男装の麗人
テオドライト王国では社交シーズンになると連日どこかの屋敷で夜会が開かれる。貴族の交流を主としているそれは煌びやかで、美しく着飾った紳士淑女が集って美味しい食事とともに歓談をしたりダンスに興じるというものだ。
夜な夜な行われる夜会にダンスパーティー。今宵行われるのは王宮主催の規模の大きいものであった。招待されている貴族諸侯の全員が集合し、あとは王族の入場を待つのみという状態だ。
ファンファーレとともに名前を呼ばれレイアが広間に足を踏み入れた時、そのざわめきは戸惑い交じりの声の方が大きく聞こえた。
レイアが男性用の衣装を身にまとっていたためだ。
白地の衣装に金縁の装飾が施された詰襟の上着はテールコートとなっていて、歩くたびにふわりと優雅に揺れ動く。同じく白いぴったりとしたスラックスはすらっと伸びたレイアの足を覆い隠している。黒のブーツを履き、コツコツと歩けばその場にいた人の視線全てがレイアに釘付けになった。
そもそもレイアは背が高く、その美しい顔立ちは中性的でおまけに金の輝く髪はショートカットである。普段剣を振っているから程よく筋肉があり、しかも歩き方は堂々としている。そのくせ所作の端々に洗練された優雅さが滲み出るので何をしても様になった。これで男装が似合わないはずがない。
よってこの常識はずれのレイアの衣装に度肝は抜かれども、嘲り笑うような人物はこの場において皆無だった。それが本人にあまりにも似合っていると、どれほど型破りであろうと人は認めざるを得なくなる。
ざわめく人々の視線を一顧だにせずレイアは真っ直ぐにとある人物の元へと歩いて行った。勿論、メイネル・ガイゼモット侯爵令嬢だ。メイネルは近づいてくるレイアを呆気にとられて見ていたが、ハッと我に返ってお辞儀をする。
「メイネル嬢。もしよろしければ一曲私と踊っていただけないか?」
レイアが腰を折って手を差し出せばメイネルはおずおずと顔を上げる。「はい、喜んで」と言ってその手を取れば、レイアは実に優美な笑顔を浮かべて手を握り返した。
中央に作られたダンスホールへと足を向ける。
レイアが楽団に視線をやれば、我に返った指揮者が指揮棒を振った。
音楽が鳴る。
ワルツの調べに合わせて二人はステップを踏み出した。レイアのリードで踊るそのダンスは端から見ても完璧で、誰も何も言わずにその様子を見つめていた。
今日この夜会において、いつもはいないも同然に扱われるレイアが主役となり、そして先日婚約破棄された傷心のメイネルはヒロインだった。
メイネルのアッシュブラウンの髪に留められた髪飾りが揺れ、ドレスの裾が翻る。
最後のターンが決まり音楽が止むと、シーンとした空間が広がった。
そして一拍遅れてやってくる、拍手。その拍手はさざ波のように広がり、徐々に増え、そしてやがては割れんばかりのものになった。
誰がどう見ても完璧なダンスだった。
レイアの耳に聞こえてくるのは、戸惑いと賞賛の両方の声。
構うことなくメイネルの手を取ったままにレイアは観客の方へと足を進める。向かう先はこれまた信じられないものを見るかのような顔をして立っている、メイネルを婚約破棄した張本人のハンスだ。
傍らには愛らしい顔立ちの令嬢を連れていた。
「失礼、ハンス・スウェイネル侯爵令息とお見受けするが」
「はっ、うえっ!?」
煌びやかな男装の王女に唐突に話しかけられたハンスはお辞儀をすることも忘れて間抜けな声を出した。
「この度はこちらのメイネル嬢との婚約が破談になったとのことでーー両家の繁栄を願っている私としては驚くと同時に不思議に思ってな」
「あ、ええ。しかし僕が誰と婚約しようとも、それは自由というものだと思いますが」
「そうかな?」
レイアは片眉をちょっと釣り上げ、ハンスの言葉に反論する。
「貴族家同士の婚姻というのは決して当人の感情だけで決められるものではないだろう」
「だ、だが僕は父と母に正式にメイネルとの婚約破棄を認められ、代わりに彼女との結婚を認められたんだ。いくら王女殿下といえども、口を挟む余地はありません」
ハンスはムッとしたように言い返し、そして隣に控えている令嬢を見た。レイアより頭二つぶんは小さい、小動物のような愛らしさのある令嬢だ。じっと見つめると、怯えたように半歩下がってハンスの後ろへと隠れた。
確かスウェイネル家に隣接する男爵領の令嬢だ。その土地はテオドライト王国の中でも殊更やせ細っており、魔石が採掘できる山もなく領地経営が困難な土地柄で貴族といえども生活に困難するような有様だと聞いたことがある。街々は結界で守られていれど外には魔物が生息しているし、王都から離れた場所には要請があっても魔術師の派遣が遅れがちになる。中央に伝えられているのかどうなのか定かではないが、きっと被害がそれなりに出ているに違いない。
そういった場所に住む貴族というのは往往にして戦争賛成派であり、アシュロン一派に組している。あわよくば戦績を立ててロレンヌの土地を貰い豊かになろうと目論んでいるのだ。
スウェイネル家に隣接する特色のない土地の男爵令嬢。元々ベルモンゾ公爵家支持派だったスウェイネル家。両者の唐突な結婚話。
合点がいったレイアは一人納得し、そして頷いた。
「なるほど、話はすべてわかった」
「な、何がだ!?」
「しかしハンス殿、貴殿の見つけたのが本当に真実の愛かどうかは疑わしいと私は思う」
あまりにもあけすけなレイアの物言いにハンスは顔を真っ赤にし、寄り添う男爵令嬢は大きな瞳を一層見開いて驚きを露わにした。
「そちらの令嬢も、人の婚約相手に色仕掛けをするのはどうかと思うぞ。いくらご実家の危機とはいえ道徳に反するやり方だ」
「……お言葉ですが、わたくしはハンス様を愛しています」
「どうかな?」
レイアはメイネルから離れて令嬢の方へと近寄った。守るように立ちはだかるハンスを「ちょっと失礼」と言って軽くかわし、後方へと回り込むと耳元に唇を寄せて、囁く。
「大方スウェイネル家に取り込んで領地経営の力を貸して貰い、ついでに開戦派の動きを活発にしてあわよくば戦争で旨みを吸おうという算段なのだろう?」
「なっ……」
「どうやら図星のようだな。ハンス殿、どうだ?」
「嘘だ! 彼女は僕を愛していると言ってくれた!」
「だからと言ってかねてからの婚約相手を手酷く扱い傷心にさせた貴殿の罪は消えないぞ」
腕を組み、片眉を吊り上げてそう諭すとハンスは怒りにブルブル震えつつ腰に据えた杖に手を伸ばす。
「お言葉ながら……! いくら王族であろうとも、人の恋路に首をつっこんでいいはずがありません。両者が納得しているのであれば、この話はお終いです」
「メイネル嬢の方が納得していなさそうなので、こうして私が話をつけにきたのだ」
「殿下が彼女の何だというのです!」
「それは勿論、友人だろう。ところでその杖、どうするつもりだ? まさか攻撃するつもりではないだろうな? やめておいた方がいい、不敬罪で捕まるぞ」
ここにきてハンスはフッと歪んだ笑顔を浮かべる。
「どうだろうか? では騎士でもあるレイア王女殿下に、決闘を申し込むならば不敬罪に当たらないでしょうか?」




