俺は捕まるわけにはいかない
最後の言葉が終わり、式典は無事に閉幕した。
やれやれとドットーレは見た目通りに大きく重い腰を上げて立ち上がる。
(あぁ……長かったな)
何度欠伸を噛み殺したことか知れない。特級魔術師にはこうした式典や授与式といった儀式めいたことが日常的に発生するが、どれもこれも退屈だとドットーレは思う。昔はそんなこと思わずに真面目に出席していたのだが、イシルとつるむようになってからは奴の思想に引っ張られてついついそう思うようになってしまっていた。
イシルビュートという男は劇薬だ、とドットーレは内心で苦笑した。
平民ながら凄まじい魔術の才能を秘め、自身の夢を、この国の安寧を心から願う高い志を持つその男にドットーレはいつの間にか協力してしまっていた。
(早いとこあいつが戻ってこれるようにしねーとなあ。やりづらいったらねえや……ん?)
と、ドットーレが魔術機関にある自身の執務室まで帰ろうかと動き出したところで、周囲を囲まれる。
「何だ?」
「特級魔術師ドットーレ・オズボーン侯爵様。国家に対する反逆罪で捕縛します」
「はあ?」
あまりにも突然の逮捕宣言にドットーレは素で首をかしげる。すると囲った衛兵の一人が詳細を話し出した。
「貴殿が城へと奉公に出したメイドがレイア様と共謀しオリヴィア王太子妃に毒を盛ったという情報がもたらされています」
「何だそりゃ」
心底訳がわからなかったドットーレは疑問を呈すも、それはあっけなく一蹴される。
「オリヴィア王太子妃の体調が優れなかったのは、レイア王女様が贈り続けていた花が原因であると……そして先般貴殿が城へと奉公に出したクレアと名乗るメイドと共に、レイア様が国家転覆を狙っているという情報がもたらされました。メイドは貴殿の手先、つまりオズボーン侯爵に反逆の意思があるとみなしております」
おおよそ荒唐無稽でこじつけだらけの話を聞かされたドットーレは鼻から息を吐き出す。
「お前ら、俺を誰と思っている? オズボーン侯爵家が当主、ドットーレ・オズボーンだぞ。王に忠誠を誓う特級魔術師たるこの俺が、国家を転覆する計画を企てている訳がないだろう」
「果たして本当にそうだろうか?」
人垣を割って出てきたのは、白いローブをたなびかせて相も変わらず嫌味なほどに整った顔立ちを持つアシュロンだった。
「ドットーレ・オズボーン。私はずっと君のことを疑っていたよ」
「ほう?」
ドットーレは片眉をちょっと吊り上げてみせる。
「巧妙に隠していたが、君は十二年前に追放した魔術師イシル・ヴァンとずっと繋がっていただろう」
「イシル・ヴァン?」
「イシルビュート・ヴァンドゥーラと名乗っていた平民魔術師の本名だ」
聞いたことのない名前に首をかしげるとアシュロンは何でもないことのように言ってのける。
「奴の名前などどうでもいい。ともかく君は、反戦争派として裏で画策をしていた。此度の戦争にも反対なのだろう? 故にレイア第一王女と共謀し国家転覆を企んだ」
確信を持ってアシュロンはドットーレを糾弾した。
周りにいる特級魔術師も副官も、そして総督までもが事の推移を見守っている。その顔に驚愕の色はなくただただ冷めた目でドットーレのことを見つめていた。
瞬時にドットーレは事態を把握した。
(ははあ、こいつら全員グルか)
何のことは無い。上層部はドットーレ以外全員がアシュロン率いる開戦派である。反戦争派の人間は皆十二年前に投獄され、今では逃れたドットーレとあとは細々増やしている上級魔術師以下の人間が数十人いるのみ。今この場にドットーレの味方は皆無だ。
そもそもが魔術師になるのが貴族ばかりなのでほとんどがアシュロン派閥、もしくは無所属という形になっている。国の重鎮と正面切って対立しようという胆力と野心のある者は今のテオドライト王立魔術機構には存在しない。
そんなわけでドットーレは孤立無援だった。どんな言い訳を並べ立てたところで無駄だろう。全てはアシュロンの用意した筋立て通りに進んでしまう。
しかもアシュロンの言っていることがあながち間違っていないから困りものだった。レイアと共謀して国家転覆を企むーー確かにそう言える。聖女の魔術書を盗み出してレイアが聖女であると証明し、瘴気を消して戦争の火種を消すことが『国家転覆』と言えるのであれば。
自分に都合の悪い事を徹底的に潰そうとするその執念には恐れ入るな、と考えつつ目の前の状況をどう切り抜けるか冷静に分析する。
「どうだ、何か言ってはどうかな。オズボーン侯爵」
「……俺には全て身に覚えのない事です」
「そうか?」
肩にかかった一つに束ねている金髪を手の甲でパサリと後ろに追いやると、アシュロンはもったいつけたように「ギディアス」と短く誰かの名前を呼ぶ。
フッと音もなく現れたのは、顔面がボコボコになって元の顔の形が全くわからない、赤い髪とローブを羽織った魔術師だった。
「彼は上級魔術師のギディアス・ベイリー。私の命でクレアの監視をしていた」
ベイリーという家名には聞き覚えがある。過激なベルモンゾ家信仰をしている家で、常にアシュロンの考えを全肯定している一族だ。そんな人物をクレアの監視につけていたとは、いよいよ持って怪しまれていたらしい。
城で働き始めてからたったひと月で、一体何をやらかせばこんなにも目をつけられるというのだろうか。ドットーレはクレアの行いに甚だ疑問を持ったけれど、師匠があのイシルビュートだしなあ、と思うと全てが納得できる気もする。奴は常識はずれの無茶苦茶な人間だ。よくもロレンヌの城では大人しくしてるもんだよと包囲されている状態にもかかわらずのんきに考えた。まあ、ロレンヌの王族の懐の深さが頭抜けているだけかもしれないが。
「この建国祭式典の最中……事もあろうにメイドのクレアは衛兵の目を盗んで王妃の階段へと現れたらしい」
「ほう」
「見張りの衛兵を並々ならぬ魔術で眠らせた彼女はそのまま王族の居住区域へと不法侵入しようとしていたらしく、ここにいる監視を命じていたギディアスと戦闘になった」
「……それで?」
「死んだよ」
ギディアスは歯が折れているせいでヒューヒューと歯の隙間から音を立てながらも喋る。不穏な単語にドットーレは自身の顔がこわばるのを感じた。その表情に気を良くしたのか、負傷した顔にいびつな笑みを浮かべながらギディアスは話を続ける。
「よく頑張ってたと思うひぇ? ひゃが、所詮はモグリの魔術師……上級魔術師の中でも上位に位置する俺には敵わなかったわけだ。俺の火球魔術を受けたあいつは王妃の階段の窓から燃えながら落ちて、水路へドボン。ひょのまま流れていったよ。今頃は下水の中を漂ってるこったろう。まあ助からないな」
歯が抜けているせいでさ行がうまく発音できていないのが間抜けだが、言っている内容は物騒極まりない。
「そういう事だ。今頃はレイア王女の方にも衛兵が向かっているだろう……君も観念するといい」
ざっと音がして衛兵と周囲の魔術師たちがドットーレ捕縛体制をとった。
ドットーレは今しがた聞いた内容を自分の中で急速に噛み砕く。
クレアが窓から落ちて死んだというのは十中八九嘘だろうと推察する。そもそも見張りの衛兵を気が付かれずに眠らせるだけの技術がありながら、この目の前のたかだか上級魔術師一人にやられるなどとは考えにくい。
イシルビュートが鍛え上げ、竜核を封じられているとはいえハイドラを追い詰めた少女だ、怪我をすることはあってもまず生きている。おそらく記憶を操作してあるのだろう。
そしてこのまま自分が捕まり、レイアまでもが拿捕されれば事態は最悪になる。王太子妃への毒を盛った罪、そして反逆罪を着せられればよくて終身刑、最悪は処刑だ。
ここは逃げてレイアと合流し、どうにかクレアと連絡を取って落ち合うべきだ。
そう考えたドットーレは杖を構えて魔術書のページを開き、居並ぶ衛兵及び同僚に高らかに告げた。
「残念ながら、言われなき罪で捕まる趣味はねえ……ここは反撃させてもらう」
右手に握った杖を軽く持ち上げてから地面に強く柄を叩きつける。途端、地面にヒビが入り地盤がえぐれて隆起する。バランスを崩す衛兵とは裏腹に大方の魔術師が飛行し難を逃れるも、ドットーレはボコボコになった広場を蹴って包囲網にあいた穴を大股で突破した。
ドットーレは身長が三メートルと高すぎるほどに高いので、足も長い。当然そのぶん一歩も大きく、身体強化を施した状態で走り出すとあっという間に距離を稼げる。
「逃すな!!」
アシュロンの鋭い声とともに国の最高峰に位置する魔術師たちの攻撃が、あるいは捕縛や幻覚、誘眠<ゆうみん>の魔術が一斉にドットーレに向かって来た。
「ぬうっ」
ドットーレは走りながら結界魔術を多重に展開し、なんとかやり過ごす。一口に特級魔術師と言っても得意分野は多岐にわたり、研究に定評のある者や時間のかかる大規模魔術が得意な者、防御に優れている人物や諜報・調査に長けている者など実に様々だ。
が、今現在のテオドライト王立魔術機構の選抜に関して全てアシュロンが一枚噛んでいることをドットーレは知っている。
面子はアシュロン派最古参の総督を筆頭に五十代以上のジジイ副官、そして実力があっても口は慎むタイプの中年と新進気鋭の若手過激開戦派の特級魔術師たち。
要するに現在の魔術機関では奴に気に入られなければどれほど腕があろうと上級魔術師以上には上がることができない。ドットーレがここに入り込めたのは、十二年前の戦争功績が買われたのとまだ体制が整い切っていない時にどさくさ紛れに身分と実力でねじ込んだせいだ。ちなみにこの戦争功績も偽装で、ドットーレが殺したとしているロレンヌ側の主力は誰も死んでいない。こっそりロレンヌ側にいたイシルビュートと画策し、死んだように見せかけただけだ。
総督、副官を含め今この場にいる魔術師の中で最も修羅場に慣れ攻撃魔術が得意なのはドットーレだった。とはいえ一人でこの状況を切り抜けるにはかなりの労力を要するだろう。最悪、腕の一、二本は吹き飛ぶ可能性も考えなくてはならない。
ページをバラバラとめくって目当ての魔術陣が描かれている箇所を開くと、追撃の魔術を仕掛ける。
ドットーレを中心として波状に地面が波打ち、泥状になった土が衛兵と飛んでいる魔術師たちに襲いかかる。
「うわっ!」
「前が見えぬ!」
焦る魔術師たちにドットーレは凄まじい速度で逃げながらもドットーレはあかんべーをして挑発した。
「ははー、どうだ!」
「調子に乗るのもそこまでだ、オズボーン侯爵」
ぶわり。風とともにドットーレの進行方向前面に飛んで来たのは、アシュロン・ベルモンゾその人だ。その緑の瞳に冷徹な色を宿した男は、王族の傍系に連なる証左の金髪を風に揺らしながら魔術書を左手に、杖を右手に行く手を阻む。
アシュロンだけは別格だ。彼はまごうことなき魔術の力をその身につけており、いかにドットーレといえどもこの状況で相手取るのは不利も不利だった。
アシュロンが右手に持った杖から魔術を放つ。
途端、ドットーレの張っていた結界が恐ろしい勢いで破壊されていく。不可視の上からの圧力は、魔術の中でも最も習得困難と言われるーー重力魔術だ。
「ぐっ、相変わらずえげつないなアシュロン殿!」
「手荒な真似はしたくない。大人しく捕縛されてくれないか」
「ご冗談を!」
ミシミシと音を立てる重力魔術を喰らえば一巻の終わり、地面に叩きつけられて身動きが取れなくなりジ・エンドだ。それだけは避けないといけない。
さあどうするか、考えているドットーレの上から思いがけない声が降って来た。
「オズボーン侯爵、微力ながら手助けする!」
見上げると、パリーンと割れた窓ガラスとともに助けに行こうと思っていたレイアとツインテールのメイドの二人が攻撃体制で飛びかかってくるところだった。




