いや絶対わざとでしょ?
クレアの反応は速かった。
右手をポケットに突っ込んで、いつも持ち歩いているペンを抜き出す。そして目の前に迫る火球を目を細めて観察した。
(一、二、三……全部で五つ。大きさと密度から見て、中級魔術ってところか。結界……いや)
ここは魔術機関の中庭で、人目が多い。結界を張ったらクレアが魔術師だということがバレてしまう。
轟々と音を立てながら押し寄せる炎の塊に、しかしクレアは恐れも怯みも見せなかった。
両手を顔の前に出してクロスさせ、頭をなるべく小さく縮める。
五つの炎の玉はクレアの体すれすれを通り、中庭の芝生にぶち当たる。直撃はしなかったものの、燃えた芝生がクレアの足にまとわりつき、足が焼ける感覚がした。
「っ」
「そこの君、大丈夫かっ!?」
「今、消す! 待っていろ!」
騒ぎを目撃した中庭にいた魔術師たちが一斉にクレアを取り囲み、魔術を発動した。水の下級魔術が芝生のボヤを消し止め、クレアの足を冷やしてくれる。
すぐさま近寄ったそのうちの一人が、クレアの容態を診てくれた。
「足に火傷を負っているな。痛みは? 一体誰だ、こんな場所で攻撃魔術を放った奴は……」
「うわああ、だ、大丈夫か!?」
そこに慌てて登場したのは、炎のような髪色の青年だった。
「ギディアス、そなたか!」
「上級魔術師ともあろう者がなぜ街中で攻撃魔法を暴発させる!」
「悪いっ、新しい魔術陣の実験中に制御が効かなくなって……なあ、そこの君、怪我はなかったか!?」
周囲の、おそらく上級魔術師の叱責に、飛び出してきたギディアスと呼ばれた赤髪の青年は謝罪をする。そしてクレアの怪我の様子を確かめた。クレアが何か言うよりも早く、介抱していた魔術師が的確にその状態を報告した。
「直撃はしなかったが焼けた芝生で火傷を負った。冷やして応急処置はしたから医療室に連れて行ってポーションを配布してもらったほうがいい」
「わかった、ありがとう。お嬢さん、本当にごめんな。医療室に連れていくから、さあ、俺の背中におぶさってくれ」
「ええっ!? このくらいなら大丈夫ですよ、冷やしておけば治ります」
「駄目だ、責任を持って俺に完治するまで見届けさせてくれ」
「いや……でも……」
クレアはたじろいだ。出来ることならこの人物に担がれでどこかへ連れて行かれたくはない。
今の攻撃が、暴発? 制御が効かなくなった?
嘘だ。
魔術に精通しているクレアは気がついている。
あの攻撃が……意図的にクレアに向けて放たれたことに。直前で攻撃が逸れることも軌道を読んでいたクレアにはわかっていた。だからこそ、結界を張らずに頭だけ守ってやり過ごしたのだ。
ギディアスは初めて会う青年だが、初っ端に攻撃魔術を放ってくるような危険人物と
一緒にいたくはない。担がれて人気のない場所でとどめを刺されたらたまったものではないし。
渋るクレアに、介抱してくれていた魔術師が親切から助言をくれた。
「行ったほうがいいぞ、お嬢さん。火傷を甘く見ないほうがいい」
「そうだ。傷が残ったら大変だろう。この魔術機関の医療室ならポーションだってすぐに用意できるし、さっと行って治してくるといいさ」
「ほら、こう言われてることだし、俺と行こう。おぶさるのが嫌なら肩を貸すから、自分で歩いて行くか?」
「う……では、はい」
ここであまりにもゴネても変に思われる。仕方がない、もし何か仕掛けられたら瞬時に返り討ちにしようと心に決め、クレアはギディアスの肩を借りて歩き始めた。
「本当にごめんな。大丈夫か? 痛みは?」
「もう大丈夫ですよ。ポーション、かけてもらったのですっかり完治しました。なのでもうこれでお暇させていただこうかとっ」
何か仕掛けられるのでは、というクレアの考えは杞憂に終わりギディアスはまっすぐ医療室にクレアを連れて行ってくれた。低級ポーション一発で傷が塞がったクレアは未だに謝罪するギディアスに大丈夫大丈夫、もう全然大丈夫だから早く帰りたいとアピールをする。
「ん、何か急ぎの用でもあるのか?」
「いえ、まあ、帰りを待っている人がいるんで」
「そうか。ところでお嬢さんの名前は?」
「……ミアです……」
「ミアちゃんか。悪かったな」
短い赤髪が印象的なギディアスは上っ面で謝罪を繰り返しては申し訳なさそうな顔をしているが、その瞳には酷薄な色が宿っていた。
「じゃ、門まで送って行こう。ここからだと帰り方わからないだろうし」
「いや、わかるから大丈夫です」
「ん? 道、ケッコー複雑だっただろ? 迷子になったら大変だぜ」
有無を言わさない口調でギディアスが立ち上がり、医療室にいた錬金術師に礼を述べてから退出する。またもやどうしようもなくなったクレアはその後ろを警戒しつつ着いて行った。
「ミアちゃんはどうしてこの魔術機関にいたの? もしかして魔術師か?」
「いえ、知り合いがここの魔術師でして。会いに来たんです」
「あ、そうなんだ。誰だろ?」
「多分知らない人ですよ。魔術師の方、たくさんいらっしゃいますし」
「ふーん。俺、上級魔術師でそれなりに顔も広いから、知ってるやつかもしれないぜ? 名前だけでもカモン」
「いえいえ、本当、マイナーな人ですよ」
「そっかぁ。あ、ところでミアちゃんは普段何の仕事をしてんの?」
「下町のパン屋の売り子です」
クレアは嘘に嘘を重ねまくった。この得体の知れない男に自分の素性を明かしていいことなど一つもないと本能が告げている。攻撃されたのは絶対にろくな理由ではない。
(……敵に……アシュロン一派に素性がバレたかな……)
冷や汗をかいた。
ちょっと目立ちすぎたかな、と今更ながら反省する。兎にも角にも今この場を切り抜けなければ。
「ねえ、ミアちゃんさあ」
前を歩いていたギディアスがピタリと足を止めクレアへと向かい合った。そのまま壁際にクレアを追い詰めると、両手をクレアの耳のあたりにつく。
両脇を塞がれ、そっと見上げると上から見つめ返される。至近距離で目と目があった。
壁ドンだ。
全女子が憧れるシチュエーションに、しかしクレアは全く心ときめかなかった。心臓は別の意味で鼓動が早くなっている。
「なんか俺に……嘘ついてない?」
ギディアスの犬歯がむき出しになり、その笑みに凶悪さが宿る。瞳の奥に鋭利さが見えてクレアはゴクリと喉を鳴らした。
「いえ、何も?」
こてんと首を傾げてわざとらしく笑ってみせると、数秒ギディアスはクレアを見つめてから「ふーん?」と言って手を離した。
「悪いね、職業柄、人を疑うのが癖になっちゃっててさ」
そうして目を細め、笑顔を貼り付ける。クレアは首を左右に振ってから慌てて歩き出した。
「ここまっすぐで建物から出られますよね? 送ってくださってありがとうございます。では、仕事があるのでこれで失礼します」
「ん、そう。じゃあね」
見送るギディアスに頭を下げ、クレアは足早に廊下を通り抜ける。
姿が見えなくなった後、ギディアスは魔術書を取り出して一つの魔術を発動させた。
光る鳥の伝達魔術ーー通称、伝書光鳩。
それは廊下を抜け、中庭から空へと飛び立ち、そしてまっすぐに王宮へと向かっていく。城の一つの窓から中へと入っていくと、すっと白く細い手のひらを持つ人物の手へと止まった。
溶けるように鳥はいなくなり、代わりに残された一つの手紙。
受け取った人物は内容に目を通す。
「……初見で魔術の特性を見抜かれた可能性あり。突然の炎の魔術と怪我にもさして動揺せず、素性を偽り、会話を打ち切りたがる……総じて只者ではない印象を受けた」
ごくごく短いその手紙をくしゃりと握りつぶす。
「クレア。王女付きの新人メイド……彼女の素性を探る必要がある」
さらりと横に結んだ金髪を後ろへと流し、緑の瞳で外を見る。
アシュロン・ベルモンゾが見据える眼下には中庭にて令嬢たちに囲まれたレイアの姿と、そばに控えるように立っているもう一人のメイドの姿が映っていた。




