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私が聖女に向いてないと思う理由

「お、起きたか。おはよう」


 怒りの咆哮を上げたクレアの耳に聞き慣れた声が届く。横を向くとそこには椅子に座って毛布を膝にかけたイシルビュートの姿が。


「お師匠様」


「ソファで寝始めたっきり丸一日起きないもんだから心配してたんだ」


 よく見るとクレアがいるのは豪華な天蓋付きのベッドの中央だった。確かロレンヌの城で身ぎれいにしてもらってからソファに座り、ハイドラのもげた首をなんとかしようとイシルビュートたちが奮闘しているのを見ていたような気がするけれど、よく覚えていない。

 すべすべと触り心地のいいかけ布団を手に考え込んでいると、イシルビュートの手が伸びてきてクレアの頬に触れる。そのままペタペタと触られた。


「どこか痛むところはないか? 熱は? 体でおかしなところはないか?」


 クレアが首を横に振ると、ホッとしたような様子で「良かった」と言った。ベッド脇のテーブルから透明なボトルを取り上げると、中身をカップに注いでペン先でこんこんと叩く。途端にカップから湯気が立ち上った。


「目が覚めたら飲ませろって」


「ありがとうございます」


 ふうふうと息を吹きかけてから口をつける。コクリと飲むと、独特の甘みとハーブの味がして体が温まるのを感じた。横目でイシルビュートの様子を伺い見ると、クレアがカップの中身を飲み干すのをじっと見つめている。

 ゆっくりと飲み終えたところでクレアからカップを取り上げるイシルビュート。クレアはおずおずと話しかけた。


「あのー、もしかしてずっと看病しててくれたんですか?」


「ん、まあな」


「ありがとうございます……」


「気にするな」


 そうしてもう一杯、同じものを寄越してきたのでクレアは黙って受け取った。カップ越しにイシルビュートの姿を覗き見ても、いつもの師匠の姿と変わりなかった。藍色の髪、同色の瞳。手を組み足を組み、クレアをじっと観察するように視線を動かさない。

 クレアは思い切って質問する。


「あのー、お師匠様の方こそ、大丈夫ですか?」


 するとイシルビュートは肩をぐるぐる回したり、首をコキコキと鳴らしたり、両手を握って開いたりしてみせる。


「なんともない。むしろ前よりも調子がいい」


「そうでしたか」


 ホッとした。成功したと思っていたけど、そう聞くと安心する。カップの中身を啜っていると今度はイシルビュートの方から話しかけてくる。


「ロレンヌの人たちにはまだ内密にしてある。()()()()()()()


「はい」


「王女様をさらわれたもののかろうじて致命傷を避け、怪我は家にあったポーションで治した」


「はい」


 クレアはイシルビュートの言う事に頷いた。ちらりと見たイシルビュートの表情から読み取れる事は、あまりない。

 

(お師匠様は……あの魔術をどこまで理解していたんだろう)


 クレアはイシルビュートを蘇らせた事で己の寿命を削っている。それは死者蘇生の魔術陣の記述を読めば一目で理解できる事柄だ。そしてイシルビュートは暇さえあれば聖女の魔術書を読んでいたから、知っている可能性が十分にあるわけで……。


(……知られたらきっと、怒られる。そんな事するべきじゃなかったって言われる)


 カップを握る手に思わず力がこもった。たとえどれほど怒られようと、クレアにあの時の選択を後悔する気持ちは微塵もない。クレアはイシルビュートに生きていて欲しかった。たとえ自分の命を犠牲にしようとも。

 それはきっと聖女の、王女としての立場を考えると、取るべき選択ではなかったのだろうけれど……。

 眉根をきゅっと寄せ、唇を尖らせた。


(やっぱり私は聖女には向いてない……)


 レイアならば違う方法をとっただろう。親しい人の死を受け止め、乗り越え、そして前に進む。王女としてどう行動すればいいのかを常に考え実行できる人物だ。そのありようはまさしく人の上に立つ王族として相応しいもので。

 でもクレアは違う。

 アンヌだった時もクレアとして生きている時も、自分の周りにいるのはごく少数だけだった。イヴリン先生、レイア、イシルビュート。だからこそ、親しい人を失うのが怖い。笑いかけて愛情を注いでくれた人を失うことが、とても怖い。

 己の才能を、聖女としての力を自分の願望のために使ってしまう自分が聖女に向いているとは到底思えなかった。


「クレア」


 思考に沈むクレアにイシルビュートが話しかけてくる。向き合ったその瞳には怒りの色は浮かんでいない、と思う。けれどクレアのした事を全面的に肯定もしていない気がする。


「色々言いたい事はあるけど、それは後にする」


「……はい」


「連れ去られた王女様を助けに行く必要がある」


「はい」


 クレアはしっかりと返事をした。そうだ、レイアが攫われた。このままだと処刑台まっしぐらだ。ぐずぐずしている暇はないんだと、言い聞かせる。

 返事に力強さが戻ったせいか、イシルビュートが初めてにこりと笑ってくれた。クレアのよく知る笑顔だ。


「よし、いい返事だ。ひとまずハイドラの怪我を治して……それから、話し合いだな。ドットーレも待ってる。行こう」


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