【閑話】聖女の部屋
聖女の部屋と呼ばれる場所がテオドライト王国の王宮内に存在していた。
入室できるのは、その時々によって人数は変われども聖女本人と教育係だけだ。多い時には数十人もの聖女が存在していた時もある。教育係に関しては、その情報の機密性の高さからいつの時代にも一人しかいない。王立魔術機関にて選ばれた特級魔術師の中でもさらに厳しい条件をクリアした者だけが聖女の教育係に任命される。
身分、魔術の腕前、素行や振る舞いがふさわしいか。そして性別は女性に限定されている。
第二王女アンヌの教育係に選ばれたのは四十代になる特級魔術師、イヴリンという女性だった。
アンヌは長い金髪を後ろに垂らし、イヴリンの言うことを真剣に聞いていた。
「……この魔術陣に記載されている言葉は、『再生』の意味です。これは聖女様がお使いになる魔術陣に数多く書かれている言葉なので、覚えておく必要がございますよ」
「はい」
「簡単なものだと枯れた草木の復活、難しいものだと切られた人間の手や足の再生ができます」
「わぁ、すごい」
「ええ、聖女様のお力は凄いんですよ」
眼鏡の奥からイヴリンは優しい眼差しをアンヌに送る。
「……先生は、こんなに色んなことを知ってるのに聖女のまじゅつを使えないの?」
「残念ながら。国王陛下の血を受け継ぐ王女様にしか、お使いになれないんですよ」
「ふぅん。じゃあ、お姉様も使える?」
「いいえ、レイア様にはその力がないんです……なぜか」
「なんで?」
「なぜでしょうね」
「でもお姉様、まじゅつ使えるし、お父様の子供だよ?」
「はい。ですがレイア様には使えなかったのです」
「なんで?」
「理由は誰にも……わかりません」
四歳のアンヌは純粋な疑問に思って尋ねるも、イヴリンからは明確な答えは返ってこない。
アンヌから見ると、年上の姉は何でもできる。魔術はもちろん剣の腕も達者で、受け答えもしっかりしているし、アンヌよりもずっとずっと聖女にふさわしく見える。
するとイヴリンはこんな事を言い出したのだ。
「アンヌ様、アンヌ様はあまりレイア様とお近づきにならない方が良いと思いますよ」
「なんで?」
三度の「なんで?」に今度はイヴリンははっきりと答えた。
「レイア様は聖女のお力がなく、この宮中での評判はあまり良くありません。一時期教育係りとして付いていた私も失望いたしました。聖女たるアンヌ様が仲良くするメリットはあまりないかと」
「私のお姉様を悪く言わないで」
イヴリンの言葉をアンヌははっきりと否定した。その声には怒りが満ちており、顔は不機嫌そうに歪んでいる。
「お姉様はりっぱな方だよ」
「……失礼いたしました」
イヴリンは気まずい空気を変えるようにそそくさと「さあ、お勉強の続きをしましょう」と促した。
あまり納得していなかったけれど、少し悩んでから一つ頷くとアンヌは目の前のステンドグラスをちらりと見る。
そこには初代聖女が奇跡の力を行使している場面が描かれていた。魔物との戦いで傷ついた人々が大勢横たわっており、その真ん中に立っている聖女が右手に持った杖を振りかざして魔術で傷を癒している様だ。
よく見ると、腕や足がもげている人もいる。
こうした怪我も『再生』で治したのだろうか。
アンヌの視線に気づいたイヴリンは首を巡らせてステンドグラスをちょっと見てから、納得したように言った。
「アンヌ様も初代聖女様のようにご立派な聖女様におなりになれますよ」
「そうかなぁ」
「ええ、きっと」
曖昧に頷いたアンヌは、けれどやっぱり心の内ではお姉様の方が聖女にふさわしいのに、と考えた。




