フハハハハ!余は完全に復活した!!
光る魔術陣に対してイシルビュートは解除の手順を踏んでいた。
魔術陣は緻密に組まれており、解除には時間がかかる。おまけに杖に問題がありすぎだった。
握った瞬間に右手から魔力を奪われる感覚に陥り、しかも杖自ら意思を持っているかのように吸い付いて離れない。気を抜けば全魔力を奪われてしまうだろう危険な感覚に、イシルビュートは己の体内の魔力の流れを操作することで抗った。
(師匠はこんなモン使ってたのか……!)
あまりに規格外な杖にイシルビュートは己の師匠の凄まじさを改めて思い知った。
もう二十年以上前、村を出て王都に行き、魔術師養成学校に入学した時初めて己の異質さに気がついた。授業内容はどれもこれも簡単すぎる。ビュートに「基礎の基礎」として教えられていた事を何ヶ月もかけて学習し、自分より年上の学生たちがそれに頭を悩ませている様子はイシルビュートからすれば不思議でならなかった。
今思えば、きっとオジキは学校でイシルビュートが平民だからと馬鹿にされないよう必要以上の知識を与えてくれたのだろう。
イシルビュートを襲う戸惑いはあまりに多く、しまいには何が何だか分からなくなった。
教科書を開けばオジキの顔が載っている。学内の壁にはオジキの絵が仰々しい額縁の中に飾られている。貴族のミドルネームにはほとんど「ビュート」の名前がついているらしく、平民のくせにファーストネームにその名がついているイシルビュートには白い目が向けられ、因縁をつけられた。
極め付けが王宮内の勝利の回廊にある彫像だ。その神格化された存在にイシルビュートは思わず笑ってしまった。
ーー本当のビュート・アレクサンダーはまだ生きていて、貧しい村で鶏飼いに身をやつしているなんて知ったらどう思うんだろうな。
この段階になってようやくオジキの言っていたことの全てが真実だと気がついたイシルビュートは自分が王都に送られた意味を考える。
オジキは言っていた。
呪われ追放された後、古の魔女の占いに従いドゥーラ村にて弟子を取ることにしたと。
それが自分だと思うと、まるで絵物語の非常に重い運命を背負った人間であるかのように感じる。貧しい村のちっぽけな孤児だった自分を育て、魔術を教えてくれたオジキ。
結局オジキがどこへ行ってしまったのかイシルビュートには知る手立てがない。
特級魔術師まで上り詰めた後に行方を追ったけれど手がかりはどこにもなかった。ドゥーラ村も隣村も戦争に疲弊して滅んでいて人の姿は見られず、ビュートが消えた森にも痕跡は見られない。暇をみては方々を探し歩いたけれど、まるでそんな人物は存在していないかのように綺麗さっぱり手がかりはゼロだった。
イシルビュートは右手に握った杖を見る。
魔杖・栄光奈落ーーこの杖による封印がある限り今もどこかで生きているのは間違い無い。死ねない体になっている、と度々オジキは言っていた。
しかし封印を解いてしまえば、杖の持ち主をイシルビュートに移してしまえばきっとオジキは死んでしまう。その身に刻まれた呪いが消え去り、長すぎる生に終わりを告げるのだ。
イシルビュートの葛藤が伝わったかのように、魔術陣の光がゆらゆらと揺れた。後方の三人が息を飲む音が聞こえ眉間にシワが寄る。
本当は生きているうちにオジキに会いたい。会ってお礼を言いたい。話したい事が沢山ある。あの森から逃げ出した後どうしたのか、王都に行った後どうやって学校に入学したのか。魔術師として位を上げる時に貴族連中を黙らせるのに工夫を凝らした話、もらった魔術書を解読した話、弟子を取った話。俺の弟子は向こう見ずなところがあるけど優秀なんだ。しかもどうやら、王女だったらしい。他愛もない話に花を咲かせ、盃でも傾けられたらどんなに良いか。
……そして一言、「師匠」と呼びたい。
イシルがビュートと共に過ごしている時、一度として呼んだことのないその呼び名を口にしてお礼が言いたかった。
(けど、もう……無理だな)
イシルビュートは一度死に、そして蘇生した時に思った。自分は生かされているのだと。英雄魔術師に拾われて育てられ、そして守ったはずの弟子により生き返らされた。弟子は記憶を取り戻し、アンヌ王女であると名乗った。
ハイドラの封印を自分に解除させようと考えていたんだろうなとすら思うのだ。複雑怪奇なこの魔術陣にはこう書いてあった。
ーー封印を解く条件の一つは、栄光奈落を使いこなすこと。
オジキは今この場にはいないけれど、きっとこう言うだろう。
「老いぼれた俺の命なんざ気にしねえで、さっさとハイドラの封印を解いて杖を持っていけ!」と。そしてあっけらかんと笑うのだ。「ハッハッハッハ!」と膝を叩いて実に楽しそうに笑うオジキの姿が脳裏に浮かぶ。
(師匠……ありがとう)
心の中でイシルはビュートに礼を言った。この手で師匠の人生を終わらせることに一抹の悔恨を覚え、それを一生忘れるまいと思った。
自分は生かされている。テオドライト王国の命運を託されている。アンヌ王女を連れ、レイア王女を助け出し、戦争を止めて国をあるべき姿へと導くために。
なら、やるしかない。
イシルビュートは集中した。魔術の理を解き、己の師匠の施した封印魔術を解除するために。
青白い光は一層強くなり、高く高く伸びる。中央に浮かぶ竜核が明滅し、ビリビリと色濃い魔力がうねるのを感じた。
一つ一つの手順を丁寧に踏み、難解な魔術を解<ほど>いていく。
そうして全てを解きほぐした後、ついにその時が来た。
魔術陣の光が迸り洞窟内を青く白く冷たく満たす。そうして充満した光が収束すると、嵐のように粒子となって破裂した。封印を解かれた竜核は宙を漂い、そしてーー。
「おぉ……」
イシルビュートが後ろを向くと、まっすぐハイドラへと向かって行った竜核がその喉元へと吸い込まれる。
すっと体内に入り込んだ瞬間、ハイドラから感じるオーラがまぎれもなく増幅した。
「ウオォ!」
「わっ!」
ドットーレとクレアの短い叫び声が聞こえ、イシルビュートも足を踏ん張る。オーラが物理的な威力を伴い風を舞い起こし、洞窟内には外と変わらぬ暴風が吹き荒れた。
「フフフフ……ハハハハハ!」
地獄の底から響くような声でハイドラが笑う。その顔は愉悦に満ち、未だかつて見たことのないほどの充足感に満ち溢れている。
「ハハハハ、ハハハハハ!!」
ハイドラは狂ったように高笑いを続けたまま竜形態に変化すると、そのまま洞窟の上方に向かって突進して天井を突き破る。
轟音とともにガラガラガラと瓦礫が雨あられと落ちてくる中、イシルビュートは結界を張って落石を防ぐ。そしてちょっと焦る。ハイドラのやつ、ここまで凶悪な力を有していたとは。
相変わらず雪が暴力的に降る空をバックに、ハイドラは叫んだ。その光景はまさに世紀末的であり、この世の終わりを彷彿とさせる。
「余は完全に復活した!!」
「おい、降りて来いよハイドラ!」
「降りて来いだとお?」
イシルビュートの言葉を反芻したハイドラはバッサバッサと翼を動かしたまま中央の首をもたげてギロリと睨みつけてくる。見た目は何ら変わらないものの、竜核が戻ったことで迫力が段違いだった。言葉に魔力が乗せられており、ただ喋っているだけで畏怖の念を人に与える。クレアとドットーレがイシルビュートの脇に駆けつけて来て戦闘態勢をとった。
「お師匠様、どうします!?」
「今ここで奴を倒すなら加勢するぜ!」
「待て」
やる気満々の二人をたしなめイシルビュートはハイドラを見上げる。するとハイドラは腹の底に響くような重低音で叫んだ。
「貴様らがこちらへ来い! 王都へ行くのだろう? 今の余は非常に気分が良いーー特別に乗せて行ってやろう!」




