まどろみに見る夢
テオドライト王城の王族居住区域、そこには隠された「聖女の部屋」が存在する。
入室できるのは聖女本人か教育係のみ。魔術陣に血を流し込むことで扉が開く、特殊な部屋だ。
四歳のアンヌ・トレビュース・テオドライトはこの日聖女の魔術書の中で最後のページに記された魔術陣を必死になって解読しようとしていた。
「あらあら、アンヌ様は死者蘇生の魔術に興味がおありで?」
「イヴリン先生」
教育係のイヴリンに声をかけられアンヌは顔を上げる。イヴリンはにこりと柔和な笑みを浮かべ、魔術陣に指を滑らせた。
「死者蘇生は……聖女様がお使いになる魔術の中でも最難関と呼ばれるものですよ」
「それでも使えるようになりたいんです」
「アンヌ様は、誰を生き返らせたいのでしょう?」
問われてアンヌは顔をうつむかせ、魔術陣に視線を落とす。勉強を始めたばかりのアンヌにはその陣に記述された文字を解読するのすらままならず、書き写した翻訳文は意味を成していない。
ポツリと、とても小さな声で言った。
「……お母様」
「まぁ……」
アンヌは思う。
姉のレイアがあれほどまでに父に嫌われているのは、母がいないせいだからじゃないかと。聞いたことがあったのだ。レイアに聖女の力がないとわかり、母は体調が悪いにも関わらずにアンヌを身ごもり、そして出産と同時に命を落としたと。
レイアに聖女の力があればアンヌを産むことなく、母はまだ生きていたのではないかと。
王宮ではそんな噂があることをアンヌは知っていた。
だから母さえ生き返れば父はレイアも愛してくれるのではないかと。
そんな心中を察したのかイヴリンは努めて優しい声でアンヌへ言い聞かせた。
「アンヌ様、死者蘇生の魔術というのはとても奥が深く、魔術の深淵に触れるものです。同時に非常に危険もはらんでおります」
「きけん?」
「ええ」
イヴリンは魔術陣の一文を指差し言った。
「この一文にはこう書いてあります。死者蘇生は術者の魔力と聖力、そして命を代償に発動すると」
「……?」
意味がわからずにアンヌが首をこてんとかしげるとイヴリンは補足をした。
「つまりですね、死者蘇生の魔術を使おうとすると、使用者の寿命が削れるということなんですよ」
「じゅみょう?」
「長生きできなくなる、という意味です」
「ふぅん……」
「死者蘇生は全ての人が夢見る奇跡の力……ですが、そうおいそれと使っていい魔術ではありません。昔の文献を読むと死者蘇生を使うことができるのは気が遠くなるほどの研鑽を積んだほんの一握りのお方のみで、しかも当の聖女様は術の使用後五年、長くても十年のうちに亡くなられてしまうということです」
「つまり、私には使えないの?」
「アンヌ様は非常に才能に恵まれておられます。きっと死者蘇生を会得するまでに至るでしょう。けれども同時に、この国でただ一人の聖女様……アンヌ様の命を投げ打ってまで、救っていい命などあるはずがございません。お母君もそのようなことは望んでいないと思いますよ」
「お母様、いやがる?」
「ええ、きっと」
残念ですがハイリーン様はもう、この世を去った人物なのですから。
そうイヴリンは付け加えた。
イヴリンの話は難しく、アンヌには半分くらいしか理解できなかったけれど、それでもアンヌが死者蘇生の魔術を使って母を蘇らせるのは良い事ではないらしいというのはわかった。
アンヌは魔術陣に視線を落とす。
そっかぁ。私にお母様は……生き返らせられないのかぁ。
内心で肩を落とした。
それは子供ゆえの純粋な気持ちで、アンヌとしてはただただ母が蘇れば父が喜んできっと姉への対応も良くなるだろうと期待しただけだ。
一国の姫とはいえ、家族と仲良くしたい気持ちは他の者と変わらない。生まれた時から家族の気持ちはバラバラで、父の補佐を勤め、無関係を装い続ける兄と執拗に冷遇される姉、そして聖女であるがゆえに異様に溺愛され持ち上げられる己。
こんないびつな関係にあって、アンヌは一度でいいから家族で暖炉を囲って笑い合いたい、という夢を密かに持っていた。
このまじゅつを使えば、それが叶うと思ったのになぁ。
なかなかうまくいかないらしい。
「さあさ、アンヌ様。それより本日は前回の続きをいたしましょう。翻訳本の三十ページを開いてくださいましね」
この話はこれでおしまい、とばかりにイヴリンは話題を変えた。
アンヌはもう一度だけちらりと死者蘇生の魔術に視線を走らせると、それに素直に従った。




