イシル少年の物語⑦
「魔物が来るぞ、逃げろ!」
その声に今まで粛々と歩いていた村人たちは騒然とした。もうほとんど体力も残っていないはずなのに猛然と走り、目的地としている村へと突進していく。幸い村は見える場所まで来ているので全滅は免れるだろう……おそらく。
しかし魔物の方も待ってはくれない。暮れなずむ街道に、夕日に照らされて森からガチャガチャと音を立てて出て来たのはスケルトンが五体。
「ひいいい!」
「魔物だ、魔物が来た!」
恐怖に怯えた村人たちが声を上げる。ビュートはイシルの体をグイグイと押した。
「イシル、お前、前行け。さっさと逃げろ」
「なっ……オジキはどうすんだよ」
「奴らをなるべく食い止めるよ」
さも当然のようにそう言うビュートにイシルはぎょっとした。
「だってオジキ、戦う手段なんてないだろ!?」
「なあに、こう見えても数々の死線をくぐり抜けて来た。こんな奴ら相手に引けは取らねえよ。それに俺は、死ねない体だから<・・・・・・>問題ないんだ。さあ行け、さあさあ!」
細腕からは信じられないような力でイシルのことを押すビュートによって、イシルは前のめりになった。
そうこうしているうちにスケルトンたちとの距離が縮まる。
ビュートは道端に落ちていた小石を拾ってそれをスケルトンに向かって投擲した。
ピュンっと風を切る音がして小石がスケルトンめがけて飛んで行く。寸分たがわずに髑髏の右目へ的中すると、スケルトンはよろめく。ビュートはどんどんと石を投げてはスケルトンにぶつけ、魔物の動きを封じ込めた。
「ゲゲゲゲエ!!」
ひとしきり石を投げたところでビュートは街道を外れて森に向かって走り出す。スケルトンの知能は低い。
怒りをあらわにしたスケルトンたちが標的をビュートへと変えると、後を追いすがって行った。
「オジキ!」
イシルは迷った。ビュートはイシルに、逃げろと言った。だがビュートはたった一人で武器も持っていない。対するスケルトンは五体もいるし、勝てる見込みなんてないだろう。
イシルは魔術が使える。
ビュートに禁じられて実践はたったの一回しかしたことがないけれど、それでも戦う術があるのだ。自分が行けばオジキを助けられるかもしれない。
逃げる村人たちを見れば、もう結構な距離を走っていた。このままビュートが足止めをしていればきっと村まで行き着くだろう。そうすれば安心だ。
迷いは一瞬、決断は早かった。
イシルは地を蹴り走り出す。その行き先はビュートが逃げて行った森の中だ。
先に森に入ったスケルトンの後を追い、木立へと隠れる。あまり距離をつめてこちらに矛先を向けられてはたまらない。幸いスケルトンたちは立ち止まり奇声を上げながらキョロキョロと辺りを見回していた。きっとオジキの姿を見失ったのだ。
イシルは日が沈み、暗くなって来た森の中で木の枝を一本拾う。そしてしゃがみこんで地面に魔術陣を書いた。全部で三つ。そっと木立から様子を伺いながら、左手を魔術陣に、そして右手を魔物へと向ける。
(攻撃魔術の基本、魔術陣を理解して媒介へと魔力を流し、そして矛先を敵に向けて魔術を放つ。媒介の延長戦に矢があると想像し、それらを敵へとぶつける……!)
イシルが書いた魔術陣が緑に光り、無数の風の矢が顕現する。ヒュッと音が鳴って風の刃がスケルトンめがけて殺到した。スケルトンたちが気づくより早くにその骸骨の首が飛ぶ。三体のスケルトンががしゃりと地に沈み、残る二体が異常に気がつく。
「ギギ、ギッ!?」
(よし、後二体……!)
イシルが再び木の枝を構えたその時、後ろからポンと肩に手を置かれた。驚きのあまり「うわぁ!?」と声を出すと、そこには暗くなり始めた森にビュートの青白い顔が浮かび上がっている。
「オジキ!」
「逃げろっつっただろーが、なんでここにいやがる」
「そりゃ、オジキが心配で……!」
「前みろ、来てるぞ」
イシルは慌てて前を向いた。スケルトン二体が「ギギャギャッギャア!」とけたたましい声を上げながらこちらに近づいて来ている。
「お前が大声出すから気づかれちまっただろーが」
「オジキが驚かすからだろ!?」
「ほれほれ、構えろ。ほーん、この三つを書いたのか。なかなかセンスあるな」
ビュートはイシルが描いた魔術陣を眺めながらのんびりと言う。
「よし、じゃ俺の言う通りやってみろ。まず身体強化だ」
「お、おう」
イシルは自身が書いたもう一つの魔術陣に目をやった。初級の身体強化の魔術は持続時間が一分ほどだが肉体能力が飛躍的に向上する…‥らしい。実際に使ったことはないのでわからない。
ともかくその魔術陣に手を触れ、自身にかけるよう発動する。すると光がイシルの全身を包み込み、体が軽くなるのを感じた。
「発動に成功したようだな。じゃ、次は気配遮断」
イシルはこくりと頷いた。気配を消す魔術。少し複雑なそれを発動させると自身の影が薄くなったような気がする。
「よし、成功だ。じゃ、奴らが俺に気を取られている隙に走って懐に潜り込み、あのうるせえ口を黙らせてこい!」
「おう!」
イシルは軽やかな足取りで走る。その速度は今までの比ではない。景色が流れて見える。体が軽い。速い! あっという間にスケルトンニ体に追いつくと、両腕の間に潜り込む。向こうの景色が透けて見えるスカスカの肋骨が目の前に迫り、イシルが踏ん張ってジャンプし右の拳を思い切って振り上げた。
ガツンと鈍い音がして、イシルの拳がスケルトンの下顎を捉える。そのまま振り抜くと、スケルトンの頭部はいとも簡単に首から離れて宙を飛んだ。
あと一体!
もう一体が足を止め、先ほどとは違う声で叫ぶーー地の底から這うようなその叫びにイシルの背筋が粟立ったが、ひるまなかった。拳が冷たいしゃれこうべを叩き、撃ち抜く。吹き飛んだ髑髏は地面でクルクル回転しながらしばらく叫び声をあげていたが、やがてパタリと声が途切れた。
「あ……や、やったぞ、オジキ」
肩で息をしながら振り向き、イシルが言う。ビュートはまだ周囲を警戒しながらイシルの方へと寄って来て、その頭にポンと手を置いた。
「上出来だ、実践二回目とは思えない戦いっぷりだったぞ。じゃ、仲間が来ないうちにさっさと行こう。暗くなって来たから明かりを灯してくれ」
「うん」
イシルが書いた魔術陣を足で土をかけて消すと、ビュートが先導して森の中を進む。そこまで深く潜ってはいないからすぐに出られるはずだ。
魔物に勝った、オジキを助けられたという達成感でイシルの胸の内はいっぱいだった。俺、やるじゃん。この調子だと王都でだって楽勝だ。そんなふうに思いつつ、木の枝を掲げて足元に明かりを投げかけながら歩く。
もうすぐ森を抜ける。そうしたらすぐ近くの村まで走って行って、皆の無事を確認しよう。それから商隊がくるのを待って、こっそり隠れて王都まで行って……。
ーーけど、そう現実はうまくいかなかった。




