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クレア、爽快に目覚める

 夢を見た。

 忘れていたことが洪水のようにクレアの中に奔流し、イメージが勝手に流れてくる。それらが夢となって押し寄せてくるのだ。

 アンヌとして生まれたクレアは三歳の時に聖女の魔術の発動に成功し、以来ほとんど外部と接触せずにひたすらに魔術の勉強をしていた。

 顔をあわせるのはイヴリン先生、そしてこっそりと会いに行っていた姉のレイア。アンヌの世界はとても狭い。


 ある日、姉のレイアが言った。「戦争に行くことになった」と。

 だからアンヌはイヴリンに頼んでこっそりと一つのプレゼントを用意した。小さな魔石が嵌った銀色のネックレスだ。


「お姉様、戦争に行くと聞きました。危ない場所だと聞きました。私、お守りを作ったんです。ネックレスなんですけど、魔石がはまっていてちゃんと役にも立つんですよっ。ぜひ持って行ってほしくて」


 ほら、とアンヌの小さな手のひらがネックレスの魔石を示す。


「この魔石には、転移の魔術陣が刻まれているんですよ」


 アンヌは自分の胸元から同じネックレスを引っ張り出す。


「私のと対になっていて、どこにいても魔力を流せば一瞬で会いに行けるんです!」


 だから、とアンヌは言った。


「お姉様、もしピンチになったら……これを使って、逃げて来てくださいね?」


 レイアはアンヌの可愛らしいお願いに苦笑を返した。


「ありがとう、アンヌ。お守り、大切にするよ」


 その顔を見て気がついた。きっとレイアは戦場で一人逃げ出すようなことはしないのだろうと。そして幼いアンヌはこうも思った。

 自分よりずっと魔術を知っていて、剣も使えるレイアお姉様。お姉様が戦場で死ぬことなんてきっとないと。



 場面は変わる……。



「……駄目です、彼は裏切っています!!」


「でも、どうして……」


「理由はわかりません。けれども彼はここに来て、確実に貴女様を殺すおつもりです。時間が惜しい、今から脱出してくださいまし!」


 イヴリン先生はアンヌに魔術をかけ、身体強化を施した。


「いいですか? 今から描く魔術陣を覚えてくださいまし。簡単な変化の魔術ですが、秘匿されているので聖女様以外は知り得ないものです。城から逃げたら、この魔術を使ってお姿を変え、そして隠れてください」


  イヴリン先生は手のひらに簡単な魔術を描き、説明してくれた。

 そして手を取られて走り出す。必死に走りながら、なぜ誰もいないのだろうと思った。

 ここは王宮で、いつもならば人がたくさんいるのに……今日に限って誰とも出会わない。


「……お急ぎと見受けますが」


「ヒィッ!!」


 背後から聞こえた静かな声に怯えたイヴリン先生は、悲鳴を漏らす。ふわり、目の前へと降り立ったのはーー緑の瞳に金の髪を持つ青年。


「ア、アシュロン様……」


「困りますね、どこへ連れていくおつもりですか」


「貴方の手が届かないところへです!」


 イヴリン先生が前に立ち、背後に庇われた。小さいアンヌはこうなってしまうと何も見えない。


「先ほど、偶然お耳にしましたわ……レイア様共々殺すおつもりでしょう」


「人聞きの悪い。第一王女殿下は自ら戦場に向かわれた」


「そうするように仕向けた癖に! レイア様の聖女の素質がないと言うのも大嘘だと、聞きましたわ。全ては貴方がたが仕組んだ罠でしたのね!」


 これを聞いたアシュロンは、クツクツと喉を震わせ笑いを漏らす。


「何が可笑しいのですか」


「いやぁ、レイア様に聖女の資格がないと聞くや否や、貶めるような発言を繰り返していた教育係の貴女があまりに滑稽だったものでね。聖女の教育係たるものが、聖女の力を見抜けたかったとは実に間抜けだ」


「……! この事は陛下のお耳に入れます。貴方の身は破滅しますわね」


「さて、それを私が許すと思うか?」


 背中に庇われている状態では何が起こっているのかわかりづらかったが、それでもアシュロンの放つただならぬ魔力と殺気を感じ取った。

 そして次の瞬間、イヴリンは石杭に貫かれ……血が飛び散った。

 崩れる女の人はこちらを見、口元が動いた。


「生きて……お逃げください……」


 隔てるものがなくなれば、アシュロンと対峙することになる。アンヌは叫んだ。


「イヴリン先生!!」


「アンヌ王女、貴様も生かしてはおかない」


 アンヌはアシュロンを見上げ、恐怖に体がこわばりそうだったけれど、それでも声を絞り出す。


「どうしてこんなひどいことをするの……!」


「どうして? 簡単なことですよ。今の王室は間違っている。正すためには一度壊す必要がある」


「壊す……?」


「そう。陛下も第一王子もレイア様もあなたも皆殺しにして、新たに私が王位に就く。そして国をあるべき姿へと導く」


 アンヌにはアシュロンの言っていることが理解できなかったが、とにかくアンヌの家族を全員殺すつもりなのだということがわかった。目の前で倒れているイヴリン先生のように。

 アンヌは震える手でぎゅっとネックレスを握りしめる。


「……させない……」


「あなたに何ができると?」


「私が、レイアお姉様を守ってみせる」


 するとアシュロンは一瞬面食らったようになり、それから大声で笑った。


「はっはっは! 面白い冗談を。レイア王女は戦場の最前線に立っている。あなたはこれから私に殺される。この状況で何ができると?」


「できる!」


 アンヌはネックレスに魔力を込め、転移の魔術を発動した。アシュロンが驚きに目を見開いていたがもう遅い。アンヌは体が浮遊し、引っ張られるのを感じる。

 お姉様の元へ行かなければ。守らないと。私が……!


 そしてクレアは目を覚ました。

 ガバッと起き上がると、確かに目覚めているのに今しがたの夢の映像の延長線上にいるかのような感覚だった。アシュロンと直接対峙した時には恐怖の感情が己を支配していたが、今は怒りが上回っていた。感情のままにクレアは叫ぶ。



「あんんんんの男、絶対に許さない!!」



 クレア=アンヌ、爽快な目覚めだった。


本日もう一話あげます

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