私のために争わないで(そんなことしてる場合じゃない)
「成る程。宝杖・天地創造を持ったアシュロンがイシルの張った結界を力ずくで破って強襲してきた後、皆殺しにしてレイア様を攫って去って行ったものの、実は生きていて記憶を取り戻したクレアちゃ……アンヌ様がイシルのことを生き返らせ、そしてさらに実は生きていたハイドラと共にここまでやって来たと、そういうわけか」
「そういうわけだ」
ハイドラの話を聞いたドットーレは実にわかりやすく今しがた起こった出来事をまとめると、うんうんと納得していた。そして首をぐるんとめぐらせて、深刻な顔を作る。
「エラい事だぞ、これは。このままいけばレイア様はまず間違いなく……」
「処刑される。絶対にな」
ドットーレが言い淀んだ言葉をイシルビュートが引き継いだ。ドットーレは顔をしかめため息をつく。
「助けに行かねばいけないが、正直言って俺たちだけで向かっても返り討ちにあうのが関の山だ……ロレンヌの手を借りるか?」
この問いかけにイシルビュートは首を横に振る。
「自国の問題は自国で解決した方がいいだろ」
「だなあ」
クレアの正体を前にたじたじとしていたドットーレだが、思った以上に深刻な事態を聞くと元の彼に戻りつつあった。腕を組み顎を撫で、「うーむ」と唸っている。
ここでロレンヌの手を借りるのは簡単だ。イシルビュートが頭を下げ、クレアが正体を明かした上で頼めばきっと騎士を派遣してくれるだろう。
だがイシルビュートとドットーレが言う通り自国の問題は自国内で解決したほうがいい。
ここで助けを借りたとあればテオドライトはロレンヌに頭が上がらなくなる。平和条約を結ぶ際、それはきっと足かせになるだろう。
クレアは小さく手を挙げた。
「あのー、私が正体を明かした上でレイアさんを助けるというのはどうでしょうか」
「信ぴょう性が無いから駄目だ」
イシルビュートはクレアの提案をバッサリと切って捨てる。歯に衣着せない言いようはクレアが王女だという事実を知っても変わらない様でクレアとしてはホッとした。ドットーレの様にかしこまられても困るし、かと言って正体を伏せておくわけにもいかない。
「アンヌ王女は表向き、病気で療養中という事になってるだろ? いきなり出て行って私が王女です、と言っても疑われて追い出されるか、アシュロンの魔の手が素早く伸びてレイア共々逆賊の謗りを受けて処刑台送りになるかのどっちかだ」
「クレアちゃ……アンヌ様」
「紛らわしいのでクレアと呼んでください。私はお師匠様につけて頂いたクレアの名前が気に入ってます」
「じゃあ、クレア様」
「いや、それはなんか違う様な……いつもの呼び方がいいです」
呼び方一つ取っても葛藤しているドットーレをクレアが説得した。ドットーレは厳しい顔に百面相を浮かべながら「だがしかし、うーむ……王族をちゃん付けで呼ぶのは如何なものか……」と苦悩しているようなので、駄目押しの一言を付け加えてみる。
「ちゃん付けの方が親しみがあっていいと思いませんか?」
「! それはつまり、この先の俺との関係を見据えて……ということか?」
「…………」
「確かにそうだな、俺は独身の侯爵家当主。共に手を取り戦った王女様と結ばれる資格は十分にある」
そしてドットーレは巨大な手のひらでクレアの手を取ると、存外に優しい力でそっと包み込み、意外につぶらな瞳でクレアを見つめる。
「わかった、クレアちゃんがそう言うならそうしよう。いずれ婚約者となり夫婦となるもの同士なんだから何ら問題ないだろうしな。あ、俺は婿養子になっても構わないし、クレアちゃんが降嫁してきても構わない。どちらにしろクレアちゃんの顔に泥を塗るような事はしないと約束する」
「おいお前、いい加減結婚の話題から離れろよ」
どんどんと話を進めるドットーレをイシルビュートの地を這うような声が遮った。ドットーレはびゅっとクレアからイシルビュートへと視線を移動させると、威嚇するように歯をむき出しにする。
「何だよ、イシル。言っておくがお前じゃクレアちゃんとは結ばれないぞ。どんだけ魔術師として偉くなろうが、平民は王族と結婚できない」
「今そんな話はしてねーだろうが!」
キレたイシルビュートがドットーレを怒鳴りつける。ここに、ふむ、と顎を撫でたハイドラが話に参加してきた。
「つまり竜族であれば問題ないと言う事だな?」
「「「はっ!?」」」
クレアとイシルビュート、ドットーレの三人の声が見事にハモった。
「小娘の魔力は竜族にとって魅力的だ。それに王族の血を引く者が余のモノとなれば……あやつの悔しがる顔が目に浮かぶわ」
あやつって誰なのだろう。聞きたいが、きっととんでもない単語が飛び出てきそうな気がしてクレアは聞くのをためらった。そしてクレアの意思を無視して三人の男たちがわあわあと言い合いを始める。
「クレアが欲しけりゃ俺を倒していけ!」
「クレアちゃんの父親はイグニウス陛下なんだから、お前の意思なんて関係ないだろ」
「決めた、小娘は余がもらうことにする」
唐突に始まったクレアをめぐる言い争いに戸惑いを禁じ得ない。しかも全員、どこからどこまで本気なのだかがわからない。
「テメェドットーレ、今日こそ叩きのめしてやる。表へ出ろ!」
「おう、望むところだ!」
「ではその隙に小娘は余がいただくとしよう」
「ちょっと待ってください、そんなことしてる場合じゃないでしょう!?」
いよいよ雲行きが怪しくなった事態を前にクレアが大声をあげる。
「レイアお姉様を助ける方法を考えないと!」
この言葉にピタリと動きを止め、一触即発状態から一転三人はストンと大人しくソファへと腰掛けた。そして何事もなかったかのように相談の続きをする。その一連の流れたるや実に鮮やかで、クレアはもはやその動きについていけない。
「処刑場には警備に騎士と魔術師が大勢詰めているはず。必要なのは武器と戦力だ。イシル、アテはあるか?」
ドットーレに問われ、イシルビュートは目をつむり暫し考え込むそぶりを見せた。
「ああ」
短く答えてから目を開くと、その場にいる全員を見回す。そして力強く請け負った。
「実は両方、アテがある」




