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本名?

「どうだった?」


「ロレンヌの王族はテオドライトとはずいぶん違って話が通じる」


「だろ」


 任務の報告があるリリーだけを残し、イシルビュートとドットーレは並んでロレンヌの王城内を歩いていた。道ゆく二人に衛兵たちが送る視線は敬意を帯びていたけれど、きっと内心で戸惑いがあったに違いない。

 簡素な格好のイシルビュートとは違い、豪奢な杖と式典用の衣装に身を包んだ長身すぎるドットーレはやたらと目立つ。

 前回連れて歩いたハイドラに比べれば凶悪さがないぶんドットーレの方がマシだと思うほかなかった。


「なんにせよ住む場所を提供してもらえるのはありがたい話だ。城に一室しつらえてもらえるなんて気前がいい話だな」


「かわりにお前はここでテオドライトの情報提供兼魔術師として働くことになる。完全に警戒が解かれてるわけじゃないだろうし」


 ドットーレは肩をすくめた。さもありなん。今までテオドライトの懐で働いていた男を、いくらイシルビュートの仲間だと言っても諸手を挙げて迎え入れるほどロレンヌの王族は馬鹿ではない。城に滞在を許し、テオドライト側の情報を聞き出しつつスパイではないか見張る……実に効率的なやり方だ。


「あとはテオドライトにいる味方に連絡も取りたいところだが……ブロンカー先生とか」


「あー、先生元気にしてるか?」


「万年上級魔術師から上に上がれないと嘆いている」


「そりゃ、俺のこと散々かばいだてするような先生だから今のテオドライトじゃ昇級は望めないだろう」


 ブロンカー先生とは魔術師養成学校で二人が世話になった恩師の名前だ。

 何を隠そう、王都に来たばかりで浮浪者同然だったイシルビュートを拾ってくれたのもこのブロンカー先生だ。学校の門前でうずくまり、入学させてくれとわめいて門番につまみ出されそうになったイシルビュートを庇いたてて才能を見抜いてくれ、世話を焼いてくれた。

 実力はあるが平民で、しかもめちゃくちゃな振る舞いばかりしていたイシルビュートを、時に叱り時に褒め、圧倒的多数の教師陣から嫌われていた彼を守り育ててくれた恩人である。

 

「改革派だもんなぁ。身分で魔術師の資格を区切るべきじゃねえって、ずっと言ってくれてた」


「おかげで今やその地位は落ちる一方だ」


 ドットーレはイシルビュートの横で息をつく。

 保守派が台頭するこの十二年間、貴族による魔術師資格独占は年々苛烈になっている。

 魔術師の資格に貴賎なし、などと言った日には解雇待ったなしの状態だ。魔術師養成学校に入学する資格要綱に「貴族であること」という一文を追加するべきという過激な論まで出ていると以前ドットーレは口にしていた。


「にしてもヨォ、話は変わるけどお前さ」


「何だ?」


「本名、イシル・ヴァンつーのか?」


 途端にイシルビュートはその軽快な歩みをぴたりと止める。首をぐるりと巡らせると、剣呑な目つきでドットーレを射抜いた。


「……何でだ?」


「いや、アシュロンの奴が言ってたから。出会った時にも言ったが、俺もお前の名前に関してはおかしいとずっと思っていた。

 『ビュート』っつーのは英雄魔術師ビュート・アレクサンダーを連想させる名前だろ? 十歳の元服時に、魔術の才能がある貴族の子供がミドルネームにビュートの名前を授けられるのが一般常識になってる。俺にもついてる。

 だがお前は貴族じゃねえ上に……ファーストネームにビュートの名前がついてるだろうが。

 ヴァンドゥーラにしたって聞かない苗字だが、ヴァンならわかる。大方の平民の苗字は『ヴァン』だ」


「ドットーレ」


 イシルビュートは自身でも声がこわばるのを感じながら、それでもよく喋る大男の台詞にかぶせるようにその名前を呼んだ。


「出会った時に言ったはずだ。俺がどんな名前を名乗ろうと、それは俺の自由だと」


「名前っつーのは親からもらうモンだろう?」


「親がいるやつはそうだろうさ」


「あーっ、もう」


 ドットーレは短い黒髪をワシワシと指でかきむしり、苛立ったように言う。


「何なんだ、お前は? 何隠してんだよ、この期に及んで、この俺に?」


「何も隠してなんかいない。これは俺の問題で、もう終わった過去の事だ。今更誰かに話しても楽しい話なんかじゃねえってだけだ」


「それでも話して欲しいんだよ、仲間なんだからよ!」


 ドットーレの言葉に裏はない。ただただ話して欲しいのだろう。だがイシルビュートはその期待に応える気は毛頭なかった。


「ま、俺の名前なんかどうだっていいだろ。それより王女様だ。帰って訓練……いやまずは魔術陣に描かれてる言語と図式の解読からか」


「おい、はぐらかすなよ!」


「お前、このままここで話やら何やらあるんだろ? 俺もう行くから、じゃあな」


「おい!!」


 イシルビュートはドットーレの叫びを無視して転移した。

 荒野に降り立ち、そこに建っている一軒の小さな家を見る。クレアとハイドラ、レイアがいて、イシルビュートが住んでいる家だ。


「十二年か……いや、その前を含めたら……」


 不意にドットーレに告げられた名前にイシルビュートは昔のことが頭によぎる。

 燃え盛る炎に焼かれる死体。うつむきがちな村人たち。

 残される男衆に村を追い出される女子供。

 そして無数の叫び声、笑顔で去って行く一人の男。去り際の言葉は今も脳内にこびりついている…‥。

 眉間を寄せて頭を振り、かつての記憶を振り払う。


 全部を抱えて生きると決めた。過去の話だ。今更後悔したってどうにもならない。

 それよりも眼前にある問題をどうにかしなくては。

 イシルビュートは一歩踏み出し、家の扉を開けた。


「あ、お帰りなさい、お師匠様!」


 飛び込んできた元気なクレアの声に自然とイシルビュートの口角が上がる。


「ああ、ただいま」


これにて王宮潜入編は終わりです。

お読みいただきましてありがとうございます。

この後は番外編を一話と前後編からなる間章を投稿しまして、いよいよ物語の核心となる聖女覚醒編に突入します。

諸々の謎が怒涛の勢いで判明していきますので最後までお付き合いいただけると幸いです。

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