聖女の証明
「あっ、お帰りなさい!」
イシルビュートが去ってからものの一時間も経っていないだろうか。クレアは家の中には入らずに荒地にて師匠の帰りを待っていた。
ハイドラはクレアからは少し離れたところで自身の体の調子を確かめるべく、手から直に魔術を放ったりそこらへんの岩を素手で砕いたりしていた。魔術書も媒介もなしに魔術を放てるとは全く便利だなあと思うクレアだったが、ハイドラ曰く「ヒト族とは根本的に魔術との理解が違う」らしい。
魔術陣に描かれている言語や図式を理解した上で魔力を流し術を発動するのが人間だが、竜種はもっと直感で魔術を使うとのことだ。だからハイドラが使用する魔術を人間が発動するのは不可能だし、逆もまた然りである。似たような魔術は互いにあるだろうけど。
そんなこんなで待っていると、転移の光が展開して何もない場所から人が現れる。
先頭にいるイシルビュートはフードをパサリと外すと、ぺしゃんこになった藍色の髪を頭を左右に少し振ることで整えた。
後ろにはレイア、リリー、ドットーレが控えていてクレアはホッとした。
「皆無事でしたか」
「ちょっと怪我してるみたいだ。手当しよう。クレア、地下からポーション取ってきてくれ」
「はい」
家の中へとぞろぞろ入ると、三人を椅子へと座らせてイシルビュートは怪我の具合を診始めた。クレアはひとまず各種ポーションを地下倉庫より持ってきて机へと並べた。
負傷具合はドットーレが一番ひどい。火力のある魔術師から先に倒しておきたかったのだろう。
一番ひどいのは右腕の火傷、それから背中、足にも怪我がある。
イシルビュートがドットーレにポーションをかけ、包帯を巻いてやると、ドットーレは至極真面目な顔で「どうせならクレアちゃんに手当してもらいたい」と言った。イシルビュートはまだ治療していない足の怪我をかかとでグリグリしてドットーレを悶絶させていた。
クレアはレイアとリリーを見る。結界を突き破ってダメージを与える魔術は相応の威力があり、二人とも普通にしているがなかなかの怪我を負っていた。全身状態を診る必要があるのでここだとよくないだろうという事で二階へと上がり、クレアの部屋へと三人で入る。
久々の自室は出発した時同様に綺麗に整頓されているが少しばかり埃っぽかった。
ひとまず二人は服を脱ぎ、それからクレアは布とお湯を取り寄せて傷口を綺麗に拭う。綺麗になったところでポーションをかけて治癒し、深手で手持ちのポーションで治りきらない箇所には包帯を巻いた。
傷の治療を終えてから階下へと行くと、イシルビュートとドットーレとハイドラが三人で卓を囲んでいる。この光景も王宮に行く前に見た時以来だ。
イシルビュートが女子三人に目をやると声をかけてきた。
「具合はどうだ? 王女様と、そっちの、あー」
「リリー・ブラウンと申します。ロレンヌが第一王子及び第二王子殿下より命を賜り、潜入任務に従事しておりました」
「ああ、こりゃどうも。俺はイシルビュート・ヴァンドゥーラ。魔術師でクレアの師匠をやってる」
リリーの挨拶にイシルビュートも自己紹介をすると、なぜか隣の椅子へと腰掛けて裾をたくし上げ、火傷で爛れた腕の具合を確かめていたドットーレが微妙な顔をしていることにクレアは気がついた。
しかしドットーレは気がつかず、代わりにリリーは目をキラキラさせて手を胸の前で組みイシルビュートの紹介に食いつく。
「はい! 存じております。高名な『荒野の魔術師』様ですよね!」
「高名かどうかはわかんねえけど。俺は追放された身だし」
「そんな! ロレンヌの辺境の街々の生活改善や魔物討伐については話に聞いておりました。そのような方とともに働けるなんて、私は幸せ者です」
「うーん、まあ、そういうことにしておこう。クレアが迷惑をかけてすまなかったな。王女様もドットーレも」
イシルビュートは苦笑まじりにリリーの賛辞を受け流しレイアとドットーレへと向き直った。
「こちらこそ、ご助力感謝する。ここまで強引な手段に出られるとは想像していなかった」
「突然の事態に驚いたけどな。何があったんだ?」
「ああ。オズボーン侯爵は唐突に巻き込まれたものな。実はクレアがオリヴィア王太子妃に贈られている花には毒があると見抜いてそれを進言した。その数日後の今日、エルイース研究所で解析した結果花に毒があることが正式に判明し、そしてなぜか毒花を贈った犯人が私だという事になり捕縛されそうになった、というわけだ」
状況をイマイチ理解しきれていないドットーレにレイアは手短に説明をした。魔術書を入手している隙にそんな事態になっていたとはクレアとしても驚くと同時にまたも自分の不甲斐なさを感じた。
「……私が魔術書を盗みに行く途中、ギディアスという上級魔術師に出逢いまして……上司の命令で私の監視についていたと言っていました。大したことない相手でしたけど殺気を放っていたので場合によっては殺すよう命じられていたのかと」
「なるほど。話を整理しよう」
一連の流れに身を置いていたレイアはこの状況を一番理解しているだろう。
「まず、オリヴィア王太子妃には毒花が贈られていて、これによって彼女は子供を望めない体になっていた。誰が贈ったのかはわからないが、話がこじれて私が贈ったということにされ、私は投獄されるところだった。
そして毒花を見破ったクレアは上級魔術師の監視対象になり秘密裏に消されるところだった。
オズボーン侯爵は私と共謀し王太子妃に毒花を贈り国家転覆を図った罪を着せられ投獄されそうになった」
「全部が全部嘘にまみれてますね」
ドットーレが顔をしかめる。レイアは頷いた。
「この一連の流れで得をするのはオリヴィア王太子妃に毒花を贈っていた真犯人だ。彼女はあの花を随分重宝していたようで、毒があるなど微塵も考えたことがなさそうだった。となると、花を贈っていたのはオリヴィア王太子妃に随分と近しい人間ということになるだろう。加えて犯人を私に仕立て上げ、捕縛劇のために国王の精鋭隊と特級以上の魔術師を総出で動かせる権力を持つ人物という事になる」
「まあ、実兄のアシュロンだろうな」
頬杖をついたイシルビュートは心底胸糞悪そうに吐き捨てた。
「実兄が贈ったものに毒があるなんてまさか考えもしないだろ。解析結果を王太子妃はまずアシュロンに告げ、アシュロンは王太子妃に記憶干渉魔術を使って犯人を王女様にすり替えた。あとは王女様と、邪魔者となるクレアと、ついでにクレアを城に送り込んだドットーレを捕まえればおしまいだ」
イシルビュートの簡潔かつわかりやすい説明に皆がため息をついた。
「厄介な事になったな。これでレイア様は城にはもう戻れない」
「オズボーン侯爵もだろう。今頃魔術機関にある私室にも侯爵邸にも捜査の手が及んでいるはずだ」
「すみません……」
「あら、悪いのは王太子妃に毒花なんかを贈り続けていたアシュロンよ」
一連の騒動を引き起こし肩身がせまいクレアの謝罪に、なんて事ないようにリリーがフォローを入れた。
「クレアが全く悪くない訳でもないが、まあ実の妹に毒を盛るアシュロンが総じて悪いし、そんな奴の味方をし続けるテオドライト上層部の奴らも悪い。それに、こちらに不利な事ばかりでもないんだ、ほら」
言うとイシルビュートは一冊の古びた魔術書を机の上に置いた。それは色あせた革張りの魔術書で、分厚く、埃っぽい。
それを囲んだ面々は驚き息を飲んだ。
「これはまさか……?」
「聖女の魔術書。クレアが手に入れてきた」
「本物か!?」
「はい。王族の居住区域にある特別な部屋に収められていました。中に描かれている言語や図式に知らないものがたくさんあったので、ついでに辞書なんかも拝借してきました」
「すごい、さすがクレアだわ! やったのね!」
先ほどまでの陰謀に貶められ逃走してきた苦々しい空気から一転し、場は一気に和む。イシルビュートは魔術書を滑らせてレイアの前へと置いた。
「どうだ?」
「…………」
震える手で魔術書に触れたレイアはページをめくり、一番最初に記載されているシンプルな魔術陣に目を留める。指先でそっと陣を撫でると何かを確かめるように呟いだ。
「……クレア、ネックレスを返してもらっても?」
「はい」
クレアが借りっぱなしにしていたネックレスをレイアに渡すと、それを握ったレイアは意識をそちらに集中した。魔術陣とネックレスに嵌った魔石とが呼応するように仄かに光り、風もないのにレイアの髪がふわりと浮く。
レイアがネックレスをドットーレへと向けると柔らかい魔術の青白い光が迸り、収束した。
「お? おお! すげえ、火傷痕が綺麗さっぱり治ってる!」
右腕を見たドットーレが驚きの声をあげ、レイアが安堵の表情を浮かべた。クレアもホッと一息つく。
「じゃあ、レイアさん……」
「ああ、本物の聖女だ」
イシルビュートの頷きに、レイアは感極まって目に涙をためて唇を引き結んだ。色々な感情が渦巻いているのだろう。散々、聖女の資格がないと言われて王宮で蔑ろにされ、それでも自分にできることをやろうと前を向いて生きてきたのだ。その心中はクレアにはとてもではないが計り知れず、しかしクレアとしても嬉しい。
正真正銘、レイアは聖女だったのだ。
レイアはクレアに向き直り深々と頭を下げた。
「ありがとう、クレア。魔術書を取ってきてくれて……これで私が聖女だと正式にわかった。イシルビュート殿もご助力、感謝する」
「何言ってんだ、肝心なのはここからだぜ。王女様が聖女だとわかったのは吉報だが、扱えるのはこの初歩の魔術陣だけだろ? 瘴気を晴らせるまでになるには勉強が必要になる、猛努力してもらうからそのつもりでな」
「ああ、一刻も早く習得できるよう、これから精進する」
「またここでの生活が始まりますね! 頑張りましょう!」
「あ、皆様。私から提案があるのですけど」
聖女としてのレイアに皆が歓喜に沸いていると、リリーがおずおずと手を挙げた。




