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王立魔術機関

「ドットーレさん、この魔術機関の禁書庫に聖女の魔術書がある可能性はどうでしょうか」


「そりゃ、ないな。特級魔術師の俺が保証しよう。ここの地下には膨大な量の魔術書が眠っている。特級魔術師は禁書庫も含めてその全てを閲覧可能だが、聖女の魔術書が格納されているなんて話は聞いたことがないし見たこともない」


「そっかぁ……」


 テオドライト王立魔術機関。その中の特級魔術師に与えられる研究室の一室でクレアはドットーレと向かい合って話し込んでいた。

 本日、メイドの仕事は休みをもらっている。休みは週に一度リリーと交代でもらっており、今日はこうしてドットーレに禁書庫のことを尋ねようと、彼が在籍している魔術機関までやって来たところだ。

 ドットーレの研究室は整然としていた。壁じゅうを埋め尽くす本棚にびっしりと本が並べられ、窓際に置かれた机の上は書類が何枚か置かれている。そしてインク壺とペン。壁にかかっている肖像画の顔には見覚えがあった。あれは城の勝利の回廊で見た、英雄魔術師ビュート・アレクサンダーのものだ。少し長めの金髪と不敵な笑みが様になる男の肖像画だった。やはり有名人で、憧れの対象となる魔術師なんだなあとクレアは思う。

 とは言え、今日やって来たのはビュート・アレクサンダーについて論じるためではない。目線をドットーレに戻し、カップをそっと包み込むように握った。


「どこにあるんでしょうね、聖女の魔術書」


 クレアはドットーレに供されたお茶をすすりながら疑問を口にする。


「レイアさんの話だと、あとは教会の聖宝庫が怪しいんじゃないかって」


「どうだろうなー……俺は城の中にあると思うぜ」


「どうしてですか?」


「どうしてって、普通は聖女が王族の中に最低一人は存在して、そんで聖女付きの教育係がいるもんなんだ。で、日々魔術について勉強する。そんな時にいちいち建物が違う教会の聖宝庫から聖女の魔術書を借受けるなんて面倒なことしないだろう。

 聖女の魔術書は重要な書物であると同時に、聖女が日常的に使う道具でもある。俺たち魔術師が普段持ち歩く魔術書と同じようにな」


「そっか……そうですね」


 クレアたちは今まで、それが非常に貴重なために厳重にしまわれているものだと思い込んでいた。だが、本当はそうではないのかもしれない。


「だからな、あるとすれば城のどこかにある、聖女が勉強に使う部屋にあると思うぜ」


「勉強に使う部屋」

 

「そうそう。それっぽい場所を探す方が城の外に目を向けるよりよほど効率的だ」


「なるほど。さすが、ドットーレさん」


「おう! もっと褒めてくれて構わないぜ。何せ俺は……この国で十五人しかいない特級魔術師の一人にして、最古の歴史を誇る侯爵家の当主だ。クレアちゃん、イシルなんぞのそばにいるのはやめて、本当に俺の弟子になるのはどうだ?」


 クレアが目から鱗で感心すると、ドットーレはそのクレアの二倍はある顔面にキリッとした表情を作ってクレアの両手をそっと握る。

 

「俺の元にいたら苦労はさせない。貴重な等級の魔石のついた杖も魔術陣の刻まれた最高級のローブもあげられるし、安全に魔術師としてやっていけるだろう」


「あ、そういうのは大丈夫です。ところでお師匠様が昔使っていた研究室ってどこにあるんですか?」


「ぐぬぬ……! この部屋の隣の隣だ」


 ドットーレの口説き文句をあっさりとかわしたクレアは、師匠がかつて使っていた部屋はどこかと落ち着かない様子で質問する。ドットーレは誠に遺憾だという表情をありありとその顔に浮かべながら、親切に答えてくれる。


「へぇ!」


「言っておくが今は他の魔術師が使ってるから入れないぞ」


「それは残念です……ドットーレさんは入ったことありますか? お師匠様の研究室」


「ある。すげえ散らかってた」


「え? 意外です」


 クレアから見たイシルは整理整頓が上手なため、部屋が散らかっているというのは想像がつかない。ドットーレは昔のことを思い出し、腕を組んで顔をしかめながら話を続ける。


「あいつは新しい魔術を自分で作るのが半分趣味になってるだろ? だからメモ書きやら書きかけの魔術陣やらが部屋じゅうに散らかって収拾がつかなくなってたんだ。

 だからある日、俺は言った。『お前の部屋足の踏み場所がない。これじゃせっかく作った魔術陣がどれだかわかんねえだろ、片付けろ』と。

 そしたら何日か経った後、あいつの部屋は見違えるほど綺麗になった。

 『やればできるじゃねえか』と言った俺に対し、あいつはドヤ顔で見たことのない魔術を放った。その魔術は机の上にあった数枚の紙を持ち上げ、本棚の隅にあった箱の中へと収納した。『片付けるのが面倒だったから、片付くための魔術を作った』とあいつは言った」


「あー」


 その魔術ならばよく知っている。クレアも日常的に使っている便利なものだ。


「信じられるか? 魔術陣を一つ作るのにどれほどの労力を割くのか、あいつはわかってない。魔術師養成学校に入学する前からだ……イシルは古代言語に精通し、図象を解し、感覚でどうすれば簡単かつ魔力の少ない魔術陣を書けるのかを知っている。

 クレアちゃんはそばでイシルしか見てないからわからないかもしれないが、あいつは……根っからの天才なんだよ」


「うーん、でもお師匠様は多分自分のこと、天才だとは思ってないと思いますよ」


「お? そうなのか。クレアちゃんにそう言ったことがあるのか?」


「魔術の修行をしていると、『クレアは俺と違って天才肌だな』ってよく言われるんです。『お師匠様の方がすごいです』って言うと、決まって『俺のは努力型だから』って返されるんですよ」


「ほーん、そりゃ初耳だ。あいつが努力型ねぇ」


「きっと影ですごい努力を積んだんですよ、お師匠様は」


「あいつが苦労している様を俺は見たことがないんだがなぁ。……っと、いけねえ。そろそろ会議の時間だ。クレアちゃん、門まで送っていくよ」


「はい、ありがとうございます」


 道すがら、今度は王宮の話にうつった。クレアの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれるドットーレは、ちょっと背を屈めて話しかけて来る。人の目がある場所なので聞かれてもいいような他愛もない内容だ。


「レイア様、どうだ?」


「ちょっとずつ味方が増えてきていますよ」


「この間は夜会でガイゼモット侯爵のとこのご令嬢と踊ったと聞いたが」


「評判良かったみたいですね。男装がお似合いだったともっぱらの噂です」


「賛否両論だったみたいだな! 服装もだが、スウェイネル家のご子息を叩きのめしたとかで、ご立腹の一派といい気味だと思ってる一派と」


「ドットーレさんはどうですか?」


 この質問に足を止めたドットーレは、上体を二つ折りにしてクレアにだけ聞こえるようにぽそりといい笑顔で一言。


「最高だと思ったぜ」


 そして再び体を持ち上げた。


「目立ちすぎるのはよくないが、レイア様が注目されるのはいい事だと俺は思ってる。あの方はもっと評価されるべきだ。たとえ聖女であろうとなかろうと」


 クレアは頷いた。これでお師匠様の見立て通りにレイアに聖女の力があったなら、皆手のひらを返してレイアに接するだろう。そうなる前に味方を増やし、本当に信頼できるものをそばに置いておくことも大切だ。今はその、一歩を踏み出していると言える。きっかけは些細なことに過ぎなかったけれど。


「……さん、ドットーレさん!」


「うん?」


 上の方からドットーレを呼ぶ声が聞こえる。二人が立ち止まり声の出所を探ると、二階の窓から顔を突き出し手を振っている人物が見えた。


「ちょうど良かった。会議前に聞きたいことがありまして……!」


「ああ、そうか。今そっちへ行くよ」


 大声で会話したのち、ドットーレはクレアをすまなさそうな顔で見た。


「同僚だ。面倒なやつなんだよ、これが。悪いんだが、クレアちゃん」


「一人で帰れるので大丈夫ですよ。色々とありがとうございました」


「じゃ、頑張ってくれよ」


 ドットーレは親指をぐっと立てると、魔術書から飛行の魔術陣のページを開いて発動する。ブワリと足元に風の魔術が起動して、ドットーレは二階の窓めがけて飛び去って行った。

 それを見送ったクレアは、辺りを見回す。今歩いているのは研究室があった塔と本館とをつなぐ中庭だ。四方を建物でぐるりと囲まれた広い中庭にはポツポツと人の姿が見える。皆ローブを着ていて杖を持ち、魔術書を片手に談義していたり、芝生の上で昼食をとったりしている。

 クレアはそれから建物を見上げた。煉瓦色の趣のあるその建造物を見て、想いを馳せる。

 かつてここには、師匠たるイシルビュートが在籍していた。

 つまり今クレアが歩いているこの道を師匠が通ったことがある、ということだ。

 そう思うとこの何の変哲も無いただの芝生にも俄然愛着が湧いてくる。


 十七歳のお師匠様、今のクレアと同い年のお師匠様はどんな人物だったんだろう。

 ドットーレの語るイシルビュートは今現在のお師匠様の姿とはちょっと違うようで、それがますますクレアの興味を引く。

 最年少で特級魔術師となったお師匠様は、さぞかし目立ったに違いない。杖と魔術書を手に、ローブを翻してこの建物を闊歩するイシルビュート。若かりし日のそんな姿を想像しただけでクレアの胸は高鳴った。

 十七歳のお師匠様、絶対にかっこよかっただろうなあ! 

 出来ることなら隣に並び立って歩きたかった。そして他愛もない話をして笑いたい。

 今の年上のお師匠様ももちろん大好きだが、たまに年齢が同じだったらよかったのに……とクレアは思ってしまう。

 幼女と呼んでも差し支えのない年頃に拾われて育てられたから、お師匠様はいつまでたってもクレアのことを子供扱いする。それが今のクレアにはちょっぴり嫌だった。

 

 いつまでも子供のままじゃないんですよ、お師匠様! 私、この任務だって立派にこなしてみせますから!


 そんな決意も新たに、昔にイシルビュートが歩いたであろう道を進んで帰路につこうとしたその時だった。


「危ないっ!!」


 そんな声とともに、特大の火球がクレアに向かって飛んできた。


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