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イシル少年の物語①

ここからイシルビュートの少年時代の話を全八話に渡って掲載します。

思いの外長くなったので、一日二話投稿にします。


 少年の名前はイシル・ヴァンだった。

 荒地に存在するドゥーラ村に住む、身寄りのない少年イシル・ヴァン。

 ビュートと呼ばれる鶏飼いの男の元で暮らす、藍色の髪と瞳を持つ小汚くやせ細った少年。

 それが彼だった。

 六歳の時だった。ブラブラと遊びながら木の枝を拾った彼は、何の気なしにそれを振るう。するとそこから、光の筋が出てきた。何もないところから光が生まれるのが面白くて楽しくて、イシルはぶんぶんと木の枝を振り回した。そして木の枝を持ったままに一直線に家へと駆けて鶏の世話をしているビュートのところへと向かった。


「なあービュートのオジキ、聞いてくれよ! 俺が木の枝振り回すと先から光の筋が出るんだ、ほらほら」


 イシルが生み出す光の筋を、鶏に餌をやっていたビュートが中腰のままに見つめる。

 ガリガリに痩せて細り、日に焼けた浅黒い肌。太陽に当たりすぎたせいで色が抜けて白くなり、パサパサになったザンバラな髪。しかしその頬がこけた顔は意外にも整っており、三十代前半と思しき見た目は悪くない。栄養をとってきちんとした服装にすればなかなか見られる外見になるだろう。

 ビュートは口を動かして感心して息をついた。


「ほう……そりゃあ魔力が強い証拠だな」


「魔力? なんだそれ」


「魔術師が使う力の源さ」


「魔術師ってあれだろ、なんか偉そうなやつ」


「そうそう、偉そうな奴だ」


「じゃ、俺も魔術師になれんのか」


「おう、なれる」


「スゲー!」


 イシルは目を輝かせた。


「俺、特別なのか!」


 そう言うイシルに、ビュートは笑いかける。


「あぁ、特別だ! よし、この俺が魔術について教えてやろう」


 するとイシルは途端に胡散臭げな顔をした。


「オジキがぁ?」


「なんだよその顔、何か不満か?」


「だってオジキ、ただの鶏飼いじゃん。魔術なんて教えられんのかよ」


「かーっ、これだから近頃のガキは! なってねぇなぁ!!」


 膝を叩いて大げさにそう言ったビュートはイシルを手招きして自身の方へと近づかせる。そうして肩に手を回すと、ぐいっと引き寄せた。その距離、ゼロセンチ。


「近っ! 近ぇよ、なんだよ!」


「いいか、イシル。実は俺は……その昔、ものすげぇ魔術師だった」


「ハァッ!?」


「かつてこの大陸の人類の半数を死に追いやった邪竜ハイドラ、それを封印したのが他でもない、この俺だ」


「オジキ、腹減りすぎてとうとう頭がおかしくなったか」


「俺は正常だ。しかもだ。いいか、この俺の金髪を見よ。これはまぎれもなくテオドライト王国の王族の血を引く印! 俺はものすげぇ魔術師にして、王家に連なる人間だったんだなこれが。おっとこのことは秘密だぜ。誰にも言っちゃならねえ」


 イシルは自身をグイグイと羽交い締めにしながらいい笑顔を浮かべるビュートを胡乱げな顔で見つめた。

 イシルの育ての親であるビュートはあっけらかんとした性格で豪快。この貧しい村の中で笑いをもたらす太陽のような人物であるがこの話はちょっと荒唐無稽すぎた。いくらイシルが六歳だからといって騙されない。だいたいビュートの髪は日に焼けすぎていて色が抜けきっている。金髪というよりは白に近い。


「バーカ!! 王族がこんな汚ねえ村で鶏なんか飼ってるワケねぇだろ、もっとマシな嘘つけよ!」


「ハッハッハッハ!」


 一体何が面白いのかビュートはイシルの反論に腹を抱えて爆笑し、膝をバンバン打った。

 ひとしきり笑ったビュートは目尻に浮かんだ涙を拭うと、


「ま、なんにしろ魔術を覚えたかったら俺が教えてやるよ」


 とのたまう。半信半疑のイシルはしかし、魔術自体には興味があったためコクリと頷いた。


「じゃ、先に鶏の餌やり手伝ってくれや」


「えーっ」


「えー、じゃねえ」


「メンドクセーよ」


 そしてイシルはジッと鶏を見つめる。卵を産む鶏はまだ若く、毛の艶がいい。見つめ続けるイシルの口内にじゅるりとヨダレがあふれ出しお腹がグゥと鳴った。育ち盛りのイシルはありつける食料だけでは到底足りておらず、万年空腹状態である。


「なぁ、一羽食っていいか?」


「お前っ……ダメに決まってんだろ。肉にするのは、卵を産まなくなった奴だけだ」


「だってそういう鶏よりこっちの方が旨そうじゃん」


 村は貧しい。鶏の卵は貴重なタンパク源で、鶏はギリギリまで卵を産ませ、そして産まなくなってから肉にして食べる。その肉というのはそれはそれは大変なご馳走だが、イシルはこの羽毛が美しく若々しい鶏を一度でいいから食べて見たかった。

 きっとぷりぷりとした肉感で、脂がたっぷりでジューシーなんだろうな。一度でいいからそんな鶏を食べてみたい。

 イシルが獲物を狙う猟犬のような目で鶏を見つめているのを察したビュートはイシルの鼻先に鶏の餌が入った碗を突きつけた。


「いいからさっさと、餌やりする。ほれ!」


「チェッ……わかったよ」


 餌の入った碗を受け取ったイシルは適当に投げてそこらへんに撒く。ついでに自分の口にも放り込んだ。穀物の残りカスはパッサパサで、食べると気道に入って噎せ返った。

 むせながらイシルは考える。あーあ、腹が減ったなーと。


 この時のイシルは、鶏飼いのビュートが正真正銘の英雄魔術師、ビュート・アレクサンダーであるなどと露にも思っていなかったのだ。


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