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 一行は猛スピードで空を進むハイドラの背に何とかしがみついていた。

 竜核が戻ったことでパワー全開になったハイドラは風を切り雲を裂き、凄まじいスピードで王都まで向かって飛んでいく。


「これなら王都まであっという間に着きそうですね!」


「しかし速すぎだろ、油断してると吹き飛ばされそうだ……! なあ、イシル!?」


「今俺に話しかけるな、杖のコントロールに集中してるんだ!」


 イシルビュートは杖を握りしめたままドットーレを一喝した。


 完全復活したハイドラの鱗は触れると皮膚が爛<ただ>れる酸が表面に滴っているため、この背中に乗るためには防御結界が必要になる。さらに上空一万メートルほどを飛んでいる現在、風圧と外気温を防ぐためにも結界が必要だ。さらにさらにハイドラは超高速で空をビュンビュンと飛んでいるため重力をどうにかするための結界も必要だ。

 諸々の理由から防御結界が必要な現在、強力な武器を手に入れたイシルビュートがそれを担おうとしたのだがどうにも暴走しがちな杖に引っ張られてうまくいかず、代わりにドットーレが結界維持を請け負っている。

 イシルビュートはハイドラの背に体を預け、杖とにらめっこをしていた。

 

「はたから見ててもヤバそうな気配がプンプンするが、実際その杖を持ってみた感想はどうなんだ?」


「ただ握っているだけでも俺の魔力を吸い尽くそうとしてくる。あと、杖のくせに意思があるみたいにこちらの精神に干渉してこようとするな」


「お師匠様、操られないで下さい……!」


 小難しい顔のイシルビュートにクレアが励ましの言葉をかけた。するとイシルビュートが杖から目を離してハイドラの背に置くと、クレアの顔をまっすぐに見る。


「俺が操られたら、クレアが聖女の魔術で治してくれ」


「あ、その手がありましたね」


 クレアがポンと手を打った。

 高度な精神干渉の魔術というのは他者を操ることができる非常に強力な代物だ。クレアも聖女の魔術書を盗む際にギディアスにかけた記憶改竄<かいざん>も一種の精神干渉であり、かけるのも解除するのも難しい。しかし。


「聖女の魔術書にありましたね、精神操作を解く魔術」


 聖女の魔術は癒しの魔術。怪我を治し病気を治癒し瘴気を消し去り……そして精神異常までもを治すことができる。あらゆる厄害をたちどころに滅絶させる奇跡の術だ。

 イシルビュートがこくりと頷いた。


「クレア。おそらくお前の父である国王イグニウスはアシュロンに操られている。長年の干渉によって蝕まれた精神は普通の魔術だともうどうすることもできない……が、聖女にならば癒せる」


「はい」


「クレアが正体を明かしてレイアを奪い返し、国王の精神操作さえ解ければこちらに利がある。状況は一気に変わるはずだ」


「はい」


「よし、じゃあこの先の作戦をきちんとまとめておこうぜ」


 結界を維持している事でゴリゴリ魔力が削られているドットーレが歯を食いしばって言った。


「まずは……城の塔に閉じ込められているレイア様を力づくで奪い返す。その後陛下のところへ突撃し、アシュロンにかけられている精神操作の魔術を解く。そしてクレアちゃんがアンヌ王女であることを明かし、レイア様に聖女の力があることを証明する」


 指折り数えてドットーレが単純明快で少々強引な作戦の説明をした。クレアとイシルビュートの二人は頷く。


「陛下さえ味方につけられれば状況は逆転できる」


「それに私、十二年前に何があったかを証言できますし。どうして私が戦場に転移することになったのか。それを知ったらお父様はきっと激怒すると思います」


「クレアちゃんが作戦成功の要といっても過言じゃ無い。なんせレイア様の妹で、まぎれもない聖女だ……ところで髪の色はなんで金髪じゃないんだ? もしや元からなのか?」


「あ、いえ。これは秘伝の魔術によるものです。髪の色と瞳の色を入れ替える魔術が聖女の間にだけ伝わっているんですよ」


 言ってクレアが頭をコツンとネックレスで叩き魔術をかけると、その腰まで伸びた長い髪は見事な金髪に、そして瞳の色はレイアそっくりの淡黄色に変わる。ドットーレがおぉ、と感嘆の息を漏らした。


「なるほど、そんな魔術があったとは……」


「王族イコール金髪のイメージが強いから、レイアがクレアの正体を見抜けなかったのも仕方がない話だな」


 イシルビュートの言う通り、王族の髪は金色というのが一般常識だ。ましてやレイアはアンヌとは仲が良くしょっちゅう会っていたので、髪も瞳も色が違うクレアを妹だと見抜けなかったのだろう。完全に死んだと思い込んでいたし、十二年もの月日が流れていれば肉親でも同一人物だと見抜くのは難しい。


(早くお姉様の汚名を晴らして、十二年前のことについて話したい)


 雲の上の空は白み始めている。この分だと処刑時刻数時間前にはレイアの元へと辿り着けるだろう。さっさと奪い返して逆襲を開始しなければ。やられっぱなしは癪に触る。

 と、やる気満々のクレアの元へ伝書光鳩が飛んできた。


「リリーからかな?」


 光る鳩が溶けてカードになる。さっと目を通したクレアはその内容に驚き、「えっ」と声を漏らした。


「どうした? なんて書いてあった?」


「あのー、それが……」


 内容をイシルビュートとドットーレに告げると、二人は目を丸くした。その後イシルビュートは笑い出し、ドットーレは非常に複雑そうな、苦虫を噛み潰したかのように顔をくしゃくしゃに歪める。


「はっはっはっは! そりゃいいや、さすがハイドラに一人挑みかかるような王女様は度胸が違うな!!」


「笑い事か、イシル!? 一歩間違えればレイア様が大変なことになるぞ……! そもそも王族としての尊厳やプライドというものがあってだな!!」


「んなもん要らねえってことだろう。王女様の覚悟を俺は改めて思い知ったよ」


「だが……! しかし……!!」


「だがもしかしも無いだろ。本人がそうしたいって言ってんだからそうしようぜ。それに、この方法が確かにベストだ。これなら文句なしに王女様の力を皆に知らしめる事ができる。反発している奴らはぐうの音も出ないだろう」


「でもレイアさん、あの魔術完全に覚えてましたっけ?」


 レイアの作戦はわかった。しかし肝心の部分でクレアには不安が残る。もし失敗したらたまったものでは無い。


「まあ、本人がここまで言っている以上勝算はあるんだろう。いざとなったらクレア、お前がサポートしてやれ。長年表に出てこなかった妹が姉の窮地に駆けつけて共同で魔術を放つなんて展開になったら胸が熱くなる」


「はい!」


「おい、ハイドラ!」


「聞いておった」


 風を切って実に気持ちよさそうに滑空しているハイドラの中央の首がこちらにもたげてくる。


「じゃあ話は早い。王都に着くのは正午ギリギリで大丈夫だからどこかで休んで行かないか?」


「休むだと? こんなに気分良く飛んでいるというのに、貴様は何をいうのか! 余はせっかく手に入れた完全な体を今十分に満喫しているのだ!」


 ハイドラは絶対お断りだ! と言う意志を表すかのようにグインと体を上方に向けさらに高度を上げた。


「正午ギリギリで良いと言うのならば、時間までこのまま空を飛んでいればよかろう」


「俺の魔力が切れちまうよ!」


 ハイドラの提案にドットーレが悲痛な声をあげた。結界維持は魔力を消耗する。すでに北の洞窟に行くまでに魔力をかなり使っていたし、後数時間このまま飛んでいれば間違いなくドットーレはレイアを奪い返す前に魔力が切れて戦えなくなってしまうだろう。

 しかしハイドラはそんな人間の都合など御構い無しで高度を上げ続けたまま飛翔する。


「よし……こういうのはどうだ!?」


 イシルビュートは杖を握り直し、風に負けないよう大声を出す。


「一度転移して沼地に戻り、俺たちは家で休憩する。ハイドラは沼地で暴れてろ!」


「ナイスアイディアだぜ!」


「確かに休むなら慣れた我が家がいいですね」


「よしーー決まりだ。転移するぞ!」


「おい待て、余はまだ何も言っておらぬーー!!」


 ハイドラの叫びを無視し、イシルビュートは転移魔術を発動した。巨大な竜の姿は雲の上からかき消えて、次の瞬間にはいつもの荒野の上に一行は移動していた。


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