イシル少年の物語④
「ねえ、イシルぅ。最近、なんでずっと遊びに来ないの?」
「そうだぜ、付き合い悪いよな」
「家の中に引きこもって何してんだよ」
ある日イシルは村の同年代の子に囲まれ、問い詰められた。村に子供は少ない。正確に言えば子供はたくさん生まれるのだが、皆育つ前に死んでしまうのだ。病気だったり栄養状態が悪かったりで、五歳まで生きられる子供は少ない。だから生き延びている村の子供は皆仲良くなり、自然に集まって遊ぶようになる。
そこにイシルは、魔術を教わるようになってから参加しなくなっていた。
実践はあの日一度きりで、あとは家での座学ばかりだった。夜は魔物も出るし、魔術師養成学校に入学前の子供というのは魔術を使ってはならないために基本的に本を使って言語や陣の種類などを覚えるだけなのだとか。少々不満はあったものの、夢中になって魔術を覚え吸収していくイシルは遊びよりも魔術の勉強を優先した。最近は魔術師養成学校の試験対策として、普通の文字も教わっている。魔術陣の隣に解説で普通の文字を書くのだ。
「秘密だ、ひーみーつ!」
「えー、教えなさいよ!」
「そうだそうだ、何を隠してるんだ!」
「俺たちの間に秘密はなし、だぜ!」
「だああっ、離せよ。絶対教えねえ!」
飛びかかって来る友人たちを振り払い、イシルは言う。この中で唯一の女の子、レナは頬を膨らませてイシルのシャツを引っ張った。
「何よぉ、イシルが遊んでくれないとつまらないの!」
「お前は家の手伝いでもしてろよ」
「イシルだっていつも何も手伝いなんてしてないじゃない。ビュート爺さんばっか働いてるの知ってるのよ」
「そうだそうだ、あんなヨボヨボの爺さんばっか働かせて」
「ビュート爺さん、今にも倒れそうじゃんかよ」
レナに続いて皆がイシルのシャツを引っ張る。お古に次ぐお古で裁縫が甘くなっているシャツは、引っ張られたことで脇の縫い目がどんどん破れていく。
「ちょっ、やめろ! 引っぱんな!」
イシルの声も虚しく、シャツはビリビリビリっと音を立てて脇から腹にかけて一直線に破れた。子供達はしまったという顔をして散り散りに逃げていく。
服は貴重だ。壊れれば次いつ手に入るかわからない。
「あーっ、もう!!」
イシルは己の見るも無残な布切れになってしまった服を見つめ、怒りの声をあげながら散っていった友人を追いかける。
「こらー、お前たち! 水汲みの仕事はどうしたぁ!!」
それを見とがめた大人に拳骨を落とされ、説教をされ、皆渋々と自分の仕事へと戻っていく。仁王立ちしたその大人は険しい顔つきでイシルのことも見た。
「イシル、お前もさっさと帰れ。ビュート爺さんが家で心臓発作でも起こして倒れてたら大変だろ」
「……ヘーい」
イシルはボロボロの服を引っさげて自分の家へと帰って行った。
「ただいま」
「おう、おけーり! ってどうしたお前、服ズタズタじゃねーか」
「引っ張られて破られた」
「なにぃ?」
手渡したシャツを口をへの字に曲げて受け取ると、繕わねえといけねえな、とつぶやいている。
ところでイシルには一つずっと疑問に思っていることがあった。村人は皆ビュートのことを「ビュート爺さん」と呼ぶのだ。イシルから見るとビュートは爺さんと呼ぶにはまだ早く、せいぜいおっさんどまりである。
それをビュートと同じくらいの年齢の大人が揃いも揃って「爺さん、腰は大丈夫か」とか、「爺さん、そんなに重たいもん持ったら腕が折れるぜ」などと本気で心配そうに言うのだから不思議で仕方がない。
イシルはそんなかねてからの疑問を口にしてみる。
「なあオジキ」
「なんだ?」
「なんでオジキはみんなに爺さんって呼ばれてんだ?」
するとビュートはイシルのシャツを両手で広げて高く掲げたまま、ぐるりと首を巡らせて大真面目な顔をする。
「そりゃ、俺がもう百歳を超えるジジイだからに決まってるだろう」
「嘘つけよ!」
間髪入れずイシルがツッコミを入れた。
「どう見ても三十歳くらいだろーが!」
「ハッハッハッハ!」
何がおかしいのか、ビュートは膝を叩いて爆笑した。
百歳? 聞いてあきれる。だいたい村じゃ五十歳まで生きられれば御の字だ。そんなに生きられる人間がいれば、それはもうバケモノの類である。
こんな風にイシルが知りたいビュートの情報はわけのわからない誤魔化しによって教えてもらえないことが多い。
もういいや、オジキの年齢がいくつだろうが関係ねえや、と結論づけたイシルは話を切り替える。
「それよりオジキ、魔術教えてくれよ」
「あぁ、それもいいが、その前に大事なことがある」
「なんだよ」
「この服、隣のルイーダおばさんとこ持って行って繕ってもらってこい」
バフンとシャツを顔面に投げつけられたイシルは、上半身裸のまま破れたシャツを抱えて隣の家へといく羽目になった。
「ちわー」
「あ、イシルだ」
隣の家は先ほどのレナの家である。扉を開いて勝手に中に入ると、芋の皮をむいているレナと目があう。そばかすのあるレナは髪を二つ結びにしており、その茶色の瞳でイシルを見てきた。
「おばさんいる? さっき破られたシャツ縫って欲しいんだけど」
「あぁ……いるんだけどちょっと」
その時家の奥で呻き声がしてイシルはそっちを見る。奥では土間の上に敷かれた敷物でゴロンと寝返りを打つ姿が見えた。
「おや、イシル君かい」
「なに、おばさんどっか悪いのか?」
「大したことないよ。ちょっとした風邪さ」
おばさんは痰が絡んだ湿った咳を何度もくりかえし、イシルは顔をしかめた。
ちょっとした風邪だろうとこの村では命取りだ。何せろくな寝具も食事もないもんだから油断しているとあっという間に悪化して簡単に死ぬ。
イシルは手をぎゅっと握り歯噛みする。
(水なら魔術で綺麗なものが出せる。火も簡単に起こせるから白湯だって飲ませられるのに……そうしたら体が温まるからちょっとは楽になるはず)
イシルは顔を上げ、「なあ」と口にしたところで押し黙った。
ビュートの言葉が脳裏によぎる。
「資格無しで魔術を使ったら死刑」……でも目の前で苦しんでいる人がいるんだぞ!
「どうしたの、イシル?」
イシルが葛藤しているとレナは不思議そうにイシルを覗き込んできた。ハッとしたイシルは「なんでもねえよ、おばさん、お大事にな!」というと家を飛び出した。
なんでだよ。
六歳のイシルの胸中を、遣る瀬無さが駆け抜けた。
魔術で出した水や火をどうして使っちゃならないんだ。
森でイシルが倒した魔物の死体も、スケルトンは論外としてもレッドボアなら食料になる。貴重な肉が手に入るんだ。
だがそれを提案したらビュートは即座に「駄目だ」と否定した。
「魔術はまだ使っちゃならねえんだって。それに俺とお前の二人で魔物狩って帰ってきたら怪しまれるだろ」
なんでだよ、と思った。ビュートは徹底してイシルが魔術を使えることを隠したがる。
でも村の人間になら知られたっていいんじゃないか?
どうせ他所と関わることなんてほとんどないし、村に年に一度、結界の確認をしにくる魔術師にさえばれなければ……別にいいだろ、生きるために使える力を使うくらい……。
「おけーり、イシル。おうお前、なんで服持って帰ってきたんだよ」
「おばさん風邪ひいてんだって」
そういうとビュートは少し顔を曇らせ「そうか」と答える。
イシルはガタつく椅子に飛び乗ると、ビュートに低い声で問いかけた。
「なあ、オジキ……」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないだろ」
「どうせ、魔術で出した水と火で白湯でも飲ませてやりたいって言うんだろ。駄目だ」
「どうしてだよ!」
頭ごなしに否定されたイシルはカッとなり怒鳴り返す。もう止めることができなかった。
「水も火も食料もすげぇ大切なものなんだってことくらい、オジキにだってわかるだろ!? こんな簡単に手に入るんだったら使わなきゃもったいねえだろ!」
イシルの叫びに全く動じず、しかしビュートはため息をつく。
「なぁ、イシル。この村はどうしてこんな有様なんだと思う?」
「知らねえよ!」
「まあ落ち着いて聞け。それはな、国を治める王様が、この国の実態を知らねえからなんだ」
イシルはまだ叫んで暴れたい衝動に駆られていたが、ビュートの瞳に宿る鋭い色に押されて席に着いた。このおっさんは普段おちゃらけているくせに、真剣になると抗いがたいオーラを発してくる。
「魔術師ってのは貴族がなる職業だ。王都の中心で立派な屋敷を構えていい服着ていいもん食って暮らしてる。そういう奴は、この国の隅っこにこんな貧しい暮らしをしている人間がいるなんてことを考えもしない。いるとわかっていても自分たちに関係ないから気にもしていないんだ」
「なんだよ、その勝手な奴ら……!」
「だからお前には魔術師になってこの国を変えて欲しい」
唐突に言われた大きすぎる期待にイシルは意表を突かれる。何言ってんのかわからない。するとビュートはニカッと笑う。
「お前には才能がある。すげぇ才能だよ。この一週間で基本をマスターして弱い魔物なら的確に狩れるようになった。この分なら一年と言わず半年くらいで基礎を学びつくせるかもな。こそこそ魔術を使って村が楽になっても、どこかで綻びが生じて……バレる。そうすりゃお前も、俺も、隠していた村人たちだって死刑になる。
そんなバカバカしい結果になるよか、今を耐えて王都に行って魔術師になって、胸張って魔術を使って国を変える方がいいと思わねえか?」
ビュートの語る未来が壮大すぎてイシルは面食らった。
そんなこと考えたこともなかった。ただ、目の前にいる村のみんなを助けたいと思ってた。恐る恐るイシルは口を開く。
「……俺が偉くなったら、この村も変えられるか?」
「変えられるさ。だから今は辛抱だ。いずれ胸を張って魔術師になって、堂々とこの村を変えればいい」
「わかった」
イシルは頷く。いつか立派な魔術師になってこの村を豊かにすることを夢見て…‥そして木の枝を握る。地面にガリガリと陣を書いた。
「オジキ、さっさと魔術教えてくれよ」
「おうよ」
イシルは一心不乱に魔術を学んだ。早く、早く。一刻も早く王都に行けるようにと。




