予定時刻一時間前、処刑台へと向かう
本日は長めの一話のみの投稿です
ギイ、と音がして牢の扉が開く。
「立て」
短い見張りの言葉に応じるようにレイアは立ち上がり、牢の扉をくぐって外へと出る。鉄格子の独房が並ぶその場所を、衛兵たちに両脇を固められながらレイアは前へと進んだ。足取りはしっかりしており、その瞳は前を見据え、顔には一切の絶望や死へ対する恐怖が浮かんでいない。
それが気にくわないのか衛兵はふんと不機嫌そうに鼻を鳴らすと、後ろからレイアを小突いた。
「これから死にゆく罪人め……もっと狼狽え泣き叫んだらどうだ」
「生憎私は、王族として人前に出る以上取り乱す様を見せないようにしている」
「生意気な女だ」
何とでも言うが良い、と胸の中でひとりごちる。まだ終わっていない。
長い長い石造りの階段を降り切ると、塔の出入り口に出る。そこから外へ出ると、外の明るさに目を細める。気持ちのいい快晴で、風は凪いで穏やかな気候だった。
「まるでお前の処刑を天も喜んでいるようだな」
牢の番兵の皮肉交じりな言葉には耳を貸さずに視線を移す。
側には二輪の荷車が停められていた。
「乗れ」
再び後ろから杖で小突かれ、レイアはおとなしく荷車へと乗り込む。木でできたそれには衝撃を和らげるクッションのようなものは無く、ただただ硬い床がむき出しになっていた。レイアがそこに座るや否や、黒い馬が御者に鞭打たれて走り出す。
二頭の黒馬が引く荷車に乗ったレイアはこれから王都の大通りを通って処刑台のある城の表門広場まで連行されることになっている。今現在も城の敷地内にいるというのに裏門から連れ出され、見せしめとしてこの状態で通りを引き摺り回された挙句に表門広場の正門から再び城に戻ってくるーーこの国の持つ趣味の悪い側面だなと常々思っていたが、まさか自分がその状況に立たされるとは思ってもいなかった。
キュルキュルと軋みをあげながら石畳を進む荷車に乗ったまま、レイアは大通りに人が大勢集まっているのを何ともなしに見た。
処刑の告知を受けて集まった野次馬たちは皆、レイアのことを憎々しげに見つめている。
「オリヴィア様に毒を持った大罪人め!」
「聖女の魔術書まで盗んだそうだな、この売女!」
集まった民衆の数人が声をあげた。するとそれに呼応するかのようにそうだそうだ、と言う声が上がる。
「お前がいるからアンヌ様が死んだんだ!」
「疫病神め……さっさとくたばっちまえ!!」
声はだんだん大きく、内容はどんどん激しくなっていく。わあわあと叫ぶ内容は……この国に溜まった澱だ。平民と貴族の間に深まる格差に、鬱憤のはけ口を見出した民衆たちがこれ見よがしにレイアへと不満をぶつけてくる。
コツンと石がぶつかった。
一人が始めればそれはもう止まらない。
レイアは隠れることも逃げることもできない状態で、罵声とともに石をぶつけられながら荷車に乗って引かれていく。
(まるで見せ物だな)
そう冷静に考えられるのは、まだ終わっていないからだと思えるから。
やがて荷車は城へとたどり着く。表門広場は建国祭の時の華やかさから一転して物々しい雰囲気が漂っていた。
武装した騎士と魔術師がずらりと並び、大勢詰め掛けている民衆を押しとどめている。
石の舞台が設えられており、その上には鉄製の磔台がそびえていた。
テオドライト王国の処刑は火刑だ。それは魔術師が多いこの国で、死してなお発動する類の魔術を警戒しているためである。燃やし尽くして罪人の体を灰に帰すことで魔術を無効化する狙いがあるのだ。
荷車から降りて裸足で歩きながらレイアは考えた。
クレアは知らせを受け取っただろうか。一体何人でやってくるつもりなのだろうか。ドットーレが味方をどれほど引き連れてレイア奪還に向かってくるかわからないが、相応の犠牲が出るだろう。
死人が多数出る前に……決着をつけなくてはいけない。
レイアは昨日からずっと考えている内容を再び反芻した。もはや浴びせかけられる罵声も石飛礫も気にならない。
「静粛に!!」
鋭い声が飛び、広場中が静まり返る。死刑立会人の男の声だ。
「罪人二千百八十番、貴様は王太子妃に毒を盛り、聖女の魔術書を盗んだ罪を認めるか?」
レイアは閉じていた目を開き、男にまっすぐ対峙した。そのすぐ先にあるバルコニーには父である国王、兄である第一王子、オリヴィアと揃い踏みしている。建国祭でレイアも立っていたバルコニーだ。
父はぼんやりとピントの合わない視線を投げかけており、兄は何を考えているのかいまいちわからない……オリヴィアだけは非常に憎々しげな目線を寄越している。数多の護衛陣は魔術機関の総監、副官をはじめとした手練ればかりで、前回逃げられたのを踏まえてか数はさらに増えている。
レイアは背筋を伸ばして男に向かい合い、断言した。
「私は王太子妃殿下に毒を盛った事は一度として無い」
男の細い眉がピクリと跳ね不快感をあらわにした。
「此の期に及んで罪を認めぬとは、よほど冥府へ送られたいらしい」
「私は嘘をついた事は一度もない」
「ならば聖女の魔術書を持ち出した罪についてはどうなる!」
男は激昂し、大声で詰った。それに対してレイアは冷静であるよう努めた。取り乱してはいけない。堂々としていなければーー私は無罪なのだから。
「それについては認めよう、私は聖女の魔術書を持ち出した」
言葉を区切ったレイアは、集まった人々に聞こえるよう一層大きな声を出した。
「ーーなぜならば、私が魔術書を持つにふさわしい人物だからだ!」
その言葉に一斉にどよめきが起こり、先ほどとは比べ物にならない怒号が飛んだ。耳にするのもはばかられるような罵りに負けないようさらに声を張り上げてレイアは主張する。
「私は正真正銘、父の血を受け継ぐ王族だーーその私が、なぜ聖女の力がないと言える? 全ては仕組まれた罠だ。聖女の力を疎んじる人物によって私は不当に貶められ、殺されようとしている! 嘘だと思うなら今ここで、私に聖女の力があることを証明してみせよう!」
朗々たる声で主張するレイアの態度はとてもではないが罪を犯してこれから処刑される人物のものとは思えなかった。自分は無罪で、潔白の存在である。全身からそう主張するレイアの姿に民衆は怯んだ。
淡黄色の瞳は力強い意思を湛え、両手の自由を封じられながらも二本の足でしっかりと立つ様は民の怒りを、憎悪を一瞬忘れさせ、その言葉に耳を傾けようかという気持ちにさせる。
慌てたのは死刑を執行する側の人々だ。
アシュロンが実に芝居掛かった仕草で前へと進み出ると死刑執行人の隣に並び立つ。そしてレイアに短く告げた。
「言いたい事はそれだけか? 罪人よ」
「私は罪人などでは断じて無い」
「結構結構。冥府にて騒ぐが良い。これより死刑を執行する!」
アシュロンが右手に持った宝杖、天地創造を勢いよく天へと突き上げた。快晴の空で陽の光を浴びて輝く魔石が輝く。
(クレア、まだか!?)
このままだと救出が来るより前に磔にされて業火で燃やされてしまう。焦ったレイアの体をアシュロンの魔術が捉える直前、一人の衛兵が声をあげた。
「……!? あれは何だ!?」
「アシュロン様、北東の方角より何かが勢いよく近づいてきております!!」
その言葉にレイアは勢いよく北東へと視線を向けた。確かに何かが恐るべきスピードでぐんぐんと近づいてきていた。
表門広場に詰め寄っていたほとんど全員がそちらに意識を奪われる。魔術師は空を飛び、結界内ギリギリのところで飛来する物体の正体を突き止めようと、あるいは迎撃をしようと待ちかまえた。
そうこうしているうちにも距離を縮めて来る未確認の飛行物体。近づくとそれが紫色をしているということにレイアが気がついた。
空を飛んでいた魔術師の一人が血相を変えて処刑台の上へと降り立ち、泡を食ってアシュロンへと報告する。
「アシュロン様、大変でございます! あれは……あれは、古に封印されたはずの邪竜、ハイドラにございます!!」
その一言は処刑台に集った人たちを混乱に陥れるのに十分だった。
恐怖の声をあげながら我先にと逃げ出そうとする人々、それを止めようとする衛兵。一瞬で現場はぐちゃぐちゃになり、もはやレイアの処刑に興味を示す者など誰もいない。
レイアは空を仰ぎ見た。
飛来して来る物体は確かに紫色をしていた。まだ遠すぎて肉眼ではよく見えないが、あれは首が複数あるのではーーいや、だが、ハイドラは真っ先に殺されたはずではなかったのか?
レイアも思考が混乱する中、アシュロンが杖をドンと処刑台に叩きつけ声を張った。
「落ち着くのだ、皆の者! 王都には常時強力な結界が張ってある。どのような魔物が襲ってこようとも決して破られる事は無い!」
そしてアシュロンは魔術書を開いて杖を振り上げ、魔術を展開した。
「見よ、この宝杖・天地創造にてさらに結界を強固に張った。たとえ敵の正体が本当に邪竜ハイドラであろうと、王都への侵入は不可能だ!」
おぉ、という声が漏れ出口へと殺到する人々の足が止まる。それを逃さずアシュロンは口早に言った。
「事態は王都が誇る魔術師たちが食い止める。予定通りに死刑を執行する!」
絶対にレイアをここで始末する、という意思さえ感じるアシュロンの宣言にレイアは噛み付いた。
「どうしても私を処刑したいようだな」
「罪人を早く冥府送りにし、民を安心させたいと思うのがいけない事か?」
緩く結んだ金髪をなびかせ、緑の瞳に絶対零度の冷たさを含んだアシュロンは吐き捨てるように言う。実際大したカリスマだよ、とレイアは内心で拍手した。
ハイドラ出現でパニックになった民衆を、天地創造を使って増幅した魔術で鎮めるーー誰にでもできる芸では無い。アシュロンは人の上に立ち、人を操る才能がある。
「王国の疫病神、今ここでその命を散らすが良い」
「疫病神はお前の方だろう、アシュロン」
言い終わるや否や、全身の動きが取れなくなった。整った顔に憎々しいほど穏やかな笑みを貼り付けたアシュロンが杖を向けてレイアに魔術をかけたのだ。
浮遊したまま磔台に移動させられたレイアは、此の期に及んでまだ何も希望を捨てていない。ハイドラが来たと言う事はクレアもドットーレもいるはずだ。レイアがくたばってしまっては何の意味もない。
「ーー聞け、皆の者! 私には聖女の力がある!!」
「まだ言うか、罪人め!」
アシュロンの持つ杖先から魔術の糸が迸り、磔台に縛り付けられる。そして燃える火球が眼前に浮かび上がった。
「私自らが火をつけてその全身を燃やし尽くしてやろうーー!」
炎がレイアに向けて放たれる直前、凄まじい咆哮が上空から聞こえた。一つではない。複数の声が重なり、ただでさえ大きな声は鼓膜を破るほどの音となって降り注ぐ。その地獄の底から響くような大音量はしかも、物理的な衝撃を伴っていた。
表門広場一帯がまるで地震でも起きたかのように揺れ、磔台がミシミシと揺れる。声には恐るべき魔力が乗っていてーー上空で結界がブレたのをレイアは見た。
磔状態で首を思い切り反らすと、先ほどまでは豆粒ほどだった飛行物体がもはや王都の結界のすぐ側にまで来てる。
それは、恐怖の象徴だ。
九つの首を持ち紫色の鱗を持つ巨大な竜。血のように赤い瞳が魔術師たちを睨みつけ、あざ笑うかのように巨体をくねらせている。
「何をーー!?」
魔術師はこのげにも恐ろしき竜相手にも臆せずに総集結し、結界の維持にあたっている。毒竜ハイドラは肺にめいいっぱい空気を吸い込むと、再び咆哮した。
魔力を乗せた叫び声がビリビリビリと空気を震わせ結界が音を立てて軋んでいる。あまりにも恐ろしい光景に何人かの魔術師が怯え、逃げ出そうとするも、さすがに特級以上の魔術師たちは結界を懸命に守っていた。
一度、二度、三度。
ハイドラの咆哮は絶え間無く続き、ついに結界に致命的な大きさのヒビが入る。
ヒビはどんどんと大きくなり魔術師たちの修復のスピードはまるで追いついていなかった。
ハイドラは体をまるで砲弾のように丸めてから飛び出し、ヒビに向かって突っ込んでいく。もはや止める手立てはなかった。
長年王都を守り抜き、一匹の魔物の侵入も許さなかった結界は破れ、厄災の竜が襲撃して来たーーこの世の終わりのようなその光景を目の前に、レイアの胸には希望が満ち溢れる。
そしてーー。
ハイドラの背中からひょっこりと顔を見せたのは、ドットーレ、死んだはずのイシルビュート、それからなぜか髪の色が金になっているクレア。クレアはレイアに向かって思いっきり手を振ると、大声で言った。
「レイアお姉様、助けに来ました!!」




