全部の時間が全部埋まるわけではない。
むしろ、店の中でふっと空く時間に、こうやって気を使わず喋れる人が来てくれる方が、
心のバランスはいい。
先生も、それを聞いて柔らかく笑う。
「じゃあ、それはそれで遊ばせてもらって。また、なんだ、外でお茶でもしてくれたら嬉しいです。」
「全然いいですよ。」
「ほんまに?」
「もちろん。
ただ、休みの日は結構めり込み始めてるところがあって。
なかなかここの順番待ちなんで、申し訳ないですけど。」
会計士の先生は、そこで首を振った。
「いや、僕、暇なんで大丈夫です。」
「暇って。」
「いや、ほんまに。それに、やっぱり博子さん、他のキャバ嬢と違うんで。」
博子は、その言い方に少しだけ眉を上げる。
「何がですか。」
「待てるんですよね。」
先生は、そこで少し言葉を探す。
「普通、間が空いたら、“ああ、次ないかな”ってなるんですけど。博子さんは、
外で遊ぶとか遊ばないとかより、こうやってたまに会って喋るだけでも、
なんか意味ある感じするんです。」
博子は、それを聞いて少し黙った。
会計士の先生は派手じゃない。ガツガツ来ないし、無茶も言わない。
でも、そのぶん、こういう言葉が妙に沁みる。
「……ありがとうございます。」
「だから、待てます。」
「それ言うてくれるの、嬉しいですね。」
「ほんまに。無理して枠空けてほしいとかじゃないです。
ただ、空いた時に“そういや先生いたな”って思い出してもらえたら、それで入りますから。」
博子は、その言い方にちょっと救われる。
最近、座組みがどうこう、東京がどうこう、税理士先生がどうこう、そんな話ばっかりやった。
それはそれで面白いし、売上にもなる。
でも、その一方で、こういう「焦らず、でも切れず」に来てくれる人の存在は、
たぶん想像以上にありがたい。
「じゃあ、先生は待機列の前の方に置いときます。」
「前の方。」
「前の方です。」
先生は、そこでやっと少し大きく笑った。
「それなら安心しました。」
そうやって、一セット、二セット。
派手な事件は何もない。けれど、こういう夜があるから、博子も極端に尖りすぎずに済む。
会計士の先生は、最後まで変に気を遣わせることもなく、でもちゃんと“また入りますよ”という空気を残して帰っていった。
博子はその背中を見送りながら、なんとなく思う。
座組みを回して、東京を回して、大阪の先生組も回して。
そうやって複雑になればなるほど、逆にこういう“穏やかに来てくれる人”の価値も増していくんやなと。
水曜日の夜は、派手ではないけれど、確かに次につながる二セットやった。




