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弟子を守るのは師匠の役目

衝撃展開、ご注意下さい

「死ね、イシル・ヴァン!!」


 アシュロンの号令とともに宙に浮かんだおぞましい数の石杭が振り下ろされてきた。重力魔術によって加速するそれを、全て防ぎきるのは不可能だ。

 イシルビュートはとっさの判断を迫られ、そして迷わず己にかけていた防御結界を解除した。

 どれだけイシルビュートの魔術の腕が優れ、魔力量が常人より多かろうと国宝を手にしたアシュロンを相手に全てを守りきるのは不可能だ。アシュロンの魔術師としての腕は確かであり、そこに武器の優位性を持たれれば勝ち目は薄い。唯一の希望だったクレアはなぜだか戦闘不能に陥っている。

 レイアはおそらくここで殺されることはないだろう。彼女は国を裏切った大罪人という名目で、衆目の前で処刑されるはずだ。

 ハイドラに関しては、もう既に殺されている。

 ならば守るべきは……この場においてただ一人。


 イシルビュートは持てる全ての魔力を注いでクレアを守る結界を展開した。

 己にかかる不可視の重力により膝をつくも防御結界の維持は切らさない。


 ミシミシと全身の骨が悲鳴をあげている。それでもせめて、クレアを死なせないようにイシルビュートは彼女を全力で守った。自分が死んだ後も解けない強固な結界を張る。

 後ろにいるレイアが絶叫を上げている。見ると彼女は黒い檻に囚われており、柵に手をかけそこからイシルビュートの名前を叫んでいた。

 やはり傷つけずに連行するつもりなのだな、と考える。

 

(虫の息でもなんでもいい……とにかく生きててくれ、クレア!)


 イシルビュートはさらなる結界を重ねて発動する。無傷で生かしておくのは無理だろう。けれどどれほど重症だろうと、生きていてくれさえすれば……。


 もう一時間もすれば、今日はドットーレがここへやって来る約束の時間となる。

 城へ運べば助かる見込みだってある。だからクレアだけでも生かしておきたい。

 そしてレイアを救出して欲しい。俺にはそこまで共に行くことはできないだろうがーー。


「ええい、しぶとい奴め!!」


 なおも抵抗するイシルビュートにしびれを切らしたアシュロンが、石杭をまとめて振り下ろした。空を覆う殺人道具が己に到達するのをイシルビュートはどこか他人事のように見つめる。

 自分を守ることは放棄している。

 生きるべきは自分ではなく弟子のクレアだ。

 思いの外凪いだ気持ちでいると、かつて己を守ってくれた師匠の声が脳内に響く。


『ーー弟子を守るのは、師匠の役目だ』


 あぁ、そうだなとイシルビュートは心の中で同意した。


 未来ある若者を生かすのが師匠の役割だ。師匠というのはどんな時でも弟子の前に立ち、手本を示さなければならない。

 ごめんな、と呟いた。

 この場所にこだわらず、ロレンヌの城にかくまわれていればあるいは……こんなことにはならなかったかもしれない。

 いや、そんなのはただの希望的観測だというのはわかってる。 

 もしロレンヌにイシルビュートたちが滞在していれば、罪人をかくまっているという理由でテオドライトはロレンヌに宣戦布告をして総攻撃を仕掛けていただろう。

 そうすれば被害はこんなものでは済まなかったはずだ。

 

 死ぬのがイシルビュート一人であればそこまでこだわりは持たなかった。ハイドラを巻き込んだことには申し訳なさが勝る。人間ですらないハイドラは、竜核を封じられたまま、こんなところで死ぬ羽目になった。


 様々なことに罪悪感を感じながら、それでもイシルビュートはこの絶望的な状況で祈った。

 レイアは本物の聖女だ。証明できれば処刑は免れる。

 そうすれば状況は逆転する……聖女を陥れたアシュロンはその身を破滅させるだろう。

 イシルビュートは自身が叶えたかった夢を思い描いた。

 国王にかけられている魔術が解除され、古参の貴族一派が一掃され、魔術機関に新しい風が吹き込む。

 ロレンヌと永久平和条約が結ばれ戦争が終結し、戦争の道具としか見なされていない魔術の平和的利用方法が確立する。

 貴族も平民も関係なく魔術を学び魔術師の数が増え研究が盛んになる。

 簡単な魔術は魔術師でなくとも使えるようになり、一般に広く開放された魔術陣が人々の役に立ち……乾いた大地に潤いを与え、動植物を育み、国の隅々まで整備される。

 そうなればどんなに良いか。

 幼少期の自分のような思いをする人間が一人でも減れば良い。

 戦争にも魔物にも怯えず、飢えに苦しむことがなく、皆が笑って暮らせる国に。


 だから後のことは任せた。

 至らない師匠で悪かったなと、イシルビュートはクレアを見た。その瞳は虚ろで、この場で起こっていることを映していない。自身の内面に深く沈み込んでいるその姿は一体何を思っているのか。そんな彼女にイシルビュートは師匠としての最期の言葉をかける。声は意外に明るかった。


「クレア、生き延びろよ!」


 今際の際の言葉はそれだった。

 ともあれ、生きていてくれと祈り、そしてイシルビュートは自身の全身が石杭によって貫かれるのを感じた。

 一瞬目があったクレアは金色の瞳にわずかに生気が戻り、イシルビュートを信じられないものを見るかのような目で見つめる。

 肉も骨も破られ、血が吹き出し、味わったことのない痛みに苛まれたのは一瞬で、イシルビュートの思考はあっという間に放棄された。


 そうしてすぐに意識は闇へと飲まれた。




+++




 あの男と目があった時、クレアの全身を駆け巡ったのはかつてないほどの恐怖だった。

 緑の瞳の奥に潜む冷徹さがクレアの一切の行動を奪う。

 がくりと膝をついたクレアの脳内では、今現在の様子ではなく過去の回想が駆け巡った。それも今までのようなふわふわとした夢ではなく、生々しい、まるで今ここに存在しているかのような鮮明さで。

 頭の奥で声がしてクレアの意識はそちらへと引き込まれた。


『……駄目です、彼は裏切っています!!』


『でも、どうして……』


『理由はわかりません。けれども彼はここに来て、確実に貴女様を殺すおつもりです。時間が惜しい、今から脱出してくださいまし!』


 メガネをかけた女の人は魔術をかけ、身体強化を施した。


『いいですか? 今から描く魔術陣を覚えてくださいまし。簡単な変化の魔術ですが、秘匿されているので聖女様以外は知り得ないものです。城から逃げたら、この魔術を使ってお姿を変え、そして隠れてください』


  女の人は手のひらに簡単な魔術を描き、説明してくれた。そして手を取られて走り出す。必死に走りながら、なぜ誰もいないのだろうと思った。

 ここは王宮で、いつもならば人がたくさんいるのに……今日に限って誰とも出会わない。


『……お急ぎと見受けますが』


『ヒィッ!!』


 背後から聞こえた静かな声に怯えた女の人は、悲鳴を漏らす。ふわり、目の前へと降り立ったのはーー緑の瞳に金の髪を持つ青年。


『ア、アシュロン様……』


『困りますね、どこへ連れていくおつもりですか』


『貴方の手が届かないところへです!』


 女の人が前に立ち、背後に庇われた。何も見えない。


『先ほど、偶然お耳にしましたわ……レイア様共々殺すおつもりでしょう』


『人聞きの悪い。第一王女殿下は自ら戦場に向かわれた』


『そうするように仕向けた癖に! レイア様の聖女の素質がないと言うのも大嘘だと、聞きましたわ。全ては貴方がたが仕組んだ罠でしたのね!』


 これを聞いたアシュロンは、クツクツと喉を震わせ笑いを漏らす。


『何が可笑しいのですか』


『いやぁ、レイア様に聖女の資格がないと聞くや否や、貶めるような発言を繰り返していた教育係の貴女があまりに滑稽だったものでね。聖女の教育係たるものが、聖女の力を見抜けたかったとは実に間抜けだ』


『……! この事は陛下のお耳に入れます。貴方の身は破滅しますわね』


『さて、それを私が許すと思うか?』


 背中に庇われている状態では何が起こっているのかわかりづらかったが、それでもアシュロンの放つただならぬ魔力と殺気を感じ取った。

 そして次の瞬間、女の人は石杭に貫かれ……血が飛び散った。

 崩れる女の人はこちらを見、口元が動いた。『生きて……お逃げください……』。

 隔てるものがなくなれば、アシュロンと対峙することになる。

 美麗な顔立ちはゾッとするほど無表情で、その緑色の瞳とかちあった。

 




 そうしてーークレアの耳に届いたのは、「今」の声。


「クレア、生き延びろよ!」


 聞き慣れた、力強い声にハッと意識を取り戻す。

 けれどもう遅かった。

 クレアの愛する師匠は、つい今しがた見た女の人と同じように身体中を石杭によって串刺しにされる。

 その身に一切の防御結界を張らず、ありったけの魔力でクレアのことを守る結界を張って。


「お……お師匠様!!」


 くずおれる師匠の体の先、目の前にーー緑の瞳を持った金髪の男がいる。先ほどの脳内の映像より少し老けたその男はクレアを冷徹な瞳で見つめていた。


「クレアと名乗るイシルの弟子、貴様も生かしてはおかない」


 その言葉は、かつてかけられた言葉と重なる。

 先ほどの映像のその先に発せられたものだ。






『アンヌ王女、貴様も生かしてはおかない』







 ーーーー思い出した!!!




 記憶が蘇ったのは最悪のタイミングだった。

 アシュロンの無慈悲な攻撃は、死に際にイシルビュートが張った結界を強引に突き破りクレアにも届く。

 それは心臓の下、腹部へと届いた。貫かれ穿たれ、痛みに支配される。

 戻った意識は痛みによって即座に闇へと叩き落とされそうになった。体が言うことを聞かずに勝手に前のめりに崩れていく中クレアが見たのは、血だまりに伏した師匠の姿とアシュロンの冷たい緑の瞳、そして檻に入れられ絶叫するレイアだった。


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