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オリヴィアの花②

 突如大声を出したクレアにオリヴィアとレイアがギョッとする。オリヴィアは花びらが浮かんだ紅茶に口をつける寸前だった。


 王宮では身分の低い者から高い者に話しかける事は許されていない。平民の、しかも戦争孤児という身分設定になっているクレアからはるか格上のオリヴィアに直接話しかけるなど言語道断の所業だった。

 あまりの無礼な振る舞いに呆気にとられるオリヴィアだったが、クレアはそんなことに構っていられなかった。


「オリヴィア王太子妃殿下様、僭越ながら申し上げます……その花には、毒があります」


「何?」


「何ですって?」


 不穏なクレアのセリフにレイアのみならずオリヴィアも反応を示した。何か口を挟まれる前に説明をしなければ、とクレアは口早にまくし立てる。


「私が生まれ育った故郷にはそれと同じ花がたくさん咲いております。白常の花と言って……見た目は美しく可憐なのですが、沼地の近くに咲くその花は瘴気を多分に吸っております。即効性の毒ではないのですが、日常的にそばに置いておくと人体に影響が出るのです。不眠、動機、精神不安定、そして何よりも……子供を授かれなくなる」


 ガシャン!


 音がして、オリヴィアの持っていたティーカップが乱暴にソーサーに置かれた。

 顔面から血の気が失せたオリヴィアは、全身を小刻みに震わせながらクレアを見つめている。その顔からは一切の表情が消え失せていた。


「……この花に、毒があるですって?」


「はい、間違いありません。私はその花を身近でずっと見ていました」


「嘘おっしゃい!!」


 それまでの上品な口ぶりから一転して、オリヴィアは大声で叫んだ。


「この花はねぇ、わたくしの身を案じた方から頂いているものなのよ! 毒があるなんて大嘘だわ!! 王太子妃たるわたくしに許可なく話しかけたばかりか、そのような出鱈目まで言って!! 不愉快だわ、出て行ってちょうだい!!」


 オリヴィアは怒りに任せてクレアにソーサーを投げつけた。ガツっと音がしてソーサーが当たり、こめかみに鋭い痛みが走る。


「早く、出て行って! レイア様もだわ、こんな、こんな侮辱ってないわーーもう二度とわたくしの目の前に姿を見せないで!!」


 ヒステリックに叫びながら今度はカップを手にとって中身を思い切りクレアにぶちまけると、そのまま顔面めがけて投げつける。


「申し訳ございません、けれど私は決して嘘などついていません。その花の解析をすれば、すぐにわかることです!」


「煩い! 次にその顔をわたくしに見せたら、死刑にするわよ!!」


「私のメイドがですぎた真似をした、申し訳ない、オリヴィア王太子妃殿下! 本日はこれにて失礼する!」


 レイアは謝罪の言葉を述べながらクレアの手首を引っ掴むと、素早くお辞儀をして一目散に出口に向かった。

 あっという間に扉の外に出ると、クレアを引っ張りながらズンズンと進んで王族の居住区域を出て曲がり角を曲がり、誰もいない場所まで来ると息をついた。


「怪我はどうだ」


「あ、大したことないです」


「そうか、なら良かったが……クレア、あんな話をしだすなど突然にも程があるぞ。不敬罪で死刑になっていてもおかしく無かった」


「すみません……お止めしなければと思いまして。あの花びらを紅茶に浮かべて口にするなんて、寿命を縮める自殺行為です」


「その話は確かなのか」


「はい」


 クレアは力強く頷いた。断言できる。


「白常の花は私の家の近くにたくさん咲いていて、まだ小さい頃にお師匠様に教わりました。『この花は綺麗だけど、毒を持っているから近づかないように』って。抜いても抜いても瘴気のせいでどんどん咲いて来るんです。それで国境近くの村は、毒があることを知らなくて、この花の蜜を吸っていて……お師匠様と二人で訪れた時には、村には子供が全く生まれなくなって数年が経っていました。おまけに白常の花は、成長しすぎると人を食らう魔物になるんです」


「厄介な花だな」


「あちらの国では、あの花の危険性は周知されているんですけど。こっちではそうでもないんでしょうか」


「さあ……辺境では知られているかもしれないが、そもそもそんな花が王都まで持ち込まれることなんて無いからな」


「一体誰がオリヴィア様にあの花を贈っているんでしょうね」


「……彼女が無条件に受け取り、そばに置いておく花だ。よほど近しい者からの贈り物に違いない」


 腕を組み、レイアが嘆息する。クレアは落ち着かなかった。誰かが故意にオリヴィアに毒の花を贈っている。誰だろうか。オリヴィアの体調を崩させて起こりうること……。

 ハッとした。


「もしかして、聖女を産ませないため?」


「有りうる話だ。聖女がいると瘴気が晴れて、戦争の火種がなくなる」


「じゃあアシュロンが……?」


 クレアのささやき声に、しかしレイアは首を縦にも横にも振らずに難しい顔をした。


「それはどうだろう。彼女は彼の実の妹だから、もし聖女を産んだとすれば王宮でのベルモンゾ公爵家の位置付けはより強大なものになる。戦争の原因は他にこじつけて、聖女を生ませるという手もあるから一概には言えない」


 確かにその通りだ。

 テオドライトとロレンヌは何かにつけて戦争を繰り返していると教わっているし、現在は瘴気にかこつけて開戦しようと動き回っているけれども別の理由でも構わないはずだ。

 ならば誰が、一体なぜオリヴィアに毒を盛っているのだろう。

 答えの出ない疑問が二人の間を駆け巡る。


「……考えても仕方のないことだ。賛成したのは私だが、この件に関してはもう深追いするのはやめよう。忠告はしたのだし、あとはオリヴィア殿下が自分でどうにかするだろう」


 その言葉に、クレアはしばし迷ったのちに首を縦に振る。

 確かに魔術書を探すという目的がある以上、これ以上オリヴィアの問題に首を突っ込んでいる余裕はない。

 少しの後味の悪さを感じつつも、二人は歩き出す。

 額を流れる血が、なんとなく悪い予感を感じさせた。




+++


「嘘よ……毒だなんて、そんなことあるはずがありませんわ。嘘よ……」


 二人を退出させた後、オリヴィアはうわ言のように一人ブツブツと同じ言葉を繰り返していた。

 しかし、嘘だ嘘だと言えば言う程に矛盾を感じているのも確かだ。

 あの花を部屋に飾り、紅茶に浮かべるようになってからオリヴィアの体調は思わしくなくなった。眠りが浅くなり、イライラすることが多くなった。そして子供が……妊娠の兆しすら見えない。

 震える手で体をぎゅっと握りしめる。

 でも、だとすれば。もしもあの花が毒だとするならば……。


「……調べてみればわかることよ」


 唇をわななかせ、そうこぼす。


「誰かここへ」


「はい」


 オリヴィアが呼ぶと、控えていたメイドがすぐにやってきて跪いた。花瓶の中を見やり、短く伝える。


「この花をエルイース研究所へと持って行って、至急花の特色を調べるように伝えなさい」


「かしこまりました」


 メイドは花を捧げ持ち、退出する。

 エルイース研究所はテオドライト王国が抱える魔術師と錬金術師の共同研究所であり、魔石を使った魔術具の開発から新しいポーションの錬成、毒物の研究まで幅広く様々な分野の開発・研究を行っている。

 ここに持ち込めば花の解析などすぐさま終わるだろう。


「花に毒がないことがわかったら、あのメイド、鞭打ちにした上で首吊りの刑よ」

 適当なことを言って気分を大いに乱したことを後悔させてやる。深呼吸したのちに、オリヴィアは空白になったテーブルの上を見つめてーーそれでも心がざわつくのを抑えられなかった。


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