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雪国は防寒していても(気分的に)寒い

「寒いっ! イシル、寒いぞ!!」


「結界張ってるから寒くないだろ」


「いくら結界を張っていても、気分が寒い!」


「気のせいだ」


「クソォ……俺には乙女の応援が必要だ! クレアちゃん、応援してくれ!!」


「…………」


「索敵に集中してるから全然聞こえてないぞ」


「余が応援してやろうか?」


「要らん! クソォ!!」


 レイアがリリーと接触し牢内にて気分を一新していた頃、クレア達一行は夜を徹しての行軍を敢行していた。

 そこはびゅうびゅうと風が吹き荒れる、極寒の大地だった。風とともに大粒の雪が大地に叩きつけられ、空は雲に厚く覆われて渦を巻いている。この分ではおそらく雷も落ちて来るに違いない。

「結界を張るから上着は要らない。靴も普通のもんでいい」というイシルビュートの言葉を信じた一同は普段の格好のままでこの場所まで来たのだが、即座に全員が後悔していた。確かに寒くは無いが結界に雪がまとわりついて来るし風はものすごいしでとてもでは無いが快適とは言えなかった。せめてブーツを履いてくるべきだったとドットーレはブツブツ言っている。


「おい、イシル……! 前が見えねえんだが、方向はこれで合ってるのか!?」


「ちょっと待て」


 言ってイシルビュートは立ち止まり、方角を確かめるために魔術を発動した。首を傾げ、「んー」と言うとドットーレを振りあおぐ。


「ちょっとズレてる」


「またか!」


 ドットーレは厚く降り積もった雪からズボォッと足を引き抜くと方向を若干修正しつつ歩き続ける。背の高いドットーレは風と雪よけ、そして足場を確保するという名目で先頭を歩かされていた。実際彼がいると後の三人は随分と進むのが楽だった。その分ドットーレは吹き付ける雪の矢面に立たされている分、大変そうだが。


「もうコンパス出したままにしておけよ!」


「そうするか」


 ドットーレの悲壮な叫びにイシルビュートは銀に光る魔術のコンパスをコツコツ叩くと、維持するための魔術をかけた。そのままドットーレの少し前に飛ばし、彼が方角を間違えないように常に目に見えるところをへと移動させる。

 と、索敵に集中していたクレアが目を開き静かに告げる


「お師匠様、魔物来ますよ。北西の方角から雪大猿(スノーモンキー)が二十体」


「お」


 クレアが言うとイシルビュートは武器を構えた。北西方向からは確かに雪のように真っ白な毛皮に覆われた大猿が群れをなしてワラワラと突撃して来た。

 イシルビュートはその方角へ向けて魔術を発動しようとする寸前、ハイドラが進み出る。


「待て、余が行こう」


 言うが早いがハイドラは地を蹴り、雪の上を滑るように進んで行く。彼の進んだ後には足跡が無いため低空飛行しているのだろう。十五メートルほどの大猿軍団に突撃して行ったハイドラは右手をグッと引くと勢いよく突き出した。

 紫色の霧が吹き荒れる!

 充満する霧はこの猛吹雪の中霧散することなく大猿達にまとわりつき、囲い込んだ。途端にあれほど元気に走ってこちらへとやって来ていた雪猿は苦しみ、のたうち回り、そして手も足も出せないままにやがてその身を雪原へと横たえた。


 クレアもイシルビュートもドットーレもその光景を見て思わず自分の喉元を抑えた。


「今度は窒息死ですね……」


「呼吸器にダメージを与える毒の霧だな。極小の毒を吸い込むと呼吸器官がやられる」


「さすが毒竜、攻撃がえげつない」

 

 三人が後方でこんな会話を繰り広げているとはつゆ知らず、魔物を瞬殺したハイドラはご機嫌でクレア達の元へと戻って来た。


「どうだ? 今の攻撃は」


「毒竜の攻撃パターンは多彩なんだなと思いました」


 クレアは素直な感想を漏らした。

 この北の大地に来てから幾度となく戦闘があったが、ほとんど全てをハイドラが一人請け負っていた。その攻撃方法たるや、人間の魔術とはまるで異なっている。ある時は神経を麻痺させる毒で魔物の体の自由を奪ってから心臓を突いて殺し、ある時は全身から血が吹き出る世にもおぞましい毒の息吹にて絶命させ、またある時は強力な誘眠魔術にて眠らせた後になぶり殺しにしていた。

 全てにおいて共通しているのはえげつなさで、もはや魔物とはいえ同情を禁じ得ない。


「ハイドラがまともに戦っているところ、初めて見ました」


「確かに……百年前にビュート・アレクサンダー。十二年前に俺、数ヶ月前にクレア、つい昨日はアシュロン……四連敗だ」


 律儀に指折り数えるイシルビュートをハイドラが恐ろしい顔で睨みつけるも、すぐにその顔を引っ込めた。


「まあ良い。それもここまでだ。竜核が戻った暁には、余の全力を思い知るが良い。腰を抜かしても知らぬからな?」

 

 ハイドラの機嫌がいい理由はここにある。もうすぐ封印が解けて竜核が戻るということでウキウキなハイドラは多少の無礼な言動は受け流すことにしたらしい。おまけに魔物討伐もしてくれるので有難い。今は余計な魔力を消耗するべきでは無いので、ハイドラに任せれば全てやっつけてくれるというのは正直助かる状態だった。


 そんなわけでこの雪原では、最前線の踏破をドットーレ、気温を維持する結界の展開及び位置確認をイシルビュート、索敵をクレア、そして討伐をハイドラが担当していた。

 実に効率のいい分担作業である。


「しかしよぉ、イシルビュート。さっきから魔物、出過ぎじゃねえか? ほとんど進んでねえぞこりゃあ」


 懸命に雪から足を引き抜き、一歩一歩歩みを進めるドットーレが苦言を呈した。クレアも同意だ。


「確かに、十分進むごとに魔物が襲いかかってくるような状態ですね」


「前に来た時はこんなにいなかったと思うんだけどな……」


「余の体が消えたから魔物どもが湧いて出るようになったのでは無いか?」


「竜核はあるのにか?」


「竜核だけでも抑止力にはなろうが、やはり揃ってこその本領発揮であろう」


 そういうものなのだろうか。まあ確かにクレア達の住む家の近くの沼地でもハイドラがいなくなったら魔物がうようよ群がってくるようになったので似たような感じなのかもしれない。


「てことはハイドラがいると、逆に他の魔物は増えないんですね」


「そういう事だ。人間どもはもっと余に感謝すべきだな」


 ハイドラは風でまとわりついてくる黒髪をうっとおしそうに後ろに振り払いながら言った。


「じゃあ今こんだけ魔物に襲われるのは一体どうしてなんだよ?」


 ドットーレが極めて当たり前な指摘をした。確かにここにハイドラがいるのであれば魔物は寄ってくるどころか逃げてしまいそうなものだ。

 イシルビュートがその問いに、なんの根拠もないあてずっぽうの持論をぶつける。


「ナメられてんじゃないか?」


「……ほう?」

 

 その瞬間、ハイドラの美しい顔に確かに青筋が浮かぶのをクレアは見た。低い声にはまぎれもなく怒りが滲み、血に濡れたような赤い瞳には物騒な色が宿る。


「余がこれしきの魔物どもにナメられていると?」


 美形が怒ると恐ろしいが、加えてハイドラは人外者である。その凶悪さたるや普通の人間ならばへたり込んで土下座をし許しを乞う程のものだが生憎ここに普通の人間はいない。それどころかイシルビュートはあっけらかんと言い放つ。


「そうじゃなかったらこんなに襲われないだろう。もしかしたらもう忘れられてるのかもな!」


 ははは! と笑って言うイシルビュートに、さしものクレアもやりすぎでは……とおののいた。お師匠様はハイドラに全く遠慮がない。

 そこからのハイドラの動きは早かった。青筋を浮かべたままに雪の上を軽く浮遊しながら移動してドットーレより前におどり出ると、そのまま先へと進み出す。

 今更ながら焦ったイシルビュートは叫んだ。


「おい待て、ハイドラ! どこ行くんだよ!!」


「このようにチンタラ進んでいるから、魔物どもが愚鈍な餌が来たと勘違いして襲ってくるのだ! もっと早く足を動かせ! それから方角などいちいち確認せずとも余が竜核の気配を頼りに進むことができる!」


「ならもっと早くにそうしろよ!」


「黙れ、さっさと余の後について来い! 遅れたら置いて行くからな!」


 言うが早いがハイドラは滑るように雪の上を進んで行き、あっという間にその姿は雪の中にかき消えそうになった。残された三人は慌ててその後を追いかけ、結局四人は雪の中駆け足でずっと行軍する羽目になった。


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