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迫る包囲網

 クレアが無事魔術書を手に入れてイシルビュートの元へと転移した頃、王宮前広場では式典が粛々と進んでいた。

 王族がバルコニーに出て建国を祝う祝辞を述べ、その下の広場では魔術機関の総督をはじめとして副官と特級魔術師達が一堂に集っている。

 その中には当然アシュロンも混ざっていた。

 国王イグニウスは濁った瞳で羊皮紙に書かれた原稿を淡々と読み上げているが、自分が何をしているのはほとんど理解していないはずだ。王はずいぶん前からアシュロンの魔術により精神干渉を受けていて、完全にアシュロンの傀儡と成り果てている。

 第一王子のライオットはそんなことをせずともアシュロンに心酔しきっており操るのはたやすい。妃のオリヴィアはアシュロンの実の妹で、先日妙な疑いを抱いたがそれももう対処してある。

 目障りなのは第一王女のレイアだけだがーー間も無く彼女も表舞台から姿を消す。


 この式典が終わりを告げるとともに、裏に引っ込んだレイアのみならずドットーレ・オズボーンをも捕縛する算段となっている。しかも捕縛の役目を担っているのはただの衛兵ではなく王直属の精鋭部隊だ。

 


 いかな王族のレイアとはいえ王太子妃に毒を持った罪は重い。白常の花の毒は死に至るほどではないが、あれによってオリヴィアはもう子供を望めない体になっている。今の状況で直系王族に子が生まれないのは痛手であり、その怒りは全てレイアへと向かうであろう。

 

 バルコニーに並ぶ王族の面々をアシュロンは眺める。

 中央にいる国王イグニウス、横には第一王子ライオットと妃オリヴィア、二人の子供である王子。そして一歩下がったところにひっそりとレイアは立っている。

 最近少しずつその存在感を増してきているレイア……元々の扱いにくさは第二王女アンヌ以上だった。評判を貶めたことで王宮での地位を失っていたというのに、ここにきてこのアシュロン・ベルモンゾの邪魔をするというのならば容赦はしない。

 

 今頃はギディアスがメイドのクレアを処分しているはずだ。目的は聖女の魔術書だろうが、あの場所には限られた人間しか立ち入れない。盗むのであればレイアを連れていくのが得策だが、今更後悔したところでもう遅いだろう。


 オリヴィアがクレアの進言で白常の花をエルイース研究所に命じて解析にかけたと言った時点で、アシュロンには全てが理解できた。

 つまりメイドとして潜入したクレアという人物は、未だ反戦争派として裏で動いているドットーレ・オズボーンの密命を受けてこの城へとやってきたのだろう。

 レイアの専属メイドとなり、茶会や夜会などでのレイアがどのように振る舞えばいいかを教え込み、宮中の女性を味方につける。中立派のメイネル・ガイゼモット嬢に取り入ったのがいい例だ。

 そうして徐々にレイア派を増やしたところでオリヴィアに圧力をかけ、焦った彼女に有益な情報をもたらすーーそれが白常の花だ。

 毒があると判明したらオリヴィアはさぞかし動揺するだろう。何せこの花の贈り主は実の兄であり、宮中の実権を全て握っている人物なのだから。そうしてオリヴィアをも味方につけたところでアシュロンを糾弾し、更にレイアに聖女の力があることを見せしめてこの王宮での権力図を一気に塗り替える……そうした算段があったに違いあるまい。


 しかし彼女達には大きな誤算が一つあった。

 オリヴィアは解析結果をレイアではなくまずアシュロンに伝えたということだ。

 事の次第を把握したアシュロンは迅速に動きこの事態に手を打っている。


「フン……」


 一人アシュロンがほくそ笑むと国王の祝辞が終わり、式典が次のイベントへと移行する。

 この退屈な式典が終わるとき、全ての反乱の火種は摘み取られるのだ。



+++


 式典の最中、裏で待機していたリリーの元へ一羽の光る鳩が舞い降りてくる。差し出した右手に止まった鳩はその姿を溶かして一枚のカードに変わった。

 内容を読んだリリーはホッと一息つく。


(無事魔術書を手に入れたみたいね……さすがクレア。いいえ、クレア様)


 同じ任務を仰せつかっている仲間としてクレアは自分にフランクに接して欲しいと言っていて、そしてそれを実行していたリリーだったけれども。

 本来クレアとリリーは肩を並べるような間柄ではないのだ。リリーはロレンヌ王族に仕える諜報部員であり、クレアはロレンヌの貧しい街々を高名な"荒野の魔術師"イシルビュートと共に救った立派な方なのだから。

 真っ直ぐすぎる性格のせいで、時々というかかなり危なっかしい部分も多かったけれどこうして無事任務達成できて良かった。あとはレイアと合流して返事を飛ばせば、このあとどうするかの指示が来る事だろう。


 と、ちょうど式典が終わる時間に差し掛かり、にわかに裏の方も慌ただしくなる。降りてきた王族を労うべく、オリヴィア王太子妃の専属メイド達を筆頭に準備をしていたーーが、なぜかその前を武装した衛兵達が通り抜けた。


「何事?」


「あれは国王陛下直属のお方達だわ、何かあったのかしら」


「精鋭部隊が動くなんてよほどの事態よ。まさか、上階で何か事件でも……?」


 控えていたメイド達が口々に益体もないことを話す中、リリーは素早く動く。


(まさか、クレアが魔術書を持ち出したのがもうバレたのかしらーーとにかく上の様子を探らないと)


 自分たちの仕事をしなければという使命感と何が起こっているのか知りたいという野次馬根性でメイド達が前へ前へと行く中、リリーはすっと部屋の後ろに下がる。こっそりとメイド服をたくし上げ、太ももに仕込んであった掌ほどの大きさの魔術書と極小の杖を取り出した。

 手の中で握りしめた杖から発動するのは気配を消す魔術。クレアが使っているものより精度は劣るけれども、これで天井裏に回ってしまえば問題はない。使用人達が殺到している扉には目もくれず、窓を開けるとリリーはそこからひらりと外に出た。一階であるために庭へと降り立ったリリーは壁の突起や装飾を足がかりにして二階へと器用によじ登る。


 そこから人がいない部屋の窓を壊して中に侵入すると、扉に耳を当てて廊下の気配を探った。

 声がかすかに聞こえて来るが、はっきりとは聞き取れない。バルコニーがあるのはもっと先の部屋なのでまあ当然だ。リリーは天井をキョロキョロと眺め、裏へと通じる羽目板を見つけると壁を蹴って跳躍し天井裏へと入って行った。


 身を低くして天井裏を進んでいき、王族のいたバルコニーのある部屋の真上まで来ると会話を盗み聞く。くぐもった複数人が怒鳴りあう声が聞こえてきた。


「レイア・トレビュース・テオドライト第一王女殿下。貴女をオリヴィア王太子妃に毒を持った疑いで捕縛いたします」


先ほど通って行った国王直属の部隊の人物と思しき声が聞こえ、不穏な台詞を吐いた。


「……いきなり何の真似だ?」


「とぼけないで下さい。先日エルイース研究所にオリヴィア様が解析を依頼した花、あれには毒があることが判明いたしました。その花をこの五年間欠かさず贈っていたのが貴女であることはすでに把握済みなのですよ」


「何?」


(どういうことかしら?)


 会話に耳を傾けつつ、話の方向性がわからないリリーは首をかしげる。花に毒があるというのはクレアの話で知っているが、それを贈ったのがなぜレイアになっているのか。もう少し詳細を聞こうとリリーはより一層神経を尖らせた。


「話がどこかでこじれているようだが、私はーー正確には私付きの侍女が、王太子妃殿下へあの花に毒があることを進言したのだ。私が花を贈った訳ではない」


「戯言を」


 衛兵の声は固く、王族に話しかけているとは思えないほど敬意にかけていた。


「貴女の企みは全て把握しています。貴女は今後、オリヴィア王太子妃殿下が姫を身ごもることを恐れーー子供が出来ぬように毒のある花を贈った。そうでしょう?」


「なっ……ふざけるのもいい加減にしろ! 私がそのようなことをしたという証拠はどこにある!?」


「証拠……証拠ですか。それならば隣にいる、王太子妃殿下ご本人に直接聞いてみてはいかがです?」


 周囲のどよめきが聞こえる。衣擦れの音とヒールが床を叩く音が室内に響いた。先ほどまでにこやかに式典にて民に手を振っていたオリヴィアと同一人物とは思えないほど、その顔には深い憎しみと憎悪の表情が刻み込まれている。


「レイア様……もう見苦しい言い逃れはおやめ下さい。わたくしにこの五年間、花を贈ってくださったのはご好意からではなかったのですね」


「オリヴィア王太子妃殿下……」


「花の毒を身近に置き、吸い続けたわたくしにはもう子供は望めないそうですわ。なんておぞましい事を……やはり貴女のことなど信ずるべきではなかった!」


「待て! 五年間、貴女と私の間柄はお世辞にも良いとは言えなかった。そんな状態で、私が贈った花を妃殿下が私室に飾ると思うか!? 私が花を持って妃殿下のところへ行っているのを目撃した人物がいるのか!? これは仕組まれている罠だ!」


「まあ! 夜な夜なこっそり人目につかぬよう王宮の王族居住区外にわたくしを呼び出し、花を寄越したのは貴女ではありませんか。体に良い貴重な花だ、決して口外しないようにと……信じたわたくしが馬鹿でしたわ。おかげでこのような事になるなんて!」


「茶番だ!! そのような事実は断じてない!」


「お黙りあそばせ! ……うっ」


「オリヴィア、大丈夫か!」


「お母様!?」


「妃殿下、落ち着いて下さい」


 どよめきと混乱が場を支配し、抜刀する音と魔術書のページをめくる音が聞こえて来る。


「レイア王女、この場にて捕縛する!」


「くっ」


(っ、やばい)


 せっかくクレアが魔術書を手に入れたというのに、このままレイアが捕まってしまっては全てがパーになる。しかも罪状からして一生幽閉、もしくは死刑だ。一か八か城から脱出する以外に方法がない。リリーは魔術書を素早くめくって身体強化の魔術を施し、次に床に向かって火球を放つ。天井が爆発して瓦礫が散乱し、室内には恐怖と驚きの叫び声が上がる。リリーは穴の空いた床から飛び降りると、混乱の渦中にある現場へと降り立った。


「何だ!」


「敵襲か!?」


「レイア様、行きましょう!」


「リリーか! ……ああ!!」


 力強く頷いたレイアは、突如降ってきたリリーに驚く衛兵に対して右腰に下げていた剣を抜刀すると素早く切り掛かり突破口を切り開く。


「レイア様が逃げたぞ!」


「追え!!」


「リリー、ひとまず身を隠せる場所へと移動する!」


「はい!」


 空間のある場所だと大規模な魔術を使える魔術師に有利になってしまう。姿を隠しつつ逃げるのが魔術師と一戦交える時の定石であるとリリーも教わっていた。

 逃げながらリリーは二羽の伝書光鳩を飛ばした。


「それは!?」


「ドットーレさんと一緒にクレアのところに! 転移で逃げられます!」


「成る程な!」


 走りながら廊下を曲がったところで別の追っ手が前からやって来る。リリーとレイアは方向を急角度で変えて窓へと突進し、窓ガラスを派手に破って二階から外へと出た。

ーーその先は、表広場。下を見るとなにやらそちらでも騒ぎが起こっているようで、普通成人の三倍は大きいドットーレ・オズボーンが暴れている姿が目に入った。


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