俺の魔術スピードは国内一
レイアの言っていた通り、城の中は人がおらず静まり返っていた。
縦にも横にも広大なこの城内でここまで人気がないというのも珍しいことだろう。人では表門に近い出入り口付近と控えに使われている部屋に集中しており、城の奥深くに存在している王族の居住区あたりにはそこまで警備の手は及んでいないというのがレイアの見立てだった。
今クレアは、己の気配を消す魔術をかけて姿を眩ませた上で城の中を疾走していた。
がらんとした城を音も立てずに走っていく。王族の居住区へ入る方法はふた通り。
前回レイアとともにオリヴィアの部屋を訪ねた時に使った正面扉から行くか、その前にリリーと掃除をした王妃の階段を通るか。
どちらにせよ衛兵がいて結界も張ってあるだろうが、正面扉より王妃の階段の方が今は使われていない分より人は少ないはずだ。仮にたくさんいたとしても、全員倒せばいい。
クレアの予想は当たっており、王妃の階段前にいる衛兵は以前宝物庫で見た人数と同じ、四人のみだった。騎士が二人に魔術師が二人。クレアは走る速度を緩めることなく、そのまま右手に持ったネックレスから魔術を行使する。
ピンと魔術陣が展開し、四人が対応するより早く眠りの魔術が四人を包み込んだ。
倒れる四人を無視して、結界を調べる。宝物庫に張られていたものと同じだ。
一度見た魔術陣は完璧に記憶しておく事ができるクレアが二度目の魔術解除に失敗するはずがない。
危なげなく扉を開けると、吹き抜けた広い王妃の階段の中へと入る。
さてまだこれでも目的地には遠く及ばない。大理石で出来た階段を登ろうとしたその時ーー。
「あぁ、やっぱりアンタ、只者じゃなかったんだな」
「っ!」
階段上から声をかけられ、弾かれるようにそちらを見る。むくりと人影が腰を上げてクレアを階段上の高みから見下ろしてきたのは、燃えるように赤い短髪を持ち同色のローブを着込んだ青年。
「ギディアスさん」
「うん。こないだぶりだな、クレアちゃん」
「…………」
「魔術機関では散々、嘘ついてくれてたよな? 下町で働くパン屋の娘だって? 俺の魔術の軌道を初見で見切っていた癖に、そんな嘘で俺が誤魔化されるとでも思ったか」
気づかれていたのか、とクレアは内心で歯噛みした。同時に先日会った時以上に、ギディアスの事を警戒する。階段の手すりに肘をついて見下ろしながら、ギディアスは犬歯をむき出しにして愉快そうな表情を浮かべる。
「この王妃の階段まで来る手腕も見事だったな。気配をあそこまで完璧に消す魔術を俺は初めて見たよ」
「ずっとつけてたの?」
「そうだ。消える直前に発動した魔術陣を盗み見てなけりゃ、十中八九見失ってただろうな。このテオドライト王国の上級魔術師にここまで言わせるなんて、アンタ何者なんだ?」
「……ただのしがないメイドですよ」
「嘘をつけ」
ギディアスの瞳がすっと細められた。
「俺の上司がアンタの事を気にかけてる。調べたんだとよ。アンタさぁ、最近戦争孤児としてドットーレさんに拾われて、王宮に奉公に出されたんだって? どこの村の出身だよ」
「…………」
「言えないんだ?」
ギディアスはクレアの反応を愉快そうに眺めている。手すりから身を起こし、カツンカツンと音を響かせながら大理石の階段の中央を歩いてゆっくりと降りてきた。左手には手のひら大の小ぶりな魔術書を握り、右手には彼の髪色と同色の紅蓮の魔石が嵌った杖を携えている。何が起こってもいいように、クレアはポケットに手を突っ込んでレイアに借りているネックレスを握りしめる。
「目障りなんだよな、アンタみたいな奴。魔術はドットーレさんに教わったのか?」
「教える義務はないと思うけど」
「フゥン」
かつん。
足音が止み、ギディアスは階段のちょうど中程で歩みを止める。もったいぶったように腕を組んで格好つけ、杖にもたれかかった彼は小首を傾げてギロリとクレアを睨めつけた。
「第一王女レイアを聖女に祭り上げ、アシュロン様を地に貶める算段か?」
「…………」
「全部だんまりか。てことは正解ってことだよな」
ハァとギディアスはため息をつく。
「平民にすら劣る、身分を持たない戦争孤児の屑が。ドットーレさんにどんな入れ知恵されたか知らねえが、使い捨てのテメエなんぞがアシュロン様に歯向かおうなんて身の程知らずもいい加減にしろよ。ちょっと魔術に精通してるからっていい気になりやがって……クソムカつく。昔にもそんな奴がいたけどよ、そういう奴は追放処分にされるのが関の山なんだよ。調子に乗った平民魔術師は身一つで放り出されて、魔物に食われるのがお似合いだぜ!」
「…………は?」
「知らねえのか? 昔、特級魔術師になった平民の魔術師がいたんだよ。どんな卑怯な手を使ったんだか知らねえけど、王家の血を引くアシュロン様に逆らって戦争反対派をまとめ上げて……ウゼェ奴。ま、結局は敵国と内通してることがバレて追放処分だ。笑っちまうだろ?」
クレアの全身を怒りが駆け巡った。
平民魔術師、戦争反対派、追放処分。
それは紛れもなく、クレアの敬愛する師匠イシルビュートのことだ。
キュッと唇を引き結び、足に力を入れて踏ん張る。それでも怒りで小刻みに震える全身を止めることができなかった。
ギディアスはクレアの反応に気を良くしたのか先ほどよりも上機嫌な声でなおも喋り続けた。
「魔術師は貴族の専売特許だ。平民は大人しく俺たちの肉壁になってりゃいいんだよ。追放された……イシルビュートって奴、平民のクセにビュートを名乗りやがって……クソムカつく。追放だなんてアシュロン様は生ぬるいと思わねえか? そういう生意気なのはなぁ、ぶっ殺して見せしめにしてやったほうが後々同じような奴が出てこねえってよ!」
「言いたいことはそれで満足?」
クレアの怒髪は天をついた。これほどまでの怒りで燃えたぎったことは、これまでの人生を振り返ってみても無いだろう。右手に握ったネックレスをポケットから引き抜き、階段上にいるギディアスを爛々と怒りに燃える瞳で射抜く。
「なんだ? 何かする気か? 無駄だよ、俺の魔術スピードは国内いひっ……!?」
ギディアスが何か仕掛ける前にクレアは恐るべき速さで魔術を展開し、そして跳躍した。一瞬で間合いを詰めたことにより、ギディアスの言葉は顔面にめり込んだクレアの拳によって遮られる。
ぼきぼきぼきと嫌な音を立ててギディアスの歯が折れ、万力の力でもって振り抜かれた拳の勢いそのままにギディアスの図体は遥か後方の壁に吹き飛ばされ、叩きつけられた。




