アシュロンの画策
テオドライト王国王立魔術機関の会議室内では議論が紛糾していた。
議題は先般取り逃がした重要犯罪人三名について。すなわち第一王女レイア・トレビュース・テオドライトと特級魔術師ドットーレ・オズボーン、そしてレイア付きのメイドリリー・ブラウンに関してだ。
長方形の机には最奥に総監が座り、両脇には副官五名が腰掛けている。
だん、と拳を机に叩きつけ副官の一人が怒りもあらわに叫び散らした。
「これほどの人数で包囲しておきながら罪人を取り逃すなど、前代未聞のことですぞっ! 一体あの乱入者は何者なんだ!?」
肩をいからせるこの魔術師の言葉に一同は同意し、推測を口にし始める。
「魔術機関に登録している魔術師の中に、魔術書なしに高位魔術を行使できる者はいないはず」
「潜りの魔術師の仕業か……?」
「そもそも魔術書なしにあれほど高度な魔術を連発できるのは人間業ではない」
「この二ヶ月、総出を挙げての捜査にもかかわらず三人の行方はまだわかっていない」
「どこにいるのは定かではないが、おそらく非常に高度な結界を張っているのだろう」
「ふむ……」
「式典は人目が多くあった。罪人の捕縛失敗及び逃走を許してしまったのは空前のミス! このままではテオドライトが誇る魔術機関の名折れっ! アシュロン殿はこの事態、どう思っておいでで!?」
最初に発言した魔術師は息を荒げながら自身の向かいに座るアシュロンへと問いかけた。
机の上で手を組み、静かに議論に耳を傾けていたアシュロンはゆっくりと口を開く。その目は問いかけてきた魔術師ではなく、奥に座する総督へと向けられた。
「……総督」
「なんだね」
深いしわがれ声を持つ老人の総督はアシュロンの声かけに言葉短く反応した。
「私はあの魔術師の身のこなしに覚えがあります」
「ほう」
「あれは十二年前に追放した……イシルビュートと名乗る不届きな魔術師の動きに似ていました」
アシュロンがそう発言した瞬間、場はどよめきに包まれる。
「イシル……あの、平民の癖にビュートを名乗る小生意気な魔術師か……?」
「しかし奴は杖もローブも魔術書も取り上げられた状態で王都から放り出された。生きているとは思えない」
「いや、もし最初から魔術書なしで魔術を使えたのだとしたら生きていたとしてもおかしくないだろう」
「であれば魔術機関に在籍していた時はそのことを隠していたということか?」
「ええい、御託など要らぬ!」
怒り心頭の魔術師は苛立ちもあらわに議論を一蹴した。
「仮にイシルビュートの仕業として、王太子妃様に毒を持った重罪人を逃す手助けをするとはもはや国家反逆罪! 見つけ次第死刑に処する必要がある!」
「その通り」
アシュロンはこの言葉を即座に肯定した。
「そもそも十二年前に殺しておけばよかった。この私としたことが、追放刑などと遠回りなことをしたのが間違いだったのだ」
「ではどうするつもりで!?」
この言葉にアシュロンはすっと目を瞑り、そして次に開いた時にはその翠の瞳に確固たる決意をたぎらせた。
「このまま捜索したところで見つからない。より強力な手立てを講じるべきだと私は思う。そう、必要なのは強力な杖だ。
ーー宝杖、天地創造の携行許可を陛下に頂く」
「天地創造を!?」
再び会議室がざわめいた。
天地創造はこの国が持つ最高級の杖で嵌っている魔石は純度の非常に高い大振りのもの、魔術の力を何十倍にも引き上げる凄まじい杖だ。
テオドライト王国建国時に初代国王となった魔術師がその杖の一振りで山を作り、ふた振りで乾いた大地に雨を降らせて湖を作ったという逸話が残るほど常識外れの力を持った杖は今や国の宝として宝物庫に納められている。
「そう。国を揺るがす重罪人を探すためならば陛下も携行をお許しくださるだろう」
「しかしそれは……あまりにもやり過ぎというものでは」
言外に、たかが犯人探しのためにそのような杖を持ち出すなど恐れ多いと言い出す。アシュロンは滔々と説き伏せた。
「やり過ぎ? 私はそうは思わないが。ここで犯人たちを捕らえられないとあれば文字通り我々の面目は丸つぶれ、魔術機関の魔術師たちへの信頼は地に堕ち、近く副官の交代を迫られることになる。
更に言えば、逃した輩が何か仕掛けてくるかもわからない……ただでさえ今はロレンヌとの戦に備える時、内乱の目は早めに摘み取っておかなければ」
「成る程、アシュロンの言う通り」
アシュロンの言葉に真っ先に同意を示したのは総督だった、深く頷き、そのたるんだまぶたで半分塞がった目でしっかりとアシュロンと目を合わせる。
「では陛下への許可、頼まれてくれるか」
「勿論です。その後に関しても万事お任せください」
「いつもすまないな、期待しているぞ」
会議が終わりとなり総督が席を立った。副官五人もやれやれとばかりに己の仕事へと戻るべく立ち上がった。
「アシュロン殿!」
終始怒り心頭であった魔術師が、早速王城へ向かおうとしていたアシュロンを呼び止める。
「何か?」
「いやぁ、全く大変ですな。ロレンヌとの戦も控えておりながら反乱因子を潰す必要もあるなどと」
鼻息も荒く言い、杖でコツコツとマホガニー製の床を叩く。
「全く、オズボーン侯爵がよもやアシュロン殿に楯突くとは……! 由緒ただしき家柄の魔術師の振る舞いとは到底思えない。どうかしている」
「実は私は前々から彼にことを疑っていたけれどね」
「ほう?」
「だからこそ、副官に彼を据えると言う総督の意見に反対し続けた」
「成る程。こうなることは予測済みだったと」
「なかなか尻尾を出さないから捕らえるのに時間がかかった。オズボーン侯爵と繋がりがある国内の魔術師の炙り出しも進めなければ」
「内乱の芽は徹底的に刈らなければ、ですな!」
「その通り。我々は一丸となってロレンヌとの戦いに挑まなくてはならない」
「いやぁ、かの国が我々の領土となる日が待ち遠しい。領地配分に関しては、陛下にご配慮くださるよう進言してくださるのでしょうな?」
「それは勿論」
アシュロンはその顔に柔和な微笑みを浮かべ、金の髪を人差し指で弾く。
「陛下にはよくよくお伝えしておきます。我々魔術師が、その働きに見合った報酬を頂けるように」
「その言葉を聞けてホッとしておりますぞ。実を言うと最近、我が領地からの魔石の産出量が減っており……税収が少々厳しいのです。ロレンヌの大地が手にはいれば僥倖、領民も喜ぶでしょうぞ」
はっはっは! と笑う魔術師に薄く微笑むと「では」と言い残してアシュロンは王宮へと向かった。
ーーどいつもこいつも、全く扱いやすい。
利益をちらつかせ、身の安全を保障すればすぐに戦争へと飛びつく。魔術師の仕事は後方での大規模殲滅魔術陣の展開なので、騎士がメインのロレンヌとの戦争においてそこまで魔術師が危険に晒されることはなかった。
安全な場所から前衛を任せている雑兵と共に魔術にて敵を蹴散らすだけの仕事だ。
次の戦争ではテオドライトが完全なる勝利を収めるだろう。
その前に国内の不穏な因子をさっさと取り除いておかなければ。
アシュロンは手近な窓を開けてバルコニーへと出ると、魔術機関のすぐ隣にそびえる王宮へと向かって飛行魔術を展開する。ふわりと浮き上がったアシュロンはきらめく金髪をなびかせながら、通い慣れた王宮へと向かった。




