急転直下②
「なぜ、この場所に……!」
「王女様、下がれ!」
レイアが驚愕に目を見開いているとイシルビュートの鋭い声が飛んだ。その表情は常になく緊迫しており、いつでも戦えるように身構えている。
言われた通りにレイアが下がると、アシュロンは音もなく地面に降り立ちこちらを一瞥する。
「見つけるのに時間がかかった。ずいぶん大層な結界を張っているようだ」
「むしろ見つけられるのは想定外だったがな」
「これがあれば容易い事」
言ってアシュロンは持っている杖を見せつけるようにゆらりと揺らした。
青みを帯びた規格外の大きさの魔石が杖先に嵌った、繊細な細工が施された杖。まさか、とレイアがつぶやくとアシュロンは杖に負けず劣らずな繊細な顔立ちに勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「左様。レイア様なら見たこともおありでしょう。国宝、天地創造……絶大なる力を持つ宝杖ですよ」
「なぜ貴様がそれを持っている!」
「貴女を捕らえるために陛下が携行を許可して下さいました」
レイアはぎりりと奥歯を噛み締めた。
「携行を許可した……? 大嘘だな、貴様が父を操っているのは知っている。ずっと昔から精神操作をしているだろう!」
「面白いご冗談を」
レイアの叫びをまるで意に介せずにそう受け流したアシュロンは実に優雅な所作で杖を握り直し、こちらの戦力を確かめるように眺めた。
ーーと、レイアの隣、イシルビュートに守られるように背後に控えていたクレアが突如がくりと膝をつく。
それはいつものクレアの姿からはおおよそ遠い。金目が大きく見開かれ、額に脂汗を浮かべ、全身が細かく震えている。
「どうした、クレア!?」
「……こ、怖い、この人……嫌だ……」
クレアの発言がレイアにはにわかには信じられなかった。
沼地でハイドラと対峙した時や、魔術書を盗むため城にいる時ですら全く恐れを見せなかった彼女が今、まぎれもなくアシュロンに対して恐怖心を抱いている。
それほど彼の持つ杖が強大な力を持っているということなのか。しかしクレアの様子を見る限り、どうもアシュロン本人を恐れているように見える。一体なぜだ?
尋常でない様子のクレアをアシュロンが一瞥し、「クレア?」と眉をひそめる。
「その名前のメイドは殺したはずだが」
「残念ながら、生きていたんだよ。俺の弟子がお前の配下のたかが上級魔術師なんぞに負けるわけがないだろうが」
「ほう? その割に彼女は気圧されているようだ」
「…………」
イシルビュートは何も言わずちらりと後ろにいるクレアを見る。両手で震える体を抱きしめている彼女は浅い呼吸を繰り返していて、明らかに錯乱している。ちっと短く舌打ちをしたイシルビュートは次の瞬間、なんの予備動作もなく転移の魔術陣を発動した。
「おっと、そう来ると思っていたよ」
しかしイシルビュートの転移魔術陣は完璧に作動することなく途中で立ち消える。
「!? ……結界か!」
「その通り。この場所には今、外部へ干渉する一切の魔術を断つ結界を張っている」
一体いつの間にそんなものを張ったのか。全く気がつかなかったのはイシルビュートとて同じだろう。そんな二人の焦った様子をさも愉快そうに眺めていたアシュロンは種明かしをする。
「ここに飛んできた時についでに。気がつかなかったかい? 天地創造の持つ威力は絶大でね、結界の張替えも思いのままさ。イシル、君が張った結界は今、つい先ほど私が張ったものに完全に置き換わっている。転移での脱出も、飛行での脱走も不可能だ。逃げたければ私を倒すしかない」
「ならそうしてやるよ!!」
イシルビュートの声に呼応するかのように、アシュロンの足元の大地が急速に冷えて氷がまとわりつく。しかしそれはほんのかかとに達するか達しないかのあたりで砕け散りった。
イシルビュートは連撃する。
アシュロンの頭上で空間が渦を巻いた。そこから出現したのは巨大な氷の塊でーー一つ一つがドットーレほどの大きさがある。凄まじい速度で氷塊がアシュロンに向かって飛んで行くも、それもやはりアシュロンの結界に阻まれた。
かと思えば炎の大蛇が現れ、うねりをあげて弾かれた氷塊に突撃した。相殺効果で霧が発生しあたりが何も見えなくなる。視界を奪われた状態で今度は雷鳴が轟きーー激しい光と轟音が轟いた。
「ーー何も効かねえな」
「君がどれほどの技術を有していようが媒介は所詮ただの木の枝。国宝を同列に語ってもらっては困る。それより驚いたよ。よもや君が魔術書なしでここまでの魔術を使えるとは思わなかった」
全ての攻撃を弾いて見せたアシュロンはその場に佇みまるで何事もなかったかのように柔和に微笑む。その瞳に一縷の冷徹さを見て取ったレイアは戦慄した。
この男は自分たちを逃す気はさらさらない。
「いつからだ?」
「ずっとだよ。魔術師養成学校にいた時からだ」
「気がつかなかったとは不覚だ。道理ですべて取り上げ、王都から放り出しても生きているはずだ」
アシュロンは嘆息し、首を左右に振る。
「さて、気は済んだか? ではせっかく久しぶりに会ったことだし、少し昔話といこうではないか。イシル・ヴァン」
「あぁん?」
イシルビュートは視線をアシュロンに固定したまま、非常に不機嫌そうな声を出す。とはいえ膠着状態だ。この状態でレイアが切りかかったところであの強固な結界に弾かれてしまうのは目に見えていた。アシュロンが本気を出せばーーこちらの首は簡単に吹き飛ぶ。
残る戦力はハイドラとクレアだが、ハイドラはまだ家の中で寝こけている頃だろうしクレアは後ろでガタガタと全身を震わせており、戦えそうにない。
なんとか二人が戦えるようになるまで間を持たせる必要があり、アシュロンのいう昔話というのはそれにうってつけだった。
イシルビュートもレイアと同じことを考えたのか、気は抜かないままに黙って先を促す。
その様子に満足そうに喉の奥を鳴らしたアシュロンは話を切り出した。
「私は君がなぜビュートの名前に固執しているのかまでは掴めなかったが、苗字の方に関しては今日、ここに来た時に確信したのだよ」
そうして杖先で、荒れた大地をコツンと一度叩く。
「……ここにはかつて、ドゥーラという名前の街が栄えていた。そうだろう?」




