オリヴィアの花①
正体がバレたかもしれない、という危険を抱えたままに、しかしクレアにはもう一つ、どうしても見過ごせない懸案事項があった。
王太子妃オリヴィアの体調不良だ。
あれから何度か廊下ですれ違ったりする中でクレアにはえも言えぬ違和感をオリヴィアに感じていた。
厚い化粧の下では顔色の悪さが隠せていないし、嫌味を言う彼女は(元の性格の悪さもあるかもしれないけど)、なんだか感情が制御できていないように思えた。
そして特筆すべきは、オリヴィアがこの五年間子供を授かっていないという事実だ。
夫婦仲が悪いわけではない、王子二人は結婚後立て続けに身ごもったにも関わらず、その後子宝に恵まれないというのだから不自然きわまりなかった。
かつて、こうした人物にクレアは何人も会ったことがある。ーーロレンヌの国境での出来事だ。町ごと情緒不安定な人で溢れかえっている場所が、あった。そしてその町では数年間子供が一人として生まれていないのだという。
(確かめないと……原因を)
クレアは今、オリヴィアのところへレイアからの贈り物を届けるという名目で向かっていた。レイアとリリーからは当然、いい顔をされなかった。
「なぜわざわざ敵のところへ行くのよ?」
リリーの顔つきは険しい。
「オリヴィア様の体調不良なんて放っておけばいいんじゃない? 隠したがってるみたいだし、私たちの魔術書探しになんら関係ないじゃない」
「まあ、そうなんだけど……見たことある病状に似ていたから」
「から、何?」
「誰かに毒を盛られている可能性がある」
「……あのね、クレア。私たちは今、重大な任務があってこの城に潜入しているんでしょ?」
「うん」
「なら、オリヴィア様が毒殺されようと目を瞑って素知らぬふりをしている方がいいんじゃないかしら? 下手に王宮の陰謀に首を突っ込んでも、いいことなんて何もないと思うわよ。任務が最優先。私はずっとそう教わってきたわ」
「うん、そうだけど……」
「……まあ、少し探るくらいならいいんじゃないか」
歯切れの悪いクレアにレイアが助け舟を出した。
「本当に毒を盛られているとして、それを進言できれば良し。仮に犯人が捕まればオリヴィア王太子妃に恩を売れてさらに良いだろう」
「レイア様もクレアも、甘いわよもうっ。クレア、あなたただでさえ正体怪しまれてるんだから、くれぐれも慎重に行動してよね!?」
「う……肝に命じます」
リリーの剣幕にたじろいだクレアは首を縦に振り、レイアが「じゃあ、手始めに贈り物にかこつけてオリヴィア王太子妃の私室まで行ってみようか」と提案をした。
王族の居住区は王宮の中でもひときわ警備が厚く敷かれている。居住区域に立ち入れるのは許可されたほんの一握りの人間だけで、通じる門扉の前には当然護衛兵が警護に当たっており結界も多重に張られている。
いくら王族だとて、基本的にないがしろにされているレイアがクレアを連れていきなりオリヴィアの所へ突撃したところでお払い箱にされるのが関の山だ。
なので事前に贈り物を届けることを先方に通達し、許可を貰った上でこの居住区域へと通行されることを許された。
同じ建物内なのに面倒なことこの上ないが、過去の例では離宮に引きこもったきり出てこない王族もいたそうなので、それに比べればまだマシだ。
ちなみに以前に掃除をした王妃の階段も王族の居住区へと通じている階段だが、今は使う者がいないために封鎖されていてたまの掃除の時にだけ開かれるらしい。結界で閉ざされているので実質開かずの間だ。
「王太子妃オリヴィア様に贈り物をお持ちした」
「伺っております、どうぞ」
道を譲った衛兵の前をレイアと一歩遅れて贈り物を持ったクレアがついていく。
長い廊下を通っていくつもの扉を過ぎると、全ての扉に結界が張られていることにクレアは気がついた。クレアはついつい癖で描かれている魔術陣にそっと目を凝らして読み取る。
(侵入者を阻み、もし破られたら検知するタイプ……解除はできるけどこの人目だとちょっと面倒だな)
解除するにも魔術を使うので、往来がある場所だとどうしても目立ってしまう。決して小さな魔術ではないから、手練れの魔術師が多ければ魔力波動で気付かれてしまうだろう。
やがてレイアはそのうちの一つで足を止め、再び扉の前の衛兵に用件を伝えると、扉が開いて中へと招き入れられた。
「こちらにてお待ちくださいませ」
王太子妃付きのメイドにそう言われてその場にて待つ。居室ではなく客人を迎え入れるためのサロンとなっていて、これでもかと贅を尽くした造りの部屋になっていた。この城に来てから色々な部屋を見て回ったが、ここが群を抜いて派手だった。
ふかふかの緑のカーペットが床一面に敷かれ、金色の縁が天井や部屋の隅の柱に施されている。アーチの窓にはこれまた深緑のカーテンがかけられており、その上のカーテンレールも金色だ。全体的に金と緑の色合いで統一されている部屋の隅で立ったままに二人は待つ。
やがて部屋の奥の扉が開いてやって来たオリヴィアは本日も豪勢な装飾品を身につけており、そしてあいも変わらず顔色が優れなかった。
「あら……お座りになってよろしかったのに」
オリヴィアはテーブルセットまで歩いていくとソファに一足先に腰を下ろし、すいと手を優雅に動かしてレイアに向かいのソファを勧める。クレアは一介のメイドなので大人しく脇に控えていた。
「では失礼」
「本日は贈り物があるのですって?」
「ああ。先日の茶会では水晶の花を贈ったが、本日はオリヴィア王太子妃殿下の故郷、ベルモンゾ公爵領地にて咲くウィリアの花をお持ちした」
「まあ」
クレアが前に出て膝をついて花束を差し出すと、オリヴィアはそっとそれを受け取り、香りを楽しむ。
「この時期には咲いていない花ですのよ。これも魔術で?」
頷くレイアにオリヴィアは花びらを一つ、つまんで抜きとってみせた。大輪のウィリアの花は不思議な色合いを帯びている。黄色なのだが、角度によっては金色に輝いているような……クレアが見たことのない花だった。
「茶会でも思いましたけれど、故郷の花を咲かせてプレゼントするなんて素敵な趣向ね。……でも、いくらレイア様といえども、魔術で咲かせられない花もあるのではあって?」
「そうだな、全ては無理だが一度見た花であれば大抵は咲かせることができる」
「あら、ではこれはどうかしら」
言ってオリヴィアはたった今渡した花束を無造作に控えていたメイドへと渡すと、何事かを耳打ちする。頷いたメイドが奥の部屋へと行き、しばらくしてから違う花が活けてある花瓶を持って来た。
「この花はいかがかしら?」
「……初めてお目にかかる」
「でしょうねぇ。ふふ、この花はね、とても珍しいものなのよ……希少価値の高い、特定の場所でしか咲かない花ですの。見てくださる? この純白の花びら。それに先端に行くほどにうっすらと透き通っていて、実に美しく可憐だと思いませんこと?」
(……白くて、先端に行くほどに透き通っている花……?)
「この花は滋養にあふれていて、こうして紅茶に浮かべて頂くと体にいいんですって」
目線を下げてなるべく二人の会話の邪魔にならないよう努めていたクレアは、オリヴィアの話す内容が気になりそっと様子を伺った。
そして直後、驚愕に目を見開き思わず叫んでいた。
「オリヴィア様、その花を口にしてはいけません!!」




