勝負は左拳一発で
「レイアお姉様、助けに来ました!!」
クレアはハイドラの背から身を乗り出しレイアへと叫ぶ。やっと会えたレイアは酷い有様で、裸足の足は泥で汚れており全身が擦り傷だらけだった。傷口からは血が流れており、着ている白いワンピースにも血が付着していた。
驚き目を見張るレイア。無理もない。いきなり「お姉様」などと呼ばれれば戸惑いもするだろう。おまけにクレアの長い髪は金色に染まっている。一体どうしたことなのか説明するのは後回しだ。
ハイドラは一直線に処刑台めがけて突っ込んで行った。一切減速せずに飛翔してくる古代の邪竜に、詰め掛けていた民衆はいよいよパニックで押し合いへし合い、我先に逃げ出そうとしていた。
「このまんまじゃ倒れてけが人が出る……それ!」
ドットーレはそんな人々に向かって魔術を一つ、発動する。詰め掛けていた数千人の一人一人に防御結界を張ったのだ。結界を大人数を囲うように張るのと一人一人に張るのとでは使用する魔力が段違いだ。ドットーレはふぅ、と息を漏らしひたいに脂汗を浮かべながらもニヤリと笑ってみせる。
「民が傷ついたんじゃ示しがつかねえからな? さっさと決着つけろよ、イシル!」
「おう!」
イシルビュートは前を向く。その先には額に青筋を浮かべ、静かな怒りを湛えるアシュロンの姿が。手にはしっかりと天地創造が握られていた。どうやらレイアを捕縛した後も杖を我がものとして使っているらしい。
栄光奈落を持って来て正解だったとイシルビュートは心底思う。時間ができたことで沼地で数時間、栄光奈落を使いこなせるよう訓練して来た。まだまだ不安定さは残るものの一応のコントロールができるようになった今、イシルビュートはアシュロンに負ける気はさらさらなかった。
「ハイドラ、周りの雑魚ども頼む。一応言っておくが、即死の毒は使わないように」
「フン……不満ではあるが、竜核の封印を解いた貴様の顔を立ててやろう」
「お師匠様、私は?」
「クレアは大事な役目があるだろ? 王女様のところへ行って錠を外してくれ」
そう力強く言うイシルビュートはクレアににこりと余裕の笑みを見せてくれた。だからクレアもこう返事をする。
「はいっ」
一度目に対峙した時は、過去の映像と重なって恐怖で動けなかった。けれど、今は。
もう絶対こいつに怯むものかという気持ちが勝っている。
イシルビュートはハイドラの背を蹴り、飛んだ。クレアもそれに続く。
ハイドラは魔術師たちを相手取るために翼をはためかせて飛んでいく。復活したハイドラは魔力を乗せた咆哮一発で手練れの魔術師を吹き飛ばす力を持っているので、何も心配ないだろう。
「貴様、何故生きている……!」
「さて、それはそこにいるアンヌ王女様に聞いてくれよ」
「何!?」
アシュロンは美しい顔立ちを醜悪に歪めながらクレアに視線を走らせた。クレアはレイアの横へと降り立つと、きっとアシュロンを睨みつける。
「十二年前、イヴリン先生を殺した恨みは忘れてないんだから!」
「馬鹿な、アンヌ王女は戦場で死んだはずだ!」
「残念でした。聖女は癒しの力を持っている分、他の人間より怪我が浅いし死ににくい体なの」
クレアは思いっきりあかんべーをする。そう、クレアもレイアも死ににくい。レイアが剣を振るって戦場を駆け回っても今まで生きてこられたのは、きっと聖なる力がその身に流れているおかげだ。そのレイアをして「聖女の力がない」などとはちゃんちゃらおかしい。笑わせてくれる。
ぎりり、とアシュロンが杖を握る手が強くなった。そうして眉間に刻まれたシワが限界まで来た時、不意に表情がガラリと変わる。
「ハハ、ハハハハハ! なるほどなるほど、よくできた筋書きだ。ーーアンヌ王女を語る不届き者を連れてレイア王女の救出に来る。実に涙を誘うシナリオだよ。だがな、肝心の味方が古の邪竜と追放された魔術師、それについ先日国家転覆の罪を犯した魔術師では説得力も皆無というものだろう?」
「さて、それはどうかな」
イシルビュートは不敵に笑った。
「俺たちはこの状況で、全てを味方につける秘策を持っている」
「ならばやってみせるがいい!!」
グァッと振り上げた杖が光り、つい一昨日クレアたちを襲った石杭が空を埋め尽くすほどに出現した。同時にミシミシと音がして結界が割れそうになる。しかしイシルビュートが栄光奈落を一振りして魔術を発動させると結界が強化され、今度はビクともしなくなった。
「アシュロン……学生時代からそうだったが、お前は武器に頼らないと俺には勝てなかった。同等の杖を手に入れた以上、俺がお前に負ける道理はない」
イシルビュートが手に持つ杖を前に出すと、アシュロンは本日何度目かの驚愕に目を見開く。
「それ、は、まさか栄光奈落……!」
「ハイドラの封印が解けているんだから俺が持っていてもなんら不思議じゃないだろ」
「クソッ、貴様、いつもいつも私の邪魔をして……! 正義はこちらにある、呪われた杖とともに消えろ!!」
その言葉を合図におびただしい数の石杭が雨のように降り注いだ。
しかしイシルビュートは意にも介さずにたんっと空中を蹴ると、無防備にも見える状態でアシュロンへと肉薄する。
つい一昨日、イシルビュートの全身を無情にも貫いた石杭は今度は彼の体に傷一つつけない。栄光奈落により張られた結界は木の枝などとは比較にならないほどの強度を保ち、イシルビュートだけではなく下にいるクレアもレイアも、そして王族や敵対している魔術師すらも守っていた。
イシルビュートはさらに魔術を己に重ね掛けする。
『身体強化』、『加速』、さらには『貫通』。
ばちばちと音がして、イシルビュートの左手が光り尋常ではない力を有した。
アシュロンはその危機を察知して己の結界を強化し、そして攻撃手段を変える。
圧縮された重力が禍々しい槍の形をとり、イシルビュート向かって放たれた。
しかし極度に身体を強化したイシルビュートにとって、それは止まっているにも等しい速度だ。再び空中を蹴り上げると体を半回転させて槍を避け、そしてーー自身にかけた二つ目の魔術『加速』を発動する。
アシュロンの槍よりも数倍の速さで特攻したイシルビュートは左の拳を引き絞る。
「速っ……」
アシュロンが張る結界にイシルビュートが構わず突っ込んだ。三つ目の魔術、『貫通』が炸裂する。
まるで引き絞った弓から矢が放たれるかのように左の拳が結界にめり込み、あっという間に粉砕していく。極度に強化された拳はアシュロンの張った渾身の結界をたやすく突き破り、そして本人の顔面へと到達した。
「ーーーーーーーー……っ!!!!」
イシルビュートは容赦しない。完全にアシュロンの顔面を捉えた拳は人肌特有の生暖かさと骨が折れる感触をダイレクトに伝えてくる。ぼきぼきと折れる鼻骨に構わず思いっきり振り抜くと、アシュロンは折れた歯を撒き散らしながら後方へと吹っ飛んでいった。
手が緩んだ隙に天地創造を奪い取ると、一切スピードを落とさずにぐんぐん飛んでいくアシュロンを見つめながらイシルビュートは思う。
その綺麗な顔に拳をめり込ませたのは二度目だったな、と。




