イシル少年の物語②
イシルとビュートはむき出しの土の上に建てられた、馬小屋以下の掘っ建て小屋の中で二人、向き合って座っていた。手作りのテーブルと椅子はガッタンガッタンと揺れるし、隙間だらけの小屋の中には雨風が入り込むので半分腐りかけている。テーブルの上にはイシルが淹れたお茶が乗せられていてビュートはそれを旨そうにすすっている。イシルも飲んだ。綺麗とは言い難い水で淹れられたお茶は、水の味をごまかすためにかなり癖の強い味になっているが飲み慣れている二人にはどうということもなかった。
茶渋まみれの欠けたカップをテーブルへ置くと、よし、とビュートは話を切り出す。
「よし、じゃあ、魔術を覚えるなら今日から俺はお前の師匠だ。お師匠様と呼んでも構わないぜ!」
「ウッせーよ、鶏飼いのオジキが」
「可愛げのないガキだなぁ!」
本日もビュートは、その骸骨みたいにこけた顔に笑顔を浮かべて元気な声を張り上げた。それをイシルは冷めた目で見つめる。魔術は教えて欲しいけど、このノリにはついていけない。ビュートは年がら年中こんなノリである。このくたびれ果てたなんの希望もない、生きるだけで精一杯の村の中でよくもそんなに明るくいられるものだとイシルは内心でいっそ感心していた。
そんなイシルに構わずにビュートは話を先に進めた。
「魔術を覚える上での約束事がある。よく覚えておけ。一つ目、魔術を教わっていることを他の誰かに話さないこと」
「は? なんでだよ」
「魔術というのは王都の学校に通って、資格を取らないと使っちゃいけないモンなんだ。こんな辺鄙な場所で魔術を使える子供がいたら不自然すぎるだろうが。資格無しで魔術を使っていることが知られれば、最悪は死刑にされるぞ。よく覚えておけ」
死刑という言葉を聞いてイシルはゲェッと顔をしかめた。
「調子に乗って村のやつに魔術を披露すんなよ?」
「わかったよ」
「おし、じゃ、二つ目! 弟子は師匠の言うことを聞く事」
「はいはい」
「三つ目! 来年にはこの村を出ていけ」
「はいは……はぁ!?」
唐突の出ていけ宣言にイシルは思わず半分頷きかけていた声を張り上げる。びっくり仰天だ。
「出ていけって……どこ行けっていうんだよ」
「王都だよ」
「どこにあるかも知らねーよ!」
「まあまあ聞けよ、イシル坊やよ」
「坊やじゃねえよ!」
ビュートの軽口にいちいちイシルがツッコミを入れていると、大真面目な顔をビュートは作った。
「さっき言ったろ。魔術は王都の学校に行って資格を取らないと使っちゃならないって」
「あ、ああ」
「この一年、俺が基礎を教えてやろう。だがその先は王都へ行って学ぶ事だな。その方がお前の将来のためになる」
「はぁ……」
「王都はいいところだぞ! 道も家も綺麗だし、食材は豊富。王様の住む城の隣に魔術機関があってだな、学校もそこに付属している。魔術師になれば仕事にゃ困らんし金もたんまり入ってくる。服も買えるし靴も買える」
その話をイシルは目を丸くして聞いた。イシルの服は万年村の誰かのお下がりだし、靴は植物の柔らかい木の根を編んで作った草履だ。しょっちゅう足に怪我するし、冬場はとても寒い。
「本当か?」
「本当だ。俺は嘘をついたことがない」
「鶏の丸焼きも食えるか?」
この言葉にビュートはニカッと黄ばんだ歯を見せて笑う。
「毎日だって食えるぜ」
「行く! 俺、一年後には王都に行くぜ!」
「おう、その意気だ。この天才魔術師ビュート・アレクサンダーがお前にみっちり魔術の基礎を叩き込んでやるぜ!」
かくしてイシルは村での仕事の合間にビュートにこっそりと魔術を教わることになる。バレてはならぬという名目上、座学は家の中で教わり実践に関しては村はずれにある森の中で行うことになった。この森には獲物以上に魔物が潜んでいるために村人たちは近寄らない。
「いいか、イシル。魔術っつーのは発動するのに魔術陣ってのが必要になってくる」
ビュートは家の中の土に、そこらへんで拾った棒っきれで何かの図形を書き出した。
「まじゅつじん?」
「おうよ。これが一番簡単な火の魔術陣」
丸の中に三角が書かれ、その下にはミミズがのたくったような字が書かれていた。
「なんて書いてあんだよ」
「古代言語で『火』だ。で、こっちが水の魔術陣。こいつが風で、その隣のが雷な」
ビュートはよどみない手つきで次々と魔術陣を書き出して行った。トントンと棒切れで陣を叩き、さらに教えて行く。
「この陣を完璧に記憶して、魔力を流し込む。すると魔術が発動するというわけだ」
「なんだ簡単じゃん」
早速やろうとしたイシルをビュートは慌てて止めた。
「バカッ、こんなところで火の魔術を使ったら家が燃えちまうわ! 実践は森でやるぞ、今日は座学だ」
「ええー、つまんね」
「夜になるまで待ってろ!」
早く魔術を使いたいイシルはうずうずしながらもコクリと頷き、黙ってビュートの教えを頭に叩き込んだ。




