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余は全てを見ていた

 クレア、イシルビュート、ハイドラ、ドットーレの四人が揃った。イシルビュートは部屋に盗聴防止の極めて複雑な魔術を施すと、とりあえずハイドラの首をなんとかするようクレアに頼んだ。クレアがそれに応えるとハイドラの首はあっという間にもとどりにくっつく。


「ふむ、一瞬だな」


「高位の魔術を使ったので」


「ハイドラ、包帯は取るな。そのままにしておいてくれ」


「む、なぜだ?」


「こんな大怪我が治ったら不審に思われるだろ」


 イシルビュートの助言にハイドラは包帯を取ろうとしていた手を引っ込める。一連の流れを見ていたドットーレが目を丸くして問いかけてきた。

 

「おうおうおう、イシルよ。これはどういう状況なんだ?」


「実を言うと俺にもよくわからない」


「なんだと? 俺は昨日から何が何だかわからないままなんだが。わかってるのはレイア様がアシュロンに連れて行かれたって部分だけだ」


 まだ全貌を知らないドットーレにこの異常事態についての説明を求められたのだが、イシルビュートもクレアも一から十まで全てを説明できる自信が皆無だった。クレアは途中から意識が記憶内に引っ張られていたし、イシルビュートは途中から死んでいた。

 そんな中、自信たっぷりに声を発する人物が一人。


「余が説明しよう」


 ハイドラはつい先ほどまで即死状態の傷を負っていたにもかかわらず何事もないかのようにそう言った。

 そんなハイドラの様子にイシルビュートはとうとうスルーできずに突っ込みを入れる。

 

「色々気になる事はあるが……ハイドラ、何でお前はあの状態で生きてたんだ?」


「そうですよ。中央の首が斬られたら死ぬんじゃなかったんですか」


 するとハイドラはその絶世の美貌を歪めて実に邪悪な笑みを浮かべると言う。


「余がそう断言したことがあったか?」


 双眸を細めて見下したように言うその様は魔王と呼ぶのにふさわしい、実に悪役めいたものだ。面食らったイシルビュートが閉口しているとハイドラはクツクツと喉を震わせて笑った。「愚かな人間どもめ」とでも言い出しそうな雰囲気だった。


「愚かな人間どもめ」


 言った。


「そもそも余の弱点が中央の首にあるというのは貴様ら人間どもの妄想に過ぎない」


「何だと?」


「イシルビュート、貴様知っておるだろう。余の力の源が竜核にあるということを」


 この問いかけにイシルビュートは静かに頷いた。そしてハイドラは、包帯でぐるぐる巻きになっている自身の首元に人差し指を当てると言葉を続ける。


「竜核というのは通常、九つあるうちの中央の首に存在している。だからこの首を吹き飛ばせば竜核が壊れ、死ぬという寸法だ。だが今、余の竜核はどこぞの規格外な魔術師によって北の洞窟内に封じられておる。だから中央の首を斬ったところで他の首と何ら変わりがないのだよ」


 さらっとハイドラが告げた事実はなかなかに衝撃的だった。イシルビュートは思わず腰を浮かせ、ハイドラへと詰め寄る。


「おい……お前……」


「じゃ、私があの時九つめの首を吹っ飛ばしたとしても、ハイドラは死ななかった……?」


「そういうことだ」


 クレアの質問に鷹揚に頷くハイドラに、イシルビュートは思わず机に拳を叩きつけて怒鳴った。


「そういう事は早く言えっ!」


「手の内を全て明かすのは愚かというもの」


「焦った俺が馬鹿みたいだろうが!」


「しかしさすがに首が全て潰えれば回復に時間がかかるので、助けがあって良かったと思っている。あと中央の首が吹き飛ぶと、こうして人型になった時に不便が生じる」


 うむうむとハイドラはしきりに頷いているが、イシルビュートとしては納得がいかない。いやしかし冷静に考えれば、取り込んだ瘴気が竜核に流れているのだから竜核=本体と考えた方が自然なのかもしれない。中央の首が弱点だと思い込んでいた自分が少し恥ずかしかった。


「おかげでこうして全員が無事でいるのだから良いではないか。あの場で貴様が死んだのは驚きだったが、小娘が蘇生させたのはもっと驚きだった」


「死んだ? 蘇生?」


 一人会話に取り残され続けているドットーレは、物騒な単語を前にして眉根を深く寄せた。疑問符を浮かべるドットーレにイシルビュートは言葉を付け足した。


「そうだ。俺は一度死んで、蘇った」


「頭がおかしくなったか、イシル」


 的確なツッコミを前にして苦笑を漏らす。確かに頭がおかしくなったとしか思えない発言だ。イシルビュートはちらりとクレアに視線を送ると、クレアは静かに頷いた。


「お師匠様は頭がおかしくなんてなっていませんよ。確かにお師匠様は一度死にました。そしてそれを私が生き返らせた」


「クレアちゃんが? どうやって??」


 クエスチョンマークがどんどんと増えていくドットーレにクレアが向き直り、静かに告げる。


「それは、私が聖女の魔術の一つである死者蘇生を使ったからです。忘れていた昔の記憶を思い出しました。私の本当の名前は、アンヌ・トレビュース・テオドライト……テオドライト王国の第二王女です」


 このクレアの言葉にドットーレはゆうに三十秒は押し黙った。それから口をパクパクとさせ、人差し指でクレアを差そうとしてから左手でその指を抑え、目を左右にギョロギョロとさせて戸惑いをあらわにする。

 動揺が手に取るようにわかるドットーレは、とうとうその場に体を投げ出して平伏した。


「アンヌ王女様、生きておられましたか!!」


「ちょ、止めてください」


 床に額を擦り付けんばかりに深々と頭をさげるドットーレにクレアが立ち上がって止めさせようとする。しかしドットーレは目に涙を浮かべ、感極まった様子で大声を出し続けた。


「おぉ、病気で療養中という名目で世間の目から切り離され続けて早十二年……まさかこんな形でお目見えしようとは思いもよりませんでした!」


「いやちょっと、声が大きいですし……! 今まで通りに接してください!」


 その様子を見ていたイシルビュートはなんだか居心地が悪くなり、クレアに向けてポツリと漏らす。


「俺もかしこまった方がいいか?」


「ぜっっっったいに嫌です!」


 クレアの一言には、感情がありありとこもっていた。拳を握りしめ腹の底から声を出し、その顔には拒否感が全面に出ている。イシルビュートは「お、おう」と言い、土下座し続けるドットーレにむかって「だそうだ」と短く告げるとその無駄にでかい体を叩き起こす。

 渋々と顔を上げたドットーレはソファに浅く腰掛けると神妙な面持ちで切り出した。


「で、何がどうしてこんな事態になっているんですか?」


「いや、それが私にもよくわからなくて……」


「だから余が説明してやると言っておろう。死んだフリをして全てを見ていたのは余だけだからな」


 大きく話が逸れたものの、なんとか振り出しに戻った事によりハイドラが場を仕切り直した。

 そしてハイドラは語り出す。あの場にアシュロンが現れたことから始まる出来事を。



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