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急転直下①

 荒れた土地に剣がぶつかり合う音が響く。時に低く、時に高い音に混じって石を踏み足を踏ん張る鈍い音。砂利が舞い上がり、土が跳ねた。


「ーーはぁっ!!」


 一気阿成の連撃を放ったレイアは短い気合の声とともに体をぐるりと回転させ、剣を振り抜いた。その刃はピタリと相手の首筋へと迫り、寸前でピタリと止まる。

 首筋をつうと汗が落ち、喉仏が上下に動いた。


「ま、参った」


 その声にニヤリと口角を上げるとレイアは剣を下げ、鞘へと収める。ショートカットの金髪をかきあげると右手を対戦相手へ差し伸べ握手を求めた。


「いい剣筋だったよ、ヘンリー殿」


「いやぁ、あなたに比べればまだまだです」


 ロレンヌ王国第二王子ヘンリーはレイアの手を握り返し、ヘラっと笑顔を浮かべながら言った。その顔は以前にあった時に比べると少し引き締まっていて、弱気そう、自身のなさそうな卑屈っぽい表情は無い。最近剣を握り出したというヘンリーの手は剣ダコができており、真っ赤な手のひらはざらついていた。

 気絶するように眠りにつき、丸一日経ってから目覚めた。久々の睡眠でスッキリしたところに冷水で洗顔し、さらに覚醒した頭で「さあ、今日からまた浄化の魔術陣を覚えなければ」とリビングへと行ったところイシルビュートに「今日はヘンリーの剣の稽古を見てやってくれ」と言われ今に至る。


「気を遣ってくれたのだろうな」


「ん、どうしました?」


 ポツリとつぶやいた独り言はバッチリヘンリーに聞かれていた。苦笑まじりにレイアは言う。


「いや、最近行き詰まってたから。イシルビュート殿は私に息抜きの機会をくれたのだろう」


「あぁ、なるほど」


 ヘンリーは納得したように深く頷いた。


「聖女として一日でも早く魔術を会得し、沼地の瘴気を浄化しなくてはと力んでいた」


 その結果が四徹での魔術陣書き取り訓練だった。クレアは度々休息を促してくれたが、イシルビュートは好きにやらせるスタンスらしくただただ黙って見守っていた。と思えば魔術陣の記述に乱れがあると訂正を入れてくるので、なかなか油断ならない。


「そんなに難しいのですか、浄化の魔術というのは」


「難しい」


 即答した。肉体を癒すタイプの魔術と異なり広範囲にわたる瘴気を浄化するというのは骨の折れる作業だ。小難しい文章がずらずらと並び、同時に図象<ずしょう>がこれでもかと描かれている。読み解くのに苦労したそれを理解するのはさらに難しい。


「だが、もう少しだと思うんだ。もう少しで全て分かる気がする……」


 四日間昼と夜を徹して書き続けたことでおおよその内容は頭に叩き込めた。あとはさらなる理解を深め、そして実際に試してみるだけだ。


「この後、私は浄化の魔術を実際に使ってみようと思う。ヘンリー殿も立ち会いになるか?」


「いいえ。残念だけど」


 ヘンリーは首を横に振る。


「国に帰って会議があるんだ。国の西で大規模な魔物の群れが現れて対応しなければならなくてね」


「そうか。……ロレンヌは良い国だな。きちんと国の端々の問題まで解決しようと努める」


「テオドライトでは違うのかい」


 レイアは首を左右に振る。


「王都付近の中心の守りは固い。けれど辺境に目を向けると、民は貧困と飢饉に喘いでいる。魔術結界が張られているからたいていの街は魔物の脅威に晒されることはないが、一歩そこから出るとたちまち魔物に襲われる。領地を治める貴族の方針によって対応は異なるが、大方が平民をないがしろにしている」


「それが民を守るべき貴族のあり方とは思えない」


「私もそう思っている。しかし国の中心部は貴族至上主義の連中で固められているんだ」


「早く貴女の力が認められ、政治の場で発言できるようになるといいな」


「ああ」


 レイアは希望に満ちた目を淀んだ紫色の空へと向けた。


「そうなるように、努力するよ」


 二人並んで荒野を歩くと前方にすっかり住み慣れた一軒の家が見える。居候の身であるレイアはハイドラのように傲慢な態度ではないので、少々の申し訳なさを感じていた。

 特にクレアとは同室を余儀なくされているので、彼女とて大小なりの窮屈さを感じていることだろう。そう伝えてみたところ、クレアは目をパチクリさせた後「全然! だってお城でもリリーと同室で過ごしてましたし!」と言っていた。

 レイアは苦笑する。

 正直でまっすぐなクレアを見ていると、妹のことを思い出す……皆に大切に愛されて育てられた彼女も純粋な性格をしていた。

 そして次の瞬間に脳裏に浮かんだのは、今際の際のアンヌの姿だった。

 血に塗れていた。

 レイアが受けるはずだった攻撃を全て受け、振り向いた彼女は笑っていた。

 「生きてください、お姉様」と言って……その小さな体がくずおれたのだ。


「どうしたんですか、レイア殿?」


「少し、妹のことを思い出して」


 知らず胸元のネックレスを握りしめていたレイアにヘンリーが話しかけ、そう答える。


「良い妹だったんだよ」


 その言葉だけで伝わったようで、ヘンリーは静かに頭を下げた。そしてわざと明るめの声を出し話を変える。


「さ、荒野の魔術師殿にお願いして転移魔術を発動してもらわないと!」


 扉を開くとそこにはイシルビュートとクレアとハイドラがいて、転移魔術の発動にイシルビュートは快諾する。

 こんな瘴気に淀んだ沼地のすぐそばに建つ、小さな家だというのにそこには安心する空間が広がっていた。

 自分を信じてくれる仲間がいる。

 自分を蔑んだり、見下したりせず、聖女としてのレイアの能力を開花させ……そしてその力がさらなる高みに昇るよう共に力を尽くしてくれている。

 応えなければならない。

 この人たちのためにも、テオドライトのいびつな王宮内の権力構造を正し、国を真に豊かで平和に導くためにも。


「ではレイア殿、次の手合わせの時までにもっと強くなっているよう、鍛えておきます!」


「ああ。次はぜひ聖女の魔術も見て行ってくれ」


 笑顔で手を振り転移陣の中に消えて行ったヘンリーを見届ける。


「じゃ、浄化の魔術の勉強の続きやるか」


「ああ。もう少しで理解できそうなんだ」


「今日はドットーレも来る予定だから、進捗の確認もしよう」


「久しぶりですねえ、ドットーレさん」


「あいつも何かと忙しいみたいだからな」


 イシルビュートの声かけにクレアが反応し、三人で家へと入ろうとしたーーその時だった。


「ーーあぁ、よもやこんなところに隠れていたとは。気がつかなかったのは一生の不覚だよ」


 この場所で絶対に聞くことのないはずの声が空から降ってきて、レイアの全身の血が凍りつく。

 

 見上げるとそこには、アシュロン・ベルモンゾが空中に静かに佇んでいた。


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