天地創造
「天地創造を?」
「はい。国の重罪人を捕縛するために是非とも携行許可を頂けないでしょうか」
アシュロンは王の執務室にて跪き、天地創造の携行許可を願う。王は濁った瞳にてアシュロンを見下ろしていたが、ややあってから鷹揚に頷いた。
「よかろう」
そして一枚の書類を書き記すとアシュロンを手招きして側へと寄らせ、渡す。
「宝物庫にいる衛兵へと見せよ。儂の直筆の携行許可証だ、すぐに通してもらえるだろう」
「ありがたきご配慮、痛み入ります」
「一刻も早くに賊を捉えよ」
「は」
一礼したアシュロンはそのまま執務室を退出し、宝物庫へと向かった。
全く扱いやすい国王だ。長きに渡り精神操作を受けている王はすでに操り人形にすぎず、こうして許可を求めるのも表面上だけのやり取りだ。
全てがアシュロンの手の上で踊らされていることにも気がつかず、実の娘に聖女の力がないと信じきり、憎しみのみを一心に注いで捕らえるために国宝の携行すら簡単に許可する。滑稽なことだ、と思った。
若かりし頃の「国を変える」と勢い込んでいた国王の姿はそこにはいない。平民の意見に耳を傾け、身分差なく魔術を学べる国にし、そしてロレンヌとの永久平和条約を結ぶと朗々たる声で未来を語っていたイグニウスは死んだ。その高潔な魂は王妃ハイリーンとともに王家の墓陵<ぼりょう>で眠っている。
今玉座に座るのは、古参貴族の言うがままに政治を進める傀儡<かいらい>だ。
現王室の信頼は地に潰えた。時代は新しくしなくてはならない。
ロレンヌの土地を丸ごと飲み込み、テオドライトに富をもたらさなくては。
ーーそれが、王家の血を引く己に課せられた使命であるとアシュロンは強く胸に刻み込む。
宝物庫についた。
衛兵は突然現れたアシュロンに少々驚きながらもお辞儀をし、挨拶をする。
「これはこれはアシュロン様」
「本日はいかなご用でここまでお越しに?」
「陛下より許可証を頂いた。通せ」
「これは……天地創造の許可証?」
静かに頷くアシュロンに、衛兵たちはにわかには信じられないような顔をしている。
無理もないな、とアシュロンは内心思った。
天地創造は国に数ある杖の中でも最上位のもので、今では儀式に使用されることはあれど実際に魔術師が手に取り魔術を行使することはほとんどない。
その携行許可証を持って現れたのあれば驚くのは当然で、アシュロンは衛兵たちが動揺しつつもその王のサインが本物であることを確認し、宝物庫の封印を解くのを黙って見守っていた。
開いた扉の先に金色に輝くまばゆい円形の部屋が広がり、そこをアシュロンは衛兵について歩んで行く。真紅のビロードの台座に収まる杖の前で立ち止まった衛兵は、そこに張られている結界をも解除する。
「どうぞ、アシュロン様」
衛兵に左右に道を開けられたアシュロンはその杖と対峙した。それは繊細な装飾の施された、アシュロンを持ってしても今まで見たことのない美しい杖だった。白く透き通り、中心にいくほどに青みを帯びた極めて純度の高い魔石は男性の拳ほどの大きさもある。
通常の杖に使われる魔石が五センチほどであることを考えると、これは破格の大きさだ。
しかも魔石はそれ一つではなく、中心の特大魔石を囲むように通常サイズのものがいくつも嵌っていた。
思わず生唾を飲み込み、杖へと一歩近づき手を伸ばす。冷たい感触が手に伝わってきて、台座からぐいと引き抜いた。
ずしりと重いそれを手に取るとーーアシュロンは右手を通してその杖の絶大な力が伝わってくるのを感じた。
伝説の杖、天地創造。
これさえあれば恐れるものなど何もないだろう。どんな相手だろうが蹴散らし、蹂躙し、そして意のままに操ることができる。ーー今まで以上に。
国宝を目の当たりにして恐れおののく衛兵たちを一顧だにせずアシュロンは用済みとなった宝物庫を後にした。まっすぐ階上へと向かい、庭から飛行魔術で高く飛ぶ。城で最も高い尖塔の上へと着地したアシュロンは、風が強く吹き小さく不安定な足場にもかかわらずに魔術書を取り出して静かにページをめくった。
白い指が一つの魔術陣の上で止まる。そして何千何百とそうしたように魔術を発動した。
ーー広範囲探知魔術!
本に記述された魔術陣が浮かび上がり、突き上げた杖先から魔術の光が迸る。
探したい相手の魔力の気配を頼りに探知をする魔術。それはいつもアシュロンが使用する魔術であるが、今回はその威力が段違いだった。天へと高く昇った光、流れ込む映像。
凄まじい高威力の探知魔術が展開しているのを否が応でも感じることができた。
そしてこの二ヶ月、何度やろうがかすりさえしなかった魔術の波動を捕らえる。
目を閉じ、その方角を確認するべく集中する。
「ここより東……国の国境よりさらに外。沼地のほど近く……あぁ」
わかる。
今まで全く手がかりがなかったレイアの居場所が。そしてその近くには懐かしく、憎たらしい魔力の気配も感じることができた。
アシュロンは翠の瞳を開くと、ふわりと飛行魔術にて空へと浮いた。
味方は必要ない。
この杖を手にした今、何人が束になろうがアシュロンに敵うはずがない。
「待っていろ、レイア王女。そしてイシル・ヴァン」
今度こそ邪魔されないよう、貴様の息の根を止めてやるとアシュロンは考えながら、瘴気のはびこる沼地のほど近く、草木の生えぬ荒野へ向けて空を疾駆した。




