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逃走劇

ドットーレの窮地に迷わず窓から飛び降りたレイアは抜刀していた剣を上段に振り上げ、そのままアシュロンめがけて振り下ろす。

 しかし空中に浮き、ドットーレに重力魔法で圧殺を仕掛けていたアシュロンは首をわずかに巡らせるとギロリと緑の瞳で二人を睨みつけた。

 右手に握った杖をレイアたちへと向け術を発動。瞬間、レイアの体にズシリと重いものが乗ったかのように重力がかかり、そのまま地面へと一直線に叩きつけられた。


「ぐうぅ……!」


「大丈夫ですか、レイア様!?」


 膝をついて剣を突き立て、不可視の重力攻撃に抗おうとするもミシミシと体が音を立てていた。隣で心配しているメイドも似たような状態だ。


「王女殿下!」


 ドットーレの野太い声が響き渡り、隆起した地面がアシュロンに襲いかかる。結界によって阻まれるも視界が遮断され、その隙にドットーレはレイアとリリーをかっさらってそれぞれ片腕で抱えつつ、アシュロンの攻撃範囲から逃げるために走った。


「このメイドは!?」


「リリーと申します。レイア様とクレア様の味方なのでご安心ください」


「ああ、あちら側が使わしてくれた信頼できる者だ」


 その言い方に納得し、ドットーレが頷いた。

 担がれているレイアは、その視界の高さに少々驚きつつも状況を確認する。上には国の頂点に君臨する魔術師たちが、そして下には剣を持った衛兵が三人を捕縛しようと包囲網を築いていた。表門広場は阿鼻叫喚で、大混乱を呈している。

 

「三人が逃げる!」


「とにかく逃すな、転移されたら終わりだ!」


「オズボーン侯爵、騎士が来た。時間稼ぎに食い止めるから降ろしてくれ」


「私もです。接近戦は得意なので、力を合わせて一気に突破しましょう」


 敵を見つめ、身をよじったレイアが静かにドットーレにそう言うとリリーも同じく降ろして欲しいと言った。頷くドットーレが腕の力を緩める。どのみち二人抱えたままではドットーレが魔術を使えない。

 降り立つと同時に剣に刻んだ魔術陣を展開し、衛兵に向かって斬りかかる。レイアの剣は特殊な作りになっており、柄には無数の魔術陣が刻み込まれていた。魔術書がわりに素早く魔術を使えるようにしてあるのだ。

 陣が光り、剣が炎を纏う。

 燃え盛る炎の剣を振りかぶり衛兵と切り結んだ。リリーは両手に短剣を持ち背後から迫る敵を相手取る。前衛が二人もいれば、ドットーレは魔術に集中できる。

 迷わず魔術書をめくったドットーレは目当ての陣が乗っているページで手を止めてちらりと見た。

 陣から読み取ったその魔術が右手に握った杖から発動する。

 

「っらあ!」


 どんと地面を強く杖で叩けば、そこから伸びる土の大蛇。ぐるぐると三人を守るようにとぐろを巻きつつ首をもたげ、居並ぶ衛兵及び魔術師たちに立ち向かった。


「今日は出血大サービスだ!!」


 大蛇は一匹ではなく、二匹、三匹と続いて計十匹もの土大蛇が生み出された。今ここに集う魔術師というのは、戦場に立とうともはるか後方に控え、騎士たちにその身を守られながら大規模魔術を放つだけの存在だ。

 知識や術を持とうともこうして間近で戦闘するという機会は皆無に近く、故にドットーレの放つ魔術に泡を食う者が多い。


ーー唯一、アシュロン・ベルモンゾを除いては。


 グシャアっと嫌な音がしてあっという間にドットーレの作り出した土の大蛇が一匹叩き潰される。


「強化してる土蛇を重力魔術でぺしゃんことは恐れ入るぜ……!」


「正攻法で水属性の魔術で対抗すればよかったか?」


 余裕の表情のアシュロンは次なる魔術で蛇をまた潰した。ドットーレも対抗してどんどん土蛇を生み出すも、立ち止まるのは悪手だ。時間を与えれば与えるほどに魔術師に有利になってしまう。


「オズボーン侯爵、前方切り開く!」


「了解だ、レイア様!」


 二匹の蛇をレイアとともに先行させ、ワラワラ群がる剣を持った衛兵たちをなぎ倒しながらともかく前へ突進した。余談であるがドットーレはリーチが長いため、普通に走るとその歩幅故に楽々と前を走る人間を追い越すことができるのだが、身体強化を施した上に基礎体力のあるレイアはそうやすやすと追い越されなかった。


「ドットーレ様、伝書光鳩は受け取りましたか!?」


 後方を担っていたリリーがドットーレの横に颯爽と駆けて来て声をかける。

 

「いや!」


「……っ、ではここには……!」


「結界、張られてんだろうな、逃げるにゃ対外魔術を封殺するこの結界内から逃げ出す必要がある!」


 ある者は炎の、またある者は水の魔術を、そしてアシュロンは重力攻撃を放ってくる。

 防御に全振りすることにし、四方八方からの攻撃を結界を張って防ぎつつドットーレはひたすらに直進した。

 魔術師というのは遠方から大規模な魔術を放つ役割を担っているため、こうした乱闘戦では前衛を担う衛兵をやっつければ多少時間は稼げる。とはいえ敵味方御構い無しの攻撃魔術をガンガン放たれている今の状況が不利であることは間違いなく、むやみに逃げていては絶対に捕まってしまう。

 ドットーレの結界を突き破って右腕に炎が直撃した。


「……っ!」


「大丈夫か、オズボーン侯爵!? うっ!」


「レイア様! ……あうっ!」


 さすがに特級魔術師の猛攻撃を食らって無傷で防ぎきることは困難だった。

 ここだといい攻撃の餌食だ。もっと狭い場所へ逃げ込まなくては。走りながらもドットーレはレイアとリリーに話しかける。


「クレアは死んだと聞かされたが」


「いえ、おそらくクレアの見せた幻視です。つい先ほど任務成功の知らせを受け取りました」


「そうか……!」

 

 誤情報だろうと思っていたが、実際にそう聞くと安心する。


「ならなおさら、こんなところでグズグズしてる暇はねえな!」


 この対外魔術を封殺する結界から抜け出し、転移魔術を展開して三人でイシルビュートの家まで飛ぶという道筋がたった三人の行動は素早かった。

 レイアの剣戟が飛び、リリーの短剣が光る。前の敵をひたすら二人が倒し、ドットーレが魔術を放って空からの攻撃を防いだ。

 ドットーレの作る土蛇は強度が凄まじく、衛兵では太刀打ちできず特級魔術師たちの攻撃も防いでいる。やがて衛兵の波が途切れた場所を見つけ、そこに向かって突っ込んだ。


「レイア様、リリー、伏せてくれ! 結界魔術を破る!」


 魔術書からひときわ攻撃力の強いものを選んで結界にぶつけるために展開した。光る杖、放たれる魔術。大地が揺れ、凄まじい爆音を轟かせて結界にオズボーン侯爵家伝来の破壊の魔術が直撃した。


「やったか!?」


「微妙だな……人一人くらいは通れるだろうが!」


 砂塵が晴れたそこには穴が空いており、まさに微妙な大きさだった。レイアとリリーならばわけなく通れるだろうが、ドットーレほどの大男が抜けられるかどうか。

 しかし考えている時間はない。レイア、リリーはひらりと結界から抜け出すも、案の定最後のドットーレが腰のあたりで穴に引っかかった。穴は開きっぱなしではなく自動修復機能がついているのですぐに閉じてしまうのだ。


「頑張れ、オズボーン侯爵!」


「ひっぱりますからなんとか抜けてください!」


「ぐぬぬ……腕二本通ってるんだ、二人、転移させるからさっさとここから逃げ出してください!」


「それは駄目だ、貴殿も共に逃げよう!」


「大切なのはレイア様が生きてここから逃げ出す事です!」


 ドットーレは覚悟した。捕まるのが自分一人ならばいい。聖女の器たるレイアが無事ならそれでいいのだ。そうして魔術書をめくって転移魔術のページを開いた瞬間、ドットーレの宙ぶらりんな体がそのままベシャリと地面へ落ちた。


「残念だったな、ドットーレ・オズボーン侯爵。たった今捕縛魔術が完成した」


 極北の氷河もかくやという絶対零度の声音が響く。見上げるとアシュロンが杖を持ち見下ろしていた。そして周囲には、円形に並んだ特級魔術師たちの姿が。


「君がモタモタしているうちにこちらの準備が整った。言い訳は牢獄でゆっくり聞かせてもらうとしよう」


「しまっ……!」


「もう遅い」


 アシュロンの声かけとともに地面に真っ黒い魔術が展開し、三人を包み込んだ。

 ミヂミヂミヂと音がして足元から黒い鎖が出現し絡みつく。

 特級魔術師十四人がかりで発動した最上位の捕縛魔術ーー捕まれば魔力を奪われ、動きを封じられ、指一本動かせなくなる。

 

「こんな所で、終わってたまるか……!」

 

「無駄だよ、オズボーン侯爵。この術の強力さを君は知っているだろう? 発動させたら……抗うすべはない」


 浮かぶ魔術師たちは一切の慈悲を見せずにドットーレたちに魔術を行使している。

 レイアとリリーもどうにかしようと全身を動かしているが、鎖はどんどんと絡みついていた。足元から胴体へ、腕へ、首へと伸びるにつれて魔力が抜ける感覚があり立っていられなくなる。


「クソッ……!」


 せっかく魔術書が手に入ったのに、こんな所で終わるのか。まだ何も始まってない、これからだってのに!


「がぁっ!」


 遣る瀬無い気持ちと焦燥感とが全身を包む中、悲鳴が響く。声の主やドットーレでもレイアでもリリーでもなかった。

 不意に空に浮かぶ一人の特級魔術師が杖を落とす。


「うあっ!」


「あがあっ!」


 一人ではない、次々に魔術師は両手を抑えて要である杖をポロポロと落としていた。これでは捕縛魔術の継続が難しい。魔術は崩れ、鎖は力を失ってドットーレがちょっと腕を振れば簡単に降り落とせた。


「何事だ!? まだ味方が潜んでいたのか!」


 焦るアシュロンの声に呼応するかのように、氷の射手が襲いかかった。細く短く、あっという間に弾くことができそうなそれはしかし、常時アシュロンが展開しているはずの強力な防御結界をすり抜けて左胸を直撃する。


「くぅ……うっ!? 誰だ!」


 束縛が解けたドットーレは、アシュロンの胸が凍りついているのを見た。絶対防御が破られた驚きと痛みで苦悶の声をあげながら周囲を見回すアシュロンの声にしかし返事はない。


「アシュロン殿、大変です、ハドウィーリアの体が……!」


「今度は何だ……! ……っ!?」


 一人の特級魔術師の焦った声に振り向くと、そこには特級魔術師が一人、ハドウィーリアの体が氷漬けになって宙から落ちていく所だった。周囲の魔術師は半狂乱になって叫ぶ。


「何処だっ、敵は何処にいる!!」


「落ち着け、おそらくは気配遮断を使っている!」


「うわっ、やめろ、儂の体が……!」


「次はウィルキアス殿が!」


 一体何処に敵がいるのかわからない状況で次々と特級魔術師の結界が破られ、氷漬けにされていく。その恐怖に空中は阿鼻叫喚となりドットーレたちに構う者は皆無になった。

 この隙を逃すドットーレではない。立ち上がり魔術書と杖を拾うとレイアとリリーに駆け寄った。


「レイア様! 今のうちに行きましょう!」

 

「ああ……しかしこの攻撃は何処から!?」


「わかりませんが、味方なので問題ありません!」


 ごとりと音がし、三人目の特級魔術師が謎の攻撃によって氷像に変えられ落下してきた。しびれを切らしたアシュロンが魔術書を捲り反撃に出る気配がする。


「ええいっ、解除魔術を全域に放つ!」


 それは敵味方御構い無しの強引なやり口だった。アシュロンの持つ杖先から魔術の光が溢れ、全ての魔術を解除する術が発動した。ドットーレが展開し直した結界も、レイアの剣に纏う魔術も、そしてテオドライトの魔術師の飛行魔術も、三人の魔術師を氷像に変えた魔術も。その全てがアシュロンの放った魔術を前にして無に帰す。


 そしてそのめちゃくちゃな方法を前に、やっと謎の味方が姿を現した。

 その人物は濃紺のローブを纏い、フードを目深にかぶっている。表情どころか髪の一本すら見えない。

 だがしかしそれが誰で何者なのか、ドットーレには姿を見なくても見破ることが出来た。


(ったく、絶妙なタイミングで現れてくれやがる……)


 その人物が右手に持った木の枝が、今はどんな武器よりも強力に見える。

 こりゃもうこちらの勝ちだなとドットーレは自身の心に余裕が戻ったのを感じ取った。


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