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束の間の平和②

「時代によっては聖女が五人も十人もいる時がある。そういう場合、複数人の聖女が同時にこの浄化の魔術陣を発動して、沼地一帯の瘴気を消すことが可能だろうな。けど、今はレイア一人しかいない。一人で沼地の瘴気全てを消したい場合、一等級の魔石が嵌った杖が必要になる」


「手に入りますか?」


「難しいな……」


 イシルビュートはしかめっ面をしたまま素直に答えた。


「テオドライトで産出される魔石は流通が国によって管理されている。王宮には照明一つとっても大量に魔石が使われていただろ? でもあれは例外で、平民は明かりをとるのに蝋燭を使う。そもそも魔石に魔術を流せる人間が限られているから」


「このブレスレットはどうやって手に入れたんですか?」


 クレアは腕に常時つけている魔石が嵌ったブレスレットを持ち上げ問いかけた。


「それはドットーレに無理言って裏のルートから融通してもらったんだ。でも今はあいつもテオドライトにはいないし、残っている連中はそこまで権力持ってないから国内で手に入れるのはほとんど絶望的だ」


「じゃ、どうすれば……」


「一つだけ、手が無いことはないが……あれは呪いの類の杖だから聖女の力と相性が悪そうだし……」


 後半はクレアに言って聞かせているというより独り言に近い。うーんと唸ってからカップを再び手に取り中身を豪快にあおる。手のひら全体で上から覆うように掴む、雑な掴み方である。


「ま、ロレンヌの方で杖が手に入らないか聞いてみるさ。話はそれからだ」


「はーい。それにしてもお師匠様、よくこの浄化の魔術陣解読できましたね」


 この魔術陣、非常に複雑精緻で難易度に関しては間違いなく高位魔術に分類される。びっしり書かれた文字と図象はイシルビュートを持ってしても理解に難航したし、正直資料が少ない中でよくぞ内容が判明したな、とクレアは感心した。


「ああ、聖女の使う魔術については昔にちょっとだけ教わったことがあるから」


「え? 初耳です。それってテオドライトの魔術機関にいた時の話ですか」


「いや、もっと前。ガキの頃のことだし正直うろ覚えだった。クレアが持ってきた辞書があって助かったよ」


 魔術機関にいるよりもっと前、クレアが聞いたことのない師匠の子供時代の話。この話の流れなら、もっとその頃の話を聞けるのではないか? 

 そう考えたクレアが次なる質問をしようと口を開いたところで、イシルビュートの方がいち早く「そういえば俺も気になってたんだけどさ」と話を切り替えてきた。


「クレア、聖女の魔術書の最終ページの魔術、なんで読めたんだ?」


 言いながらイシルビュートは魔術書に手をかけ、その最後のページを開く。

 そこには円形の魔術陣の中に極めて細かい文字でびっしりと文字が書き連ねてあった。クレアが今まで見たことのある魔術陣と比べても断トツに複雑なその魔術陣の名前はーー


 ーー死者蘇生。


 人体を修復し、止まった心臓を動かし、もう二度と目を開けないはずの死者に再び命を吹き込む奇跡の魔術だ。


「死者蘇生は聖女の秘奥義だ。そもそもこの古代文字が『死者蘇生』を意味すると俺ですら理解できなかった。クレアはこの魔術を見て、これが間違いなく聖女の魔術書だと気づいたんだろ?」

 

「はい、そうです」


 クレアはコクリと頷く。あの時、王族の居住区にある部屋でこの魔術書を手に取ったクレアは、この死者蘇生の魔術陣を見て間違いなくこれが聖女の魔術書であると考えた。

 読めた理由について聞かれても、クレアにだってわからない。強いて言うのであれば……。


「なんとなく、見たことがあった気がして?」


「見たことが?」


「はい」


 他の魔術陣を見てもピンと来るものはない。しかしこの死者蘇生に関しては見たことがある、と感じた。内容もなんとなく理解できる。なぜだろう。

 イシルビュートは考えてから口を開いた。


「クレア、試しにちょっと……」


 しかし皆まで言う前に玄関扉が開き、外からハイドラが入って来る。あいも変わらず異様に整った顔立ちのハイドラはここのところ顔色が良い。長く垂らしている黒髪もツヤツヤしている。レイアの魔術によってクレアが切り落とした八本の首がついに復活したおかげである。


「またテオドライトの魔術師どもが来ていたぞ」


「またか」


 イシルビュートはハイドラの言葉に思いっきり嫌そうな顔をした。

 この二ヶ月、今まで影も形も見たことがなかったテオドライトの魔術師たちがひっきりなしにこの近辺に訪れては上空を飛んでいる。

 レイアを探しているのだろう。


「ま、どうせ何も見つからないだろ」


「高位の魔術師と見られるが、貴様ら師弟に比べたら雑魚に等しいような輩だった」


 目論見としては正しいが、そうおいそれと見つかるようになっていない。この一見無防備に見える荒地に建つ家の周囲には実はイシルビュートが丁寧に張り、持続させている高度な魔術による結界が張られている。

 普通に空を飛んでいるだけではここは他の場所と変わらないただの荒れ果てた土地にしか見えないし、仮に魔術で捜査をされても誤魔化すよう幻視の魔術が仕組まれていた。

 レイアをかくまって以来、イシルビュートは結界も幻視もこれでもかと強化をしまくっているからちょっとやそっとの事では見破られない自信があった。


「よっぽど強力な杖でも使わない限り見つかることはないさ。いや待て、もしかして強力な杖を持った奴に一度破られた方がいいのか? そいつさえやっつければ王女様用の杖が手に入る」


「余の力ならしにもなるな。沼地の魔物だけでなく久々に人間とも戦いたい」


「そしたら私たちと模擬戦するっていうのはどうです?」


 クレアは挙手をしてハイドラへと提案した。途端、ハイドラがその美貌に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「貴様ら師弟と戦ったところで余の敗北は目に見えておるだろう。せっかく治りかけている傷がまた開く」


「なら俺対クレア・ハイドラでどうだ」


「ん!」


「ほう?」


 その提案にクレアとハイドラが反応する。


「二対一ならいい勝負になるんじゃないか」


「いいんですか、お師匠様? そんな余裕こいてても?」


「貴様が地に伏す姿、是非とも見てみたいものだ」


 実はクレアはイシルビュートに未だかつて勝ったことがない。どんな手を使っても、イシルビュートの方が一枚上手でいつもいつも負けてしまうのだ。寝ている時や風呂に入っている時に奇襲を仕掛けてもやられてしまうので、もはやどうすれば勝てるのかわからない。

 しかしハイドラと二人掛かりならば……勝機があるのではないだろうか。

 クレアはガタリとテーブルに手をつき立ち上がる。金の瞳は爛々と輝いていた。


「やりましょう、今すぐ!」


「表へ出ろ」

 血の気の多い二人に圧力をかけられ、イシルビュートは不敵な笑みを浮かべると立ち上がる。

 

「レイアさんも起きた暁にはリフレッシュした方がいいんじゃないですか?」


「ロレンヌのヘンリー王子が最近真面目に剣の稽古をしてるらしいから、模擬戦を提案してみようか」



 なおこの戦いは激戦を繰り広げ、紙一重のところでイシルビュートが勝ちやはりクレアを絶望させたのだが、共に戦った結果ハイドラとの絆がほんの少し強くなった、と記しておく。


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