建国祭
建国祭当日、王宮前の広場には人が詰めかけ常ならぬ賑わいを見せていた。
遥か昔にこの地に蹂躙する魔物を駆逐した一人の魔術師と、神より癒しの力を授かった最初の聖女が手を取り合って作り上げたのがテオドライト王国の始まりとされている。国の創立を祝う祭りは王都中に賑わいをもたらし、王宮前広場には出店<でみせ>や大道芸人が現れより一層の熱気を集めている。
人々は飲み、食べ、歌い、踊り、そして他愛もない話に花を咲かせていた。
「今年もこの日がやってきたねえ」
「イグニウス国王様のおかげで平和に暮らしてられるってもんだ」
「それに勿論、アシュロン様のおかげでもある」
「アシュロン様! 魔術師としての腕だけでなく、あの素敵なご尊顔を今日は直接に拝謁できるのね。ああ、今からときめきが止まらないわぁ」
「にしても、今回も"聖女の祈り"はないんだろうねえ」
「聖女様がいらっしゃらないからな。もう十二年か……」
年老いた男が曇った顔で呟くと、まだほんの子供が不思議そうな顔をして問いかける。
「聖女の祈りって、どんなことをするの?」
「ん? 真っ白いドレスを着た王女様がな、天に祈りを捧げるんだよ。国の平和と安寧を願って……そうそう、聖女様だけが使う特別な魔術書の他に、国宝の杖"天地創造"を持っているんだ。それはもう幻想的な風景でな。ただ祈るだけじゃないぞ、魔術も使う。
王都を守る……守護結界だ。今は特級魔術師の方々が代わりのものを張ってくださっているけども、やはり聖女様の守りには叶わないさ。あれは特別なもので、どんな厄災からも国を守ってくださる」
「へえ……!」
聞いた子は目をキラキラさせて、老人を見つめた。
「すごいんだね、聖女様って」
「ああ。早く次の聖女様がお生まれになるといいんだが……」
「オリヴィア様に頑張ってもらわないとねえ」
広場での式典は午後より行われる予定となっており、昼を過ぎた現在、レイアが言っていた通りに衛兵の数は普段の数十倍にも達していた。
それをレイアの部屋である城の西の尖塔から眺めていたクレアは、窓から平野へと目を移す。
お祭り騒ぎの王都から離れた場所で、尚も濃くなる瘴気が渦巻いている。きっとあそこでは、ハイドラという制御を失った魔物の数を間引くべく今も師匠が戦っているに違いない。
(待っていてください、お師匠様……!)
いい加減クレアとしても師匠に会いたかった。考えてみると、こんなに長期間離れていたことはない。クレアの年齢が上がるにつれて師匠が家を空ける回数はだんだん増えていったが、それでも十日がいいところだ。今現在、クレアが王宮にやって来てすでに一月近く経過している。
完全に師匠欠乏症であり、そろそろ会って師匠の顔を見て師匠に頭を撫でて「よくやった」と褒めてもらいたい。会いたくて会いたくて震えそうな夜もある程だ。もう中毒症状が出そうである。
「大丈夫か?」
「勿論です」
「危なくなったらすぐに逃げ出してね」
「うん」
「そのネックレスはしばらく貸したままにしておくから、好きに使ってくれ」
「ありがとうございます」
レイアとリリーの顔にはありありと「心配です」と書かれていた。そんなに頼りないかなぁと思い、確かに自分の行いを振り返るとやらかしてる事が多いなと思い至る。
「連絡手段は、伝書光鳩ね」
万一の時の対応を今一度確認する。伝書光鳩はポピュラーな魔術で同時にとても便利だ。光る鳩は伝えたい相手にまっすぐに飛んでいき、しかもやり取りする相手以外にはその姿は視認できない。途中で傍受される危険性がないので安心して利用できる。
二人ともこの魔術を会得しているとのことでクレアとしては安心した。
「レイアさんとリリーも頑張ってね」
「まあ、私は式典参加すると言っても隅にいるだけだ。王族の一人に数えられているかどうかも怪しいから、目立たない場所で大人しくしているさ」
「私はさらに後方で他の使用人と一緒に控えているだけになるから、壁と一体化して息をひそめてるわ。何しろ私の設定は……救いようのないドジっ子だから」
肩をすくめたレイアにリリーが言葉を続けた。
「さ、じゃあ、私たちはもう行こう」
「はい。クレア、ファイトよ!」
二人を見送ると部屋の中はがらんとなった。
もう少しすれば城の中は静まり返り、一部の場所を除き警備は通常からは考えられないほどに手薄になるだろう。
窓辺に寄ると都の喧騒が聞こえてくる。彼らはこの城の下で飲めや歌えやの騒ぎをして今日という日を楽しみ、式典で王族や魔術師の登場を今か今かと待ちわびている。
やがてファンファーレとともに式典が始まったのを確かめると、両頬をぱしんと叩き、気合いを入れるために一声叫び、そして足に力を入れて歩き出す。
「クレア・ヴァンドゥーラ、行きます!」
ーーさあ、魔術書探しに出発だ。




