【番外編】遥かなるトリの丸焼き論争
家の裏手、生ゴミ置き場にてクレアはイシルビュートと向かい合って立っていた。
クレアはとても怒っていた。腕を組み、仁王立ちになってようやく会えた自身の師匠と向かい合っている。
「お師匠様、これはどういうことなのか……説明していただきましょうか」
「いやぁ、ははは」
イシルビュートが曖昧に笑って誤魔化そうとしてもクレアは許さなかった。
「お師匠様、誤魔化そうとしてもそうはいきません」
クレアはちらりと生ゴミ置き場にうず高く積まれた骨の山に目線を移す。そこにはクレアの身長ほどにも積まれた……鶏の骨が。
「この量…‥さては毎日トリの丸焼きばかり食べてましたね?」
凄むクレアを前にしてイシルビュートは頬を掻き、バツの悪そうな声を出す。
「毎日ってわけじゃ……腹が減ったら食ってた」
「もーっ、お師匠様、ダメだって言ったじゃないですか! いくら好きだからって同じものばかり食べちゃあ! あと、食べたら燃やしておいてくださいよっ」
イシルビュートは大の鶏肉好きである。その中でも特にトリの丸焼きが好物で、やたらめったらそればかりを食べたがる。クレアが料理を覚えるまでは本当に毎日鶏肉ばかりが出てきて、クレアはそれが当たり前なのかと思っていたが、どうやらそうではないらしいと気がついたのは市場に行き始めてからのことだ。
今ではクレアが気をつけているので頻度は減っているのだが、こうやって留守にするとこれである。魔術で火をおこしたクレアはぷりぷりと怒りながら骨を燃やした。
「そうは言ってもな、クレア。俺は若鶏が好きで鶏の丸焼きさえあれば生きていけると思ってる」
「バランス悪すぎです。お魚とか野菜も食べてくださいよ」
クレアが反論するとイシルビュートは頭を左右に振り振りそれを否定する。
「知ってるか? 俺が魔術師になったきっかけは、鶏の丸焼きを食べたかったからだ」
「えっ」
初耳だ。クレアはゴウゴウと燃える骨から目を離しイシルビュートを見た。師匠はたいそう真面目な顔をしている。
「王都に行って魔術師になれば金持ちになって毎日鶏の丸焼きが食べられる。そう聞いて魔術師になった」
「そ、そんな理由で……」
驚いたクレアは絶句した。確かに師匠の鶏肉好きは堂に入ったものだが、そんな理由で魔術師になったとは思ってもいなかった。
「てっきりもっと高尚な理由があったのかと」
「はははは!」
イシルビュートはあっけらかんと笑う。
「そんなわけで俺が鶏の丸焼きを食らうのは仕方がない話だ」
クレアは考えた。そこまで鶏肉好きなのであればあんまり制限するのも可哀想かなと。しかし栄養バランスは大事である。しばし悩んだ末にクレアは妥協案を出した。
「鶏の丸焼きはともかく、鶏肉料理はなるべく作るようにします」
「お、それでこそ我が弟子。よーし、それじゃ、今日はクレアの帰還を祝して鶏の丸焼きパーティにしよう!」
「お師匠様、話聞いていました!?」
「ハイドラと王女様もいるから四羽でどうだ?」
「しかも一人一羽ですか!?」
イシルビュートはクレアのツッコミを無視して、燃えて灰になった鶏の骨に水をかけて消化をすると「よし、買い出しに行こう」とご機嫌で出かける準備を始める。
「ちょ、お師匠様!」
「やー、ここが毒の沼地で残念だよ。森だとコカトリスが棲息したりしてるんだけどな」
コカトリスは鶏の王者とも言える存在で、その肉は抜群に美味しい。魔物なので十メートルはあろうかという巨体だし、繰り出す攻撃も並大抵のものではないのだがイシルビュートとクレアの手にかかればどうということもない。普通の鶏をシメるようにコカトリスをしばき上げ、討伐のお礼に肉を持って帰る。
イシルビュートは魔物討伐を数多く請け負うが、コカトリス討伐になるとそのテンションは二段階から三段階ほど高まる傾向にあった。
「またロレンヌからコカトリス討伐の依頼が来ねえかな」
「…………」
コカトリスの肉に想いを馳せるイシルビュートの後についていきながらクレアは思った。今日の買い物には絶対に同行し、鶏を四羽買うのを阻止しなければ、と。




