表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/104

イシル少年の物語⑤

炎が爆ぜて、空に向けて灰が舞い踊る。


 ーーレナの母親が、死んだ。


 燃えてゆく遺体が灰となって天高くに昇るさまを見つめながら、イシルは目を細めた。

 人は死ぬと、この国の守護神である白金竜<はくきんりゅう>の元へと還っていくらしい。苦しみも悲しみもない雲の上の世界で、地上を見守るということだ。

 

「……お母さぁん…‥うぅうっ……」


 炎のそばではレナがうずくまって泣いていた。父親もその横にしゃがんで静かに涙を流している。 

 イシルはそんなレナのそばまで寄り、目線を合わせる。


「イシルぅ……」


 泣きじゃくるレナにイシルは目線をさまよわせ、少し迷ってから声をかける。


「あのさ、俺、母さんも父さんも、顔も知らねえんだ」


「…‥……」


「レナにはまだ父さんがいるだろ? だからレナは……俺よか幸せだと思うぜ」


 その言葉にレナは頷きながらも涙を流し、声を張り上げて泣いた。

 この村では人が死ぬなんて日常茶飯事だ。生きるのにこんなにも必死なのに、死ぬ時はあっという間に死ぬ。人間なんて脆弱だとイシルは思う。

 なんのために生きているのか、それすらもわからないまま……ただ、生きるために日々を過ごす。




 そんな幼い子供達のやりとりを後ろで見ながら、ビュートは泣いていた。


(辛ぇなぁ……なんでこんなにも辛ぇんだ)


 イシルはあっさりと言う。自分は母も父も知らないと。だからまだ父親がいるレナは幸せだと。

 たかが六歳の子供が言うにはあまりにも辛すぎる現実を前に、ビュートは悲しみと、無力な己への不甲斐なさに泣いた。

 この国は歪んでいる。王宮を中心に蓄えられている富は国の端へいくほどに薄れていき……辺境の村はこの有様だ。

 政治を担う国の中枢はこの現実を知りもしないだろう。たかが風邪で人が死ぬなんて。満足な食べ物すら手に入らず、いつも飢えている人間がいるなんて。魔物の襲撃さえ結界で阻めばいいなんてとんだお門違いだとビュートは思い知った。

 それは最低限の安全を保障しているかもしれないが、だからと言って人間としての生活を送れているとは言い難い。


(何も出来ない俺を恨んでくれ。イシル、俺にできるのはお前を王都へ送り込むことくらいだ。人任せなやつですまねえな……変えてくれよ、この国を。一番辛い現実を知っているお前の手で)



+++



 レナの母親が死んだ時から、イシルの魔術への打ち込みは一層激しくなった。家の中にはびっしりとビュートとイシルが書いた魔術陣でいっぱいになり、基礎は三ヶ月でマスターしてしまい、今現在は中位の魔術を教えていた。

 そんな時イシルはビュートに問いかけた。


「なあオジキ。人を癒す魔術ってないのか?」


「あるともさ」


「あるのか! 怪我とか病気とか治せるのか?」


 ビュートはこくりと頷いた。


「ああ。切り傷を癒し、折れた骨を元どおりにし、体内の病気を消し去る奇跡の魔術……覚えたいか?」


「覚えたい!」


「おーし、そうこなくちゃなぁ」

 

 張り切ってビュートは癒しの魔術なるものをイシルへと教える。しかしこの魔術、どれほど完璧に理解しようとも、何度やっても最も簡単なものすら発動ができなかった。イシルは首をかしげる。


「っ、かしいなあ……オジキ。どうやっても怪我が治らねえ」


 イシルは術を確かめるために自分の足の指にできている擦り傷をこっそりと治そうとしていたのだが、ちっともうまくいかずとうとうビュートに意見を求めた。するとビュートは言う。


「当たり前だ。癒しの魔術を使えるのは白金竜の血を引く王族の末裔、つまりこの国の聖女様だけだ」


「はぁ!?」


 イシルは思わず素っ頓狂な声をあげた。


「じゃ、俺、使えもしねえモンを一生懸命覚えてたってことか!? すげぇ無駄じゃねえかよ!」


「ハッハッハッハ! 無駄なんかじゃねえさ、イシル。この知識はいずれ役に立つと俺の本能が告げている!」


「嘘ばっかつきやがって、もうオジキの言うことなんか信じねーからな!」


「ハッハッハッハッハ!」


 怒りに任せてイシルが投げた木の枝はあっさりかわされ、家の壁の隙間に挟まった。


「くそぉ!」


「この英雄魔術師ビュート様に歯向かおうなど百年早い!」


「オジキ、魔術使えねーじゃんよ!」


「使えんが、教えられる!」


「大体なんで自分だって使えない聖女の魔術なんか知ってんだよ?」


「そりゃ、俺がその昔、聖女様と恋仲だったからに決まっておろうが」


「またくだんねー嘘つきやがって」


 もはや一周回ってイシルは呆れた。魔術を教えるビュートの話はマジでどこからどこまでが本当なのかわからない。大方、王都でなんかやらかして追い出された三流魔術師がこの村に潜んでいる、くらいが関の山だろう。きっと詐欺罪かなんかで追い出されたんだ。

 ビュートはいい奴だがこの虚言癖はいただけないとイシルは常々思っている。

 そんなイシルの思いを読み取ったのかビュートはカサカサの顔に真面目な表情を浮かべた。


「おう、イシルよ。俺はこんなんだが、お前に嘘をついたことは一度もないぞ」


「へいへい」


「よし、その証拠にいいことを教えよう。昔々あるところに、一匹の竜がおりました。その竜は口から毒を吐き出し、死を撒き散らすとして周囲の人間に恐れられておりました」


「!?」


 突如始まった昔話に、一体どう反応していいのかわからない。あまりにも話が飛びすぎている。

 しかしイシルの戸惑いなどなんのその、ビュートは淡々と話を進めていく。


「竜は瘴気のある場所を好んで住処にし、その身に瘴気を取り込みつつひっそりと暮らしておりました。しかし人間たちは竜を恐れて退治しようとしたのです。竜は恐ろしい力を秘めていましが、人間をどうこうしようとは思っていなかったのに、人間たちは勝手に竜を怖がり殺そうとしました。

 住処を燃やされた竜は怒り狂い、攻めて来た人間たちをあっという間に滅ぼしました。こうなると人間側も黙ってはいません。自分たちが殺されてはなるものかと、竜討伐にますます力を入れるようになりました。そこで魔術師がたくさんいる国に竜討伐の依頼がなされ、当時最も強い魔術師が名乗りをあげました」


 そこでビュートは身を乗り出して親指で自身を指し、片眉を上げて囁く。


「ーーこの俺だ」


 それからまた語り部の口調に戻り、話を続ける。


「魔術師は国で一番強力な杖を持ち、竜との戦いに挑みました。テオドライト王国の一番北の寒い大地での決戦は三日三晩に及び、魔術師はとうとう竜の命の源となる竜核の封印に成功しました。

 しかし、なんということでしょう!

 魔術師の持っていた杖は呪われており、竜核の封印と引き換えに魔術師は魔力を杖に奪われ、死ねない体となってしまったのです。

 魔術が使えない上に呪われた魔術師など必要ありません。英雄と呼ばれた魔術師の真実を知った王様は、城を追い出したのです。魔術師はそれでもめげずに、この国を旅して色々なことを見て回ろうと思い立ちました。

 そうこうするうちに自分の弟子が欲しくなり、古の魔女に占ってもらった結果、ある土地にとどまることにしました。

 そうして魔術師は一人の弟子を取ります。その少年は今はまだ幼く、無名ですが、いずれ歴史に名を残す素晴らしい魔術師となるでしょう。そう。英雄魔術師ビュート・アレクサンダーの一番弟子としてーー」


 語り尽くしたビュートは満足そうに頷き、膝を叩くと自身の話の余韻に浸るかのように遠い目をする。それから茶を一口すするとイシルに意見を求める。


「どうだ」


「どうだ、って言われても……」


 イシルは突然に始まり、突然に終わったこの話に反応できなかった。

 ビュートはおかしな話をたくさんするが、その中でもこれは一、二を争う出来だろう。もしかしたらこのおっさんは少し頭がおかしいのかもしれないと、イシルは空恐ろしくなった。辛い現実から逃避するために妄想に浸っている……そう考えると納得がいく。

 

「オジキ、俺……オジキにいいもんいっぱい食わせてやれるように、頑張るよ」


 育ての親の精神が少しでもまともに戻ればいいと思い、イシルはそう感想を述べた。するとそんなイシルの想いを知ってかしらずか、いつものようにビュートはいい笑顔を浮かべた。


「おうよ! 楽しみにしてるぜ!」


 イシルとビュートの秘密の勉強は続いていく。イシルは知らなかった……己の学んでいることが、魔術師養成学校の入学年齢である十二歳のレベルにすでに到達していることを。紙もペンも持たない貧しい村の少年が、英雄魔術師の手ほどきを受けて、国で最高峰の特級魔術師ですら知り得ない聖女の魔術を教わっているということを。

 イシルは何も知らない。

 自身の才能が際立っており、全く普通ではないということを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ