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完全勝利


「ーーというわけです、お師匠様」


「そりゃマズいな」


  話は少し前にさかのぼる。クレアはイシルビュートに言われた通り、城であったことを話して聞かせた。そして話を聞き終えたイシルビュートが漏らした感想が上記の一言である。

 こめかみに人差し指を当てたイシルビュートは弟子が城でやらかした数々の所業に深いため息をついた。


「何がマズいでしょうか」


「全部だ。魔術を使って掃除したのも、茶会用に誰も見たことがない魔術を教えて目立ったのも、王女様が男装してガイゼモットのご令嬢とダンスしたのも、王太子妃に花の毒を教えてのも、全部がマズい。最悪だ」


「…………全部ですか」


「ああ。何かやるだろうとは思っていたが、ここまでとはな」


 神妙に頷くイシルビュートの顔にクレアは何も言えなくなった。

 これは本気で呆れている。茶会や男装はともかく、掃除はリリーを助けるためだったし花の毒に関しては親切心で助言した事なのにその全てが良くなかったらしい。

 イシルビュートは不出来な弟子にわかりやすく今の事態について説明する。


「いいか? 何がきっかけだったのか、まあ全部ひっくるめた結果だとは思うが、もともと探りを入れられてたのが、王太子妃の花の件で完全に怪しいやつだと認定された。

 ギディアスの上司が誰かまではわからんが、まあアシュロン派の奴に違いあるまい。そいつが命じてお前が監視されていたのなら、他の奴らにも手が及んでるとみて間違いない。つまり今頃王女様やドットーレも危ないはずだ」


「え……!」


 クレアは青ざめ立ち上がる。横で話を聞いていたハイドラが愉快そうに笑った。


「貴様の予想が当たったな。こやつが大人しく魔術書探しだけに従事するはずがないと。面白いほどに目立ち、宮中に混乱をもたらしたようだ」


「ど、どうしましょう! 私のせいで! あの、今から助けに行って来ます!」


 ハイドラの言葉を右から左に聞き流し、勢い込んですぐにでも転移魔術を発動しようとするクレアをイシルビュートは手で制した。


「まあ待て、せっかく死んだことになってんだ。今から戻って台無しにする事ないだろう」


「でもそれじゃ、レイアさんたちが……」


「ああ、だからここは俺が行く」


 え、とクレアは手にしていたペンを持ったまま、思わず戸惑う。


「お師匠様は追放されたから正体がバレると私以上にもっとマズいのでは……」


「バレないようにして行くさ。俺が魔術書なしで魔術を使えることを知ってるのは、ドットーレだけだ。しかも元特級魔術師がまさか媒介に木の枝を使ってるなんて思いもしないだろうし。さっさと行って助け出して戻ってくる」


 言うなりイシルビュートが枝を一振りすると、二階のクローゼットの扉がバタンと開く音がする。階段からフード付きの濃紺のローブが飛んで来てイシルビュートの手の中に収まった。普段滅多にローブを着ない師匠が、どうしても姿を隠したい時にだけ着るものだ。

 立ち上がりローブに腕を通しフードを被るイシルビュートの姿をクレアは罪悪感でいっぱいになりながら見守る。

 

「ごめんなさい、お師匠様」


「ん?」


「目立つなと言われていたのに、余計なトラブル引き起こしてしまって……」


「ああ」


 もっと大人しく魔術書探しにだけ従事していればこんなことにはならなかっただろう。

 しかし実際には、不当な立場に追いやられているレイアの現状をどうにかしたくて、毒に苦しんでいるオリヴィアを助けたくて、クレアは任務に関係ない事柄に首を突っ込みまくった。挙句がこの状況だ。自分一人だけが狙われているならどうとでもなるが、他の人まで巻き込んでしまった。今更ながら自分の浅慮さに後悔した。

 そんな後悔先に立たずな気持ちで「やっぱり私も行きます」と言わんとした時、イシルビュートはクレアの頭にポンと手を置いた。


「色々反省はあるだろうが、魔術書は手に入った。ひとまずクレアはよくやったよ。まあ、お前が何かやらかすのは想定内だし相手はあのアシュロンだ。一筋縄ではいかないのはわかっていた。だからあとは師匠に任せてお前はハイドラと留守番してろ」


 そう言ってにこりと笑う師匠の顔に怒りや失望といった類いのものは見られず、立ち上がると扉を開いて白常の花が咲き誇る荒野へと出て、そこでごく気軽に媒介の枝を振った。

 展開する転移魔術の光。それをクレアはそばで見つめる。

 フードをぐっと引き下げて目深に被ったイシルビュートは、わずかに見える藍色の瞳をクレアの金眼と合わせた。


「ーーじゃ、ちょっと行ってくる」


+++ 



地に降り立ったアシュロンは謎のローブの人物と相対し、怒りに肩をいからせながら問いかける。


「……ようやく出てきたか、名乗れ」


「…………」


「名乗れと言っているのだ、この私が!」


「…………」


 しかしローブの人物は答える代わりに右腕を上げ、それをアシュロンへと突きつける。アシュロンが反応するより数十秒は早く、その右手から魔術が放たれた。


「っ!? バカ……な……!?」


 驚きにアシュロンが目を見開く。おおよそありえない光景だった。

 そこに握られているのは何の変哲も無い木の枝で、魔術書に至っては持ってすらいない。

 それなのに寸分たがわずアシュロンの身を包んだ魔術は発動し、彼の体を足元から凍らせていく。

 高位氷系魔術。それを魔術書なしに木の枝から発動して見せたローブの人物は低く体制を伏せて走り出す。


 アシュロンの発動した解除魔術の余波で今この場にいる衛兵及び魔術師は全員が結界を張っておらず、いわば丸裸状態だ。それはこちらも同じであり、人数の差がある分ドットーレたちの方が不利になる。一斉に攻撃されればそれで終わりだ。

 しかしこのフードの人物は尋常では無い速度で魔術を次々と繰り出して攻撃の術を潰していく。強力な氷系魔術を気軽に打ち出すその鮮やかな手腕に誰しもが対抗できず、結果フードが飛ばないよう左手で抑えつつ走る人物の行動を止められずにいた。


「レイア様、リリー、奴に続きましょう!」


 三人はローブの人物の後を追う。振った枝から身体強化の魔術が発動し三人の足が俄然早くなった。

 一度全ての魔術が解除されたせいで、風のように騒動の中を駆け抜ける四人に追いつける者は誰もいない。

 走る、走る、走る!


「待て、逃すな!」

 うち乱れる魔術に四人で対抗しつつも表広場からはだいぶ離れ、城の脇、木立のある庭付近へと差し掛かった。

 そこまで来てから立ち止まった人物はくるりと向き直ってドットーレと顔をあわせる。

 フードから覗く藍色の瞳が愉快そうな色を宿しているのをドットーレは確かに見た。


「ーー転移するぞ」


 低く、ドットーレにしか聞こえない声で呟くとあっという間に魔術を展開した。


「おう!」


 そして四人は追っ手に追いつかれることなく、転移魔術によってその場を後にする。

 最後に見たアシュロンの顔は、怒りと憎しみにまみれこの世のものとは思えない歪んだ表情を浮かべていた。 


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