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浄化の魔術

 最強の杖を持つ魔術師同士の戦いは左拳一発でカタがついた。おそらくこれはイシルビュートなりの配慮だ。大掛かりな魔術を連発すると周囲への被害がそれだけ大きくなる。結界で守っているのは人間だけだから建物は破壊されてしまうし、そうなれば被る損害は著しい。

 クレアは上空の戦闘を気にしつつもレイアの腕にはめられた魔封錠をなんとかしようと奮闘していた。しかし。


「これ外れないですねー!」


 魔術で破壊しようと思ったのだが魔封錠は魔術そのものを吸収してしまう厄介な機能を持ち合わせているために、壊そうにも壊せない。下手に強い魔術を使うとレイアにまでダメージがいってしまうので苦戦を強いられていた。

 

「あぁーもう、こんなところで手間取ってる暇はないのに!!」


「落ち着け、クレア」


 ガチャガチャと苛立ちもあらわになんとか錠を外そうと奮闘するクレアを、錠にかけられているとうの本人であるレイアがなだめる。

 と、そこに駆けつけてくる一人の人物がいた。


「レイア様、クレア、お待たせいたしました!」


「あっ、リリー!」


「来てくれたか」


 赤いツインテールをなびかせながら、メイド服のリリーが処刑台を上ってやって来る。ハアハアと息を切らせて走って来た彼女は手に持っていた鍵をクレアへ差し出した。


「はいこれ、レイア様の魔封錠の鍵よ。頼まれていたんだけど、警備が手厚くて手間取って。でも外の騒ぎで衛兵が駆り出されたおかげで楽に盗めたわ」


「すまない、リリー」


「いいえ、レイア様のお役に立てて何よりです」


「ナイス!」


 受け取った鍵を魔封錠の鍵穴に差し込むと、ガチャリと音を立てて錠が落ちた。自由になった手をレイアがさする。右手首の先がないのが痛ましい。


「レイアお姉様、手首はちゃんと保管してあるので、全部終わったら治しましょう」


「ありがとう」


 そしてレイアはクレアをじっと見て、確かめるように尋ねた。


「……アンヌ、なのか?」


 それは質問をするというよりも確認するような聞き方だった。クレアは頷く。


「はい、そうです。思い出したんです、私……」


「そうか……」


 言葉少ななやりとりにリリーは首を傾げていた。しかし説明している時間は今はない。

 微妙な空気が流れる中、鋭い声が上空より飛んでくる。


「王女様、これ使ってくれ!」


 イシルビュートの声だ。三人で見上げると、イシルビュートが身体強化した左手を振り上げ、豪速で何か細長いものを飛ばしてくるーーレイアはそれを見事にキャッチすると、小さく息を飲んだ。宝杖・天地創造だ。

 イシルビュートは口角を持ち上げて笑うと、言う。


「やるならとことん目立ってやれ」


「イシルビュート殿ーーありがとう!」


 左手でしっかりと天地創造の握りしめるとレイアはクレアと視線を合わせた。


「レイアお姉様、大丈夫ですか? サポート、できますけど」


「ああ。一人でやるつもりだったが……アンヌが隣にいてくれると心強い。同時に、いいか?」


「はい」


 レイアは天を見上げ、今しがた渡された天地創造を高くに突き上げる。そして目を閉じた。クレアも同じく、右手に握ったネックレスを空に掲げてそっと瞼を下ろす。


 思い浮かべるのは何度も何度もレイアが練習していた魔術陣。完璧に記憶しろと師匠に言われ、レイアが睡眠時間を極限まで削って覚えた魔術だ。

 うず高く机に積み上げられた紙にはびっしりと同じ魔術陣が記述されていた。ペンをポロリと取り落とし、そのまま眠りについてしまったレイアを思い出してクスリと笑う。


ーー遥か昔に白金竜(はくきんりゅう)より受け継がれ、今もなおクレアの体に受け継がれている聖力が脈打つのを感じた。手先に集中し、その先のネックレスへと流すイメージ。

 指先がじんわりとあたたかい。攻撃魔術を放つのとはまた違う……優しい力が流れ出す。

 そっと瞼を持ち上げる。


 浮かぶ魔術陣は白く、縁が金色に光っている。それは大きく複雑で、そして極めて美しい魔術陣だった。死者蘇生とはまた異なる神秘的な力を湛えた魔術陣。

 ちらりと隣のレイアを見ると全く同じ魔術陣が浮かんでいる。いや、天地創造を使用している分クレアのものより数十倍は大きくその迫力は桁違いだ。


 あぁ、とクレアは思う。お師匠様の言う通りだ。

 いつどんな状況でも魔術を使えるよう、完璧に記憶しておく。それはとても大切な事。

 仮にクレアだけで浄化の魔術を放ったらレイアが聖女であると証明できなくなる。

 あの時クレアが受け取ったメッセージにはこう書かれていたーー「処刑台の上で浄化の魔術を使う。助けるのはギリギリまで待ってくれ」。

 確かにこの大衆の前で浄化の魔術を使えばレイアが聖女であると多くの人に知らしめる事ができる。


 周囲で争う人々の動きが、止まったのを感じる。

 慌てふためき逃げようとしていた民衆も、ハイドラとドットーレを止めようと奮闘する魔術師も、吹き飛ばされたアシュロンの仇を討とうとイシルビュートへ迫る衛兵も、戦々恐々としていた見物の王侯貴族諸侯も。

 まるで凍りついたかのように動きを止めて上空に輝く二つの魔術陣に釘付けになる。


 全ての視線が一身に注がれるのを感じつつクレアはレイアに目で合図する。レイアもコクリと頷いた。


 全く同時に発動したその魔術は彼方、晴れた空からもよく見える瘴気に向かって飛んでいく。光が弾けた。降り注ぐのは輝く雨のような光の粒たち。

 淀む瘴気をかき消すように光が空を覆っていく。紫色の濃い靄に覆われていた空が金の色で溢れ、光が炸裂した。

 遠く王都にいても届く力強いきらめきに目を細めると、やがてそこには青く美しい空が広がった。


 晴れ渡る晴天がーー実に十二年ぶりに戦争の跡地へと戻ったのだ。


「聖女様……」


「聖女、レイア様」


「ーーアンヌ様と、レイア様」


 一体誰からだろうか。さざ波のように声が広がると止まっていた人々が動き出す。

 ゆっくりと跪いたのは捕縛に奮闘していた衛兵の一人。そこから一人、また一人と膝を折ってクレアとレイアの二人へとこうべを垂れる。

 流れるような動作は止まる所を知らない。

 衛兵が、魔術師が、民衆が敬意を表して地へ足をつけ頭をさげる。ついには貴族諸氏までもが同じ動作をし始めた。真っ先に跪いたのは先の茶会で出会ったメイネル・ガイゼモット侯爵令嬢。大貴族の行動に次々に下級貴族が真似をする。


「お姉様、やりましたね」


「ああ」


 隣にいるレイアの顔は非常に清々しい。きっと自分もこんな顔をしているのだろうなと思った。


「私を信じてくれた、皆のおかげだよ。ありがとう……アンヌ」


 傷つき、手首を失い、泥だらけの裸足に粗末な死刑服を身にまとったレイアはそれでも堂々たる態度で処刑台の上に君臨する。

 もはやレイアを嘘つきの無能だと罵る声はどこからも聞こえず、代わりに平伏する人の波が目の前に広がっていた。

 


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